夜闇と朝露と⑤
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正直に言おう。
鳥型の魔物は本当に美味かった。
まあ見た目もなんとなく鶏だったし。草みたいだったけどトサカも生えていたし。
あれで擬態して獲物を狙うのかもな。
そんなわけで俺は膨れた腹に満足感を覚えながら、焚火の横でバフを練習しつつ警戒をしている。
ぱちり、と小枝が爆ぜるたびに夜闇に舞う火の粉。
その幻想的で儚い欠片が溶けるように消えていくのを眺め、俺は何度目かの『知識付与』のバフを掻き消した。
――いまのも駄目だな。形……にはなってきていると思うんだけど……。
俺の考えだと『知識付与』は『精神安定』に近いと思うんだ。
あれは混乱対策のバフだけど、ボーザックの乗り物酔いにも効いているんだからなにかしら体や気持ちに影響を与えているはずで。
その気持ちを抑える、安定させる……ってところを記憶再生に変えられたらいいと――いや、待てよ?
それってむしろ、知らない記憶や知識を無理矢理に流し込んで再生させるんだから、混乱させるのと同じことか?
あ、ああ、そっか! それならむしろデバフに近いんじゃ――!
「それなら……こうだっ!」
安定して描くこと……それを補助する方向でいたけど、ここは反対だ。
精神を動揺させて俺の記憶と自分の記憶が混同されるように……練り上げる。
手の上でバフが形になっていく。
――いいぞ、できそうな気がする。
俺は目を凝らしてから一度バフを消したものの、うずうずして……さっとあたりを見回した。
そこにいたのは――。
「丁度いいや、付き合ってくれボーザック! ――いくぞ、『知識付与』!」
「んっ? ……うあ⁉」
少し離れた場所で素振りをしていたボーザックにバフを投げる。
彼はぴたりと剣を止めて……虚空を見詰めた。
「…………」
「…………」
お互い無言のまま瞬き数回の時間が駆け抜け、パキッと小枝が爆ぜて火の粉が散る。
すると……ボーザックはゆっくりと瞼を上げ下げしてから俺をじろりと見た。
「……ハルト」
「どうだった……?」
「どうだった……? じゃないよ! なんで騎士団と冒険者から『栄光あれ!』って言われてる俺なの⁉ 自分見るとか、ちょっと恥ずかしいじゃん!」
「やった、うまくいった!」
「聞いてる⁉」
「あっはは、悪い悪い! 咄嗟に思い出したのがそこだったからな」
俺が笑うと彼はため息をついて剣を収め、俺の近くにやってくる。
そして――
「……内容はともかく……習得したんだよね? やったじゃん」
――ちょい、と右の拳を突き出した。
「おう。なにか変なところとかあったか?」
応えて自分の拳をボーザックにぶつける。
彼はそのまま俺の隣に腰を下ろすと、うーん、と唸った。
「やっぱハルトはすごいや……あ、でも少し……曖昧だったかも」
「曖昧?」
「うん。人の顔とか景色とかちょっとモヤっとしてて……? 俺の顔はちゃんと見えたけど」
「…………」
俺は少し考えて、もう一度手の上にバフを練った。
「手、出して」
「これでいい?」
「『知識付与』」
俺は問答無用でボーザックが差し出した右手を握り、バフを掛けてみる。
ややあって……彼は頷いた。
「さっきよりもはっきりしてたかも……触れて掛けると違うってことだよね? なにが違うのかな」
「……うーん、俺が思うに、バフは俺の魔力をちょっと違う形にして渡すものなんだ。だから投げるよりは直接手渡すほうが形が崩れないんじゃないか?」
「だとすると『五感アップ』とか……デバフとかもさ、触れて掛けたら違うってこと?」
「あー、それはどうかな。そもそもこの『知識付与』がちょっと特殊なんだよな。ほかのと違って……こう、俺の知識を練り込む必要があって……それが崩れやすいのかもしれない」
「ああ……なんとなくわかるかも。このバフはちょっと……いつもと違う気がする。なんかこう……頭のなかが掻き回される感じ?」
「へえ……お前すごいなボーザック。これ、『精神安定』をデバフ寄りにしたんだ。『肉体強化』とか『肉体弱化』とは違って単に補助したり阻害したりすればいいってわけじゃないから……お前にはそれがわかるんだな」
素直に感心して頷くと……ボーザックは一瞬だけ目を瞠り、そっと伏せてから自分の両手を握ったり開いたりしてみせた。
「……なに言ってんのさハルト。俺なんて全然すごくないよ」
その声がどこか真剣なのを感じた俺は黙って続きを待つ。
ボーザックは何度か言いかけては唇を噤み……やがて心細そうな声で呟いた。
「…………あのさ。俺、ちょっと焦ってんだよね」
「焦ってる?」
「うん。ハルトはどんどん強くなるのに、ここんところ俺、成長してないし」
黒い瞳に焚火を映し、必死さすら見える表情で紡がれたその言葉に……不覚にも俺はぽかんと口を開けてしまった。
「…………は?」
「えっ、なにその反応……」
酷く戸惑った顔で重ねたボーザックは……小さくため息をこぼす。
「……はぁ。ごめんハルト……自分でなんとかしろって話だよね……一緒に強くなろうとか言った手前、なんか情けなくってさ」
俺はそこで我に返り、首を振った。
「っと、悪い。そうじゃなくてさ……お前、自分で気付かないのか?」
強くなっていないわけがない。成長していないはずがない。
真っ直ぐに強さを目指す〈不屈〉に俺たちは励まされてきた。
だから、いつも明るく道を照らす太陽みたいなボーザックが弱音を吐くのが珍しかったんだ。
「気付くって……なにに?」
「うーん、全部」
「……ぜ、全部?」
「そうなんだけど――ああ、そうか。――『知識付与』」
「痛ッ」
なにをどう伝えるか迷った俺は……手の上にバフを練り上げてボーザックの頭をペシリと叩いた。
本日分です、よろしくお願いします!