夜闇と朝露と⑥
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ハルトに頭をペシリと叩かれた瞬間、頭のなかがぐるりと混ぜられたような感じがした。
ボーザックは目の前に現れた『自分』に……驚くこともなく視線を這わせる。
――ハルトの見せる俺って本当に俺みたい……。でもあの鎧……壊れる前のお気に入りだったやつだ。
懐かしいな、と思って……ボーザックはこの『記憶』が終わるまで楽しませてもらおうと腹を括る。
当然『全部に気付いていない』と言われたことも気になっていた。
場所は……地面から突き立った松明が何本も連なって円を描いた広場。
そこにいる『ボーザック』は夜闇に浮かぶ白い大剣を翻し、短く刈り込まれた銀髪の青年へと攻撃を仕掛ける。
〈閃光のシュヴァリエ〉の弟――ラナンクロスト王国所属のイルヴァリエだった。
これはたしか、まだアイシャで四カ国をまわる冒険の最中だ。
一度は剣術闘技会で腹を深々と刺された相手と、もう一度手合わせすることができたときの『記憶』。
白い大剣をするり、と躱したイルヴァリエは……長剣を『ボーザック』の左側から振り抜く。
『ボーザック』は上体を反らして避けると、再び攻撃に転じる。
イルヴァリエは振り下ろされた一撃を長剣で受け止め、その腹を撫でるようにして滑らせながら踏み込んだ。
――そうそう。このときは大振りになっちゃって……詰め寄る隙ができちゃったんだ……。
迫るイルヴァリエに『ボーザック』は剣を引き戻しながら追随し、結局、互いが距離を開けた。
そのとき。
『すごいな……』
ハルトの声が『記憶』のなかで再生される。
『ボーザック、強くなったね』
ティアの声が聞こえる。
ボーザックはふたりが褒めてくれていたことを初めて知った。
『お、イルヴァリエが何かするぞ』
そこでグランが酒を頼みながら楽しそうに声を上げる。
――ああ、そうだ。このあと……。
煌々と照らされた広場の中央付近。イルヴァリエの切っ先が真っ直ぐに『ボーザック』へと向けられる。
『ボーザック』は……ふっ、と笑みをこぼした。
『参る』
『いつでも!』
イルヴァリエが選んだのは――突き。
剣術闘技会ではボーザックがこれを受け流し、結果、暗器で無様に腹を突き刺されたのだ。
それを正々堂々とやろうというイルヴァリエの気概は清々しい。
受けて立つのは当然で、体中が滾ったことをボーザックははっきりと覚えていた。
その気持ちをなぞるようにイルヴァリエの渾身の一撃を弾いた『ボーザック』。
イルヴァリエの手から弾き飛ばされた刃は夜闇にくるくると舞い、松明を写して煌めきながら地面に突き立った。
――このときは勝てたけど。でも……いまはどうだろ……。
不安が鎌首をもたげたそのとき……突如、景色が変わる。
ボーザックは、あれ、と思ったけれど……やはり目の前にいる『自分』は白く艶めく美しい大剣を手にしていた。
――あ、でも鎧が……新しくカルアさんがくれたやつになってる……。
こんなところまではっきりと描かれていることに驚いたそのとき、ハルトの声が聞こえた。
『……よし。いくぞ!』
同時に視界が動く。
目の前の『ボーザック』が攻撃に転じて……ボーザックは気付いた。
――これ、アルヴィア帝国の帝都だ。ティアと一緒にハルトを迎え撃った、つい最近のやつ。
ハルトは突き出される大剣の腹に双剣を滑らせるようにして『ボーザック』に肉迫する。
そのまま左の剣を大剣に当てたまま右の剣を振るうと、後ろに跳んだ『ボーザック』と入れ違いに〈疾風〉が飛び出してくる。
――ティア、やっぱり速い。
ハルトは距離を取って追撃をなんとか躱した。
……そのとき。
『おい〈逆鱗〉、お前バッファーだろう?』
突然〈爆風〉の声がして――ハルトが「えっ?」と聞き返し……。
『隙ありッ』
『ぐっ!』
突っ込んできた『ボーザック』の閃く大剣を受け止め切れず、ハルトが踏鞴を踏んだ。
『……悔しいけど、いまのもやられた』
ハルトがそう言ったことをボーザックも覚えている。
負けを認めているのに『まだやれる』って目をしていたバッファーは……やっぱり強くなっていて、自分が情けなくて――少し――いや、ものすごく悔しいといまになって気付かされた。
ボーザックは胸が締め付けられるように感じて……どうすることもできずに目の前の『自分』を見詰める。
――一緒に強くなろう、強くなりたいって話したけど……俺、思い上がってたのかな……。
悔しい。悔しい、悔しい。
……そう思った、そのときだった。
『敢えて二撃目を繰り出さなかったんだ。ボーザックならそれができたはずだから』
ハルトの声が……聞こえた。
あのとき、彼はそんな言葉を口にしなかったはずだ。
ボーザックは目の前にいる『ボーザック』が大剣を右肩に背負うようにして、にやりと笑みをこぼしたのを見る。
『久しぶりに剣を交えて……実感した。強くなっている、ボーザックは――確かに』
――ハルト……ハルトの気持ちだ、これ……。
強くなっている、と。認めるかのような言葉。
ボーザックは唇を噛んで――ふっと目の前に現れたハルトに向けて吐露してしまった。
「ハルトはずるいよね――俺、これじゃ……」
――もっと情けないじゃん……。
すると、ハルトがビシッとボーザックの額を中指で弾いた。
「痛ッ……⁉」
「なに言ってるんだよ? イルヴァリエとの一戦と俺との一戦、ちゃんと見えたか?」
「え……うわっ、あれ、見終わった?」
ボーザックが両手で額を押さえてそう言うと……ハルトはにやりと笑った。
こんばんは、本日分です。
親友でライバルみたいなの格好いいですよね。
よろしくお願いします。