夜闇と朝露と⑦
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「イルヴァリエと戦ってたときに、お前、大振りになったよな」
「…………」
口にした俺にボーザックは額を押さえて黙ったまま唇をへの字にした。
ちょっと拗ねたような顔は珍しくて、俺は苦笑してみせる。
「でも俺と戦ったときは違う。俺が肉薄しようとしたお前の攻撃はそこまで隙がなかった。自分でも見えただろ?」
その動作がひとつ違うだけで――戦いはどれだけ有利になるだろう。
「ディティアと会うより前――最初の頃ってお前、もっとずっと大振りで隙だらけで。グランとふたりで魔物に突っ込んでくから、討ち漏らしたやつが俺とファルーアのとこにきてさ。……バフをかけ直す余裕とかなかったんだ」
そう。
だから俺たちは冒険者として認証カードを持っていたのに、カード持ち専用の依頼はそんなに受けなかった。
――危険だと全員がわかっていたからだ。
「そのとき俺、バフの重ねがけもほとんど使わなかった。負荷がかかるって思い込んでたし」
黙ったままのボーザックは額から手を放すと……俯いて焚火に視線を落とす。
それを真っ直ぐに見詰めたまま、俺は淡々と話を続けた。
「でも――変わっただろ。俺たちは〔白薔薇〕になって――有名になろうって皆で誓って……名誉勲章まで貰ってさ。俺はお前やグランが前線にいてくれるからバフに専念できるんだ」
「…………それはティアが一緒になったからだよ」
ボーザックは眉を寄せ……黒い瞳に焚火を映して呟く。
「そうだな。ディティアが来てくれなかったら……こうはならなかったかもしれない。だけどな、ボーザック」
俺はそこでいったん言葉を切って――息を吸った。
「――俺は……お前が強くなってるって気付くたびに悔しい」
「……えっ?」
「そりゃ、俺はバッファーだし武器は双剣で戦い方は違うけど。ボーザックの大剣、やっぱり格好いいし――そのでかい剣振り回してるのにお前速いしさ……そこには到底届いてないのはわかってる……だから悔しい。一緒に強くなりたい、でも負けたくない――わかるだろ、お前なら」
「ハルト……」
ボーザックはそこで驚いたように呟いて……顔を上げて目を瞠る。
なんというか。こんなこと本人を目の前にして言葉にするのは照れくさい気がするけど。
伝えられるなら、俺は伝えたいって思う。
――それが俺たちだろ、ボーザック。
「俺は……お前みたいに強くありたい。お前と強くなりたい。だから成長していないとか馬鹿なこと言って足を止めるのは許さない。ぶん殴って目覚まさせてやろうか?」
「…………!」
瞬間……ボーザックはぎゅ、と眉を寄せ、膝を抱えて顔を埋めてしまった。
隠すように小さく鼻を啜ったボーザックからそっと視線を外し、俺は手の上にバフを練る練習を再開する。
静かな時間が過ぎる、その空気を――俺たちは何度も共有してきた。
それはこれからも同じだ。
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「行かないのか〈豪傑〉」
伝説の〈爆〉は剣を磨きながら面白そうに口にした。
……ここは〈爆風〉のテントの中で、女性ふたりが着替えるというのでグランが間借りしている状況だ。
〈爆風〉の隣で鎧と盾の手入れをしていたグランは手を止めて顎髭を擦る。
「ああ。ハルトが上手くやるだろうよ」
ハルトがボーザックに話している言葉は正直なところ筒抜けで……もしかしたら隣のテントにいるファルーアとディティアにも聞こえているかもしれない。
ボーザックからすればそんなに大っぴらにしたい話でもないだろうが、そこまで焦っていたとはグランも少し驚いた。
「……見えてねぇもんもあるってことか」
思わず口にすると〈爆風〉は、ふっ、と鼻先で笑う。
「当然だ。……俺も伸び悩んでいるのを隠していた時期があったぞ。その鬱憤が溜まった結果〈爆炎〉の爺さんに楯突いてな」
「〈爆炎のガルフ〉にか?」
「そうだ。文句を言われた挙げ句に文字通り黒焦げにされた」
「……は。どうりであの爺さん、ファルーアと同じ臭いがすると……」
グランはそこまで言ってから視線を彷徨わせ、気配がないのを確認した。
余計なことを口にして消し炭にされるのは困るからだ。
笑みを深くしてそれを見ていた〈爆風〉は磨き上げた双剣をランプの光に翳して頷いた。
「……〈光炎〉が炎を継いだのは〈爆炎〉の爺さんとなにかが通じたんだろう。俺たち〈爆〉はどこか近い人材に二つ名をやるらしい」
「そうだな。ディティアはあんたによく似てる」
「ふ。そうだな……あれはまだ伸びるぞ?」
「はっ、そうでないと困る」
「はは。……さて、そこでだ、〈豪傑〉」
「なんだ?」
「お前、あのふたりと手合わせはしないのか?」
グランはその言葉にぱちりと瞬きを返し……苦笑した。
「ハルトとボーザックか? ……あんたにゃ敵わねぇな。正直なところ最近、ちと不安だ。勝てるかどうか自信がねぇよ」
「……ふ。よく言う。よし、ここは俺がひと肌脱いでやろう」
「……あ?」
言うが早いが〈爆風のガイルディア〉は隙のない見事な体裁きで立ち上がり……颯爽とテントを出ていった。
「…………」
グランはそれを無言で見送ると……磨き上げたばかりの『白薔薇の大盾』をゆっくりと撫でた。
――そうだな。たまには乗せられてやるってのも悪くねぇ。
本日分です。
親友でライバルって素晴らしいですよね。
いつもありがとうございます!