王族たるもの。②
ハイルデン王都。
辿り着いたのは落石を越えてから八日後だった。
結局、馬車と会ったのは王都を目の前にしたところ。
ついてないなぁ…。
絶えずバフをかけてたから流石に疲れてるけど…休んでるわけにもいかないし。
俺達はすぐにギルドに向かい、事情を説明して落石の撤去部隊を手配してもらった。
「ふう…。これで漸くハイルデン王都だ」
グランも少し疲れてるのか、左手で右肩を押さえながら、右腕をぐるぐると回す。
「まずは宿だね」
ボーザックも伸びをする。
ディティアはフェンを撫でながら、頷いた。
「礼服も手配しないとね」
「……。おお…完全に忘れてた」
グランが目的を見失っているのを横目に、俺は認証カード持ちの依頼掲示板をざっと眺める。
ここ、ハイルデン王都は山に囲まれた盆地に存在している。
四方を山に囲まれているせいか、地形調査依頼なんてのもあった。
それから。
「…奴隷狩りの阻止…?」
思わず声に出してしまう。
そんな依頼まで出てるのか。
世話になった部族は今頃どうしてるかな。
「おう兄ちゃん、そんななりじゃあ奴隷狩りにやられて奴隷にされちまうぞ、やめとけ」
「うわっ」
いきなり隣から覗き込まれて、飛び退く。
割れた腹筋を晒している、俺より少し背が低い男だった。
黒い鎧に、黒い剣を背負っている。
髪はツンツンした赤髪、つり目も赤。
カルアさんもそうだったけど、鍛えてる人は腹筋を晒したがるような気がする…。
「あははっ、悪いな脅かして。奴隷狩りを阻止するのは駆け出しには無理だぞ、やめとけ」
凶悪そうな顔付きの割に、意外と爽やかに笑ってみせる男に、俺は思わず返した。
「か、駆け出し!?」
「あれっ、なんだ違うのか?」
「これでも7年目なんだけど…」
「おお…見た目によらねぇな」
嫌味ではなく本心で言ってるらしい。
ちょっと悔しい。
「どうしたのハルト君」
「…!」
そこにやってきたディティア。
男は途端に眼を見開いた。
「おまっ、…疾風のディティアか!?」
「えっ…?あ、ええと、初めまして?」
男は俺を見て、ディティアを見て、呟いた。
「嘘だろ…って事はお前、逆鱗のハルト?」
「…よろしく?」
男の驚愕した顔は、絶対忘れてやらない。
******
男の名前はドルム。
ハイルデン王都を拠点に冒険者をしているらしい。
冒険者10年目のベテランであるドルムは、奴隷狩りを阻止する依頼を中心に活動しているんだとか。
どういうわけか俺達白薔薇と話がしたいらしくて、成り行きで、昼飯を一緒にすることになった。
丁度良かったから、ハイルデン王都の情報をもらうことにしたんだ。
「おすすめはヤマシシの煮込みだ」
ドルムはギルドの近くにある食堂で、奢りだと言って楽しそうに料理を頼んでくれる。
昼時ってのもあって、随分混んでいる気がするな。
雑多な感じの食堂なんだけど、人気みたいだ。
俺は運ばれた水を口に含んで、ドルムを眺めた。
見た感じ、歳はグランと同じくらいか?
「さあて、まずは英雄に乾杯だ。酒は大丈夫か?」
「今日はもういいだろ、飲むか」
グランが頷いたので、俺達は有難く飲むことにする。
お薦めは果実酒だそうで、女性陣のうけが良かった。
…飲んでみたら、ほんのり酸味があってのみやすい。
「うまい」
「ほんとだねー!乾杯~」
ディティアも上機嫌である。
しばらくは他愛ない話で料理を堪能してたけど、グランが本題を口にした。
「それで?何の話がしたいんだ?」
ドルムはお酒を飲み干して、口元を拭うと、話し出す。
「ああ。…お前達白薔薇は、今、王族を訪ね歩いてるって聞いてる。間違いないか?」
「……。そんな情報があるのか?」
訝しげに聞き返すグラン。
…確かに、そんな情報があるんだとしたらやめてもらいたい。
わざわざギルドがばらまく情報でもないだろうに。
「出所は俺もわからないんだ。ただ、もしそうなら、頼みがある」
「頼み?」
「ハイルデン王は、奴隷制度に反対してるんだ。…それを後押ししてくれないか?」
ドルムの言葉に、俺達は顔を見合わせた。
「どういうことかしら?」
「うん…俺は奴隷狩りの阻止を請け負ってるのは話したよな?奴隷制度に反対してるからだ。…この国の王は、まだ若い。反対の表明はしてるが、何の対策もしていない。反対派の奴らはそれが気に入らないんだ。もちろん、俺もな」
「それで、それが何で私達が背中を押すって話になるのかしら?」
ドルムは、グラスを置いて俯いた。
「…何の打算もないよ。ただ、お前らほど有名な奴らが言う言葉なら、王が聞いてくれるかもしれないなって、それだけだ」
「王様は話を聞いてくれないんですか?」
ディティアが投げ返す。
「ああ。謁見なんて何年待ちだ。というか、待たせてすらもらえない。…元々は奴隷制度ってのは、争いに負けた部族が、勝った部族の配下になることを指してたんだ。それが歪んで、金でやり取りされることになった。普通の街が、ある日突然奴隷化されることすらある。それがハイルデンの現状なんだよ」
ドルムは、またグラスを持ち上げてあおった。
俺達も思い思いに飲んでたけど、ドルムのペースはかなりのもんだ。
「何とかしたい。今すぐは無理でもな。…だから、目の前に転がり込んだ英雄を逃すほど余裕はねぇんだ」
酔っているのか、しらふなのかわからない。
それでも、ドルムは真っ直ぐだった。
「頼む。ひと言だけでいい。奴隷制度を見直すように、言ってみてほしい」
その姿に、胸打たれないわけじゃないけどさ。
俺は、聞き返していた。
「幸せに暮らす奴隷も居るって聞いた。そこはどう思ってるんだ?」
ドルムは驚いた顔をして、グラスを置く。
「……なるほど、馬鹿じゃねぇよなあ。…王族の奴隷達や、一部分の貴族達の奴隷であれば、地位があるさ。けどな、そうじゃない奴らはぼろ切れ同然だ…。召使いやメイドとしてでもいい、せめて自分で選べる立場にしてやりてぇと思わないか?」
「言ってる意味はわかるわね。ただ、私達はラナンクロスト国民なの。そもそもの制度がよくわかってないわ。今の奴隷達は、奴隷狩りされて奴隷になるってこと?」
ドルムは首を振る。
「望んで自分を売る奴もいる。小さな部族の存続のために、生贄みたいに売られるやつもいる。親が奴隷だから、生まれてからずっと奴隷の奴もいる。ハイルデンは、そういう国だ。奴隷狩りは、その中でも一番最低でな。ある日突然襲われて、ぼろ切れにされるんだ」
「……」
俺は、サーシャとカイを思い出した。
カイは、ある日突然、奴隷にされたって言ってたもんな。
「俺は、言うくらいなら出来ると思うけど-。どう?グラン?」
黙って聞いていたボーザックが、割って入る。
ドルムはぱっと表情を明るくした。
「流石、不屈だな!」
「まだ途中よ。…王様は奴隷制度に反対なのね?」
ぴしゃりと釘を刺すファルーア。
グランも髭を擦りながら、頷いた。
「反対って言いながら、何もしてないってのは何でだ?」
ドルムは、みるみる、表情をしぼませる。
つり目なのに、それがまた弱々しく感じた。
「ああ…。王は、若い。逆鱗と変わらないくらいだと思う。反対であるって表明はしてるが、それだけだ。実際に政治を動かすのは宰相とその後ろ盾だよ。そいつらが、制度の廃止は許さないらしい」
そりゃあ、完全にお家騒動ならぬお国騒動だなあ。
俺達は唸った。
「どうやら俺達が相手するのも、その宰相とやらだろうな」
グランがため息をつくと、すかさずドルムが拾う。
「!、やっぱりお前達は王に会えるんだな!?」
「その噂の出所も、調べておきたいわね…」
ファルーアも、ため息をついた。
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