夜闇と朝露と④
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そんなわけで、今夜は焼き鳥に煮鶏だ。
災厄を屠った大穴の近くに到着した俺たちはまずテントを準備し、寝床を確保した。
濡れた地面に直接横になるより、はるかにいい環境である。
焚火をするにあたっては、そのへんの枯草や低木を集めてファルーアの高火力で一気に乾かすという荒技を使った。
本当、メイジがいると楽だよな……雨でも火が使えるし、水も心配ないし。
俺は密かにファルーアに賛辞を送り、拾ってきた石を使って竈を準備しているグランに声を掛けた。
「なにか手伝えることある?」
「いや、こいつは今日は俺の仕事だ。美味い鶏にしてやるから適当に休んでていいぞ」
「はは。楽しみにしてる。じゃあちょっとバフの練習するよ」
得意気に顎髭を擦るグランにひらりと手を振って……俺は焚火の横で椅子代わりにと持ってきた石に座った。
テントでは女性陣が濡れた服を着替えているところで、五感アップをかけた〈爆風〉が腰に両手を当ててあたりの警戒をしてくれている。
ボーザックは鎧が錆びないよう手入れ中だ。
料理が終わって食べ終わったらグランも鎧や盾を磨くだろうから、そのときは俺が警戒役を引き受けよう。
……さて、それじゃあ。
俺はまだ安定しない『知識付与』のバフとデバフを練ることにした。
本当は『魔力活性』も改良したいところだけど……あれは魔力を感じてもらう必要があるからな。
魔力の動きに敏感なはずのファルーアと活性化させる魔力を宿している〈爆風〉、ふたりに協力してもらうのが効率的だろう。
だからまずは『知識付与』だ。
手の上に魔力を練り上げて――伝えたいことを思い描く。
俺の記憶や知識を魔力に載せて、それを脳裏で思い描く『補助』をするバフに練り上げる。
――魔力にも記憶を付与することができるなんて、そんなこと考えたこともなかった。
早いところ〈重複のカナタ〉……俺のバフの先生的な存在であるバッファー、カナタさんに話が伝わればいいんだけど――。
そこで俺はふと気付いた。
「……あー……」
「なんだ、どうしたハルト」
ぼやいた俺に竈を覗き込んでいたグランが顔を上げる。
竈にはすでに薪がくべられていて、鶏を焼くためであろう鍋が用意されていた。
「うん……そういや、手紙の話をしていないなーと思って」
「手紙? ……ああ、〈閃光〉からのか?」
「そう。本当にあいつ嫌味で――っと、じゃなくて。〈豪傑のグラン〉に伝えてほしいって」
「……は? 俺にか?」
「うん。騎士団から俺たち〔白薔薇〕に依頼があるみたいだ」
「……それは穏やかじゃないわね」
そこに着替え終えたファルーアとディティアがやってくる。
ディティアは革鎧を乾かしているところなのか、双剣だけ身に付けていた。
「『ただし、くれぐれも騎士団からの依頼であることは伏せてくれ』……とか書いてあったな、そういえば」
俺がぼやくとグランは顔を顰めて唸る。
「おい、そういうのは早く言えハルト。……ボーザック、〈爆風〉。ちと話がある、来てくれ」
するとグランがすぐにそう言って、呼ばれたふたりも焚火のそばにやってきた。
「どうしたのー?」
「とりあえず全員座れ。……ハルト、依頼の内容はなんだ?」
「あ、うん」
思い思いに腰を下ろした皆に向けて……俺はシュヴァリエの依頼内容を口にする。
……つまり、手紙のやり取りができる人を捜せってことだ。
――すると。
「ああ……だからハルト君、あんなこと言ったんだね」
ディティアがくすくすと笑った。
「あんなこと?」
反対に聞き返すと、彼女はうんと頷いてスラスラと言葉を紡ぐ。
「『なあソイガさん、ソイガさんのことを知らせたい人がいるんだけどいいかな。もし訪ねてきたり手紙があって……ソイガさんが話してもいいって思ったら対応してくれればいいんだけど』……って言ってたよね? てっきり〈重複のカナタ〉さんのことかなって思ってたんだけど」
「わぁお、さすがティア。俺、そこまで覚えてないやー」
ボーザックが歯を見せて笑うと、グランが「そういやそんなこと言ってたな」とぼやきながら竈に薪代わりの小枝を追加投入する。
「――言っておくけど、カナタさんにあいつ経由で本を届けてもらうためで、断じてあいつのためじゃないぞ……」
なんとなく寒気がして身震いすると……ファルーアが憂鬱そうなため息をこぼした。
「……でもハルト。あんたのことだからソイガさんにも連絡してみるよう〈閃光〉に伝えたんでしょう?」
「ん? ……まだ送ってない。返事が来るかは知らないぞって書いてはあるけど」
「ぶはっ」
「ははっ、お前は本当に面白いな〈逆鱗〉」
「はっ? なんだよいきなり……」
噴き出すボーザックと笑い出した〈爆風〉に向けて思い切り顔を顰めたものの……なぜか俺を見る皆の表情が生温い笑みに満ちている。
ややあって〈爆風〉がまだ乾ききらない髪を掻き上げて言った。
「それはもう依頼を受けたのと同じことだ〈逆鱗〉。ここで〔白薔薇〕が断るとも思えんが」
「ったく。仕方ねぇな……騎士団からってのは少し気にしておくぞ」
「……?」
意味がわからず眉を寄せた俺の腕をディティアがつん、と突いたのはそのときだ。
「ラナンクロスト王国の騎士団、その次期団長が他国との繋がりを求めているってことはね、ハルト君。ただの文通じゃない可能性が高いんじゃないかな。シュヴァリエのことだからなにか思惑があるんだと思う」
「…………え、これ、そんなに大事か?」
「そうだね、たぶん、そんなに大事だよ」
エメラルドグリーンの瞳をおかしそうに細めてから、ディティアは暗くなった空を見上げる。
「龍も見つけないとだし、巨人族にも会わないとだし……やることがいっぱいだね」
けれどその表情はどこか期待に満ちていて、至極楽しそうだった。
「そうね、古代魔法も調べたいし、ハルトのバフも改良が必要よ」
ファルーアが頷いてすっかり乾かしたらしい金の髪を払ったところで……グランがばしっと膝を叩く。
「……よし。とりあえず焼き鳥にするか!」
気付けば竈の上、鍋に載せられてこんがり焼かれた鶏肉からは美味そうな匂い。
「待ってましたーぁ!」
ボーザックのひと声で、俺たちはすぐに食器の準備に取り掛かった。
こんばんは!
本日分です、よろしくお願いします。