夜闇と朝露と②
「おぉッ!」
放たれた光が屈折しながら弾け飛ぶ。
俺はそれを避けて気合を吐き出し、右の剣を振るった。
雷を放ち終わった嘴からは雨が湯気となってしゅうしゅうと立ち上り、その膨らんだ部分を横薙ぎに斬り裂いた俺は勢いそのままに右足を軸にして一回転。
左足を思いっ切り振り抜いて一体を沈黙させた。
「そらハルトッ!」
「ん⁉ ……うわっ!」
そこにグランの大盾でぶん殴られた魔物が文字通りぶっ飛んできて、咄嗟に剣を突き出す。
なんとか斬り払ったものの……俺は顔を顰めた。
「飛ばすなら先に言ってくれよ!」
「よっし、なら飛ばすぞ! ボーザック!」
「えぇッ、俺なのッ⁉」
次の狙いはボーザックだった。
ぎょっとした小柄な大剣使いは、それでも飛んでいった魔物を易々と斬り伏せる。
「次ッ、ディティア! いくぞ!」
「はいっ!」
こちらはなぜか嬉しそうな〈疾風のディティア〉が飛来する魔物に突っ込み、双剣を左、右、と振り切って雨粒ごと両断した。
「〈爆風〉、お前も付き合え!」
「うん、いいだろう」
言わずもがな、こっちも楽しそうに〈爆風〉が応える。
彼は双剣を手にしたまま足下にいた魔物の頭をむんずと握り、そいつを投げて飛んできた一体にぶつける。
そして伸び上がったかと思うと――左右それぞれの剣で一体ずつを屠ってみせた。
気分をよくしたらしいグランはそこで左足をドンと地面に下ろし、雨粒が流れ落ちる大盾を体に引き寄せる。
「っは、ファルーア! いく……」
「燃え尽きなさい」
「うおっ、熱ッ……おいッ!」
「あら、失礼したわねグラン?」
最後はグランが吹っ飛ばす前に炎が弾け……残った魔物たちは『カカッ!』と喉を鳴らして一斉に踵を返すと草のあいだに消えていった。
勝てないと踏んで逃げたのだろう。
うん……なんというか……ファルーアらしい一発だったな。
――そうして気配は一気に遠ざかり、降り注ぐ大粒の雫が立てるザアザアという音だけが耳に残る。
「っはー! 久しぶりに暴れたかも!」
そこでボーザックがびしょびしょになった黒髪を左手で掻き上げ笑う。
「もう少し粘ってくれてもよかったが……とりあえず夕飯は鶏肉で決まりだな」
そう言ってくるりと双剣を収めたのは〈爆風〉で……うん。このオジサマときたらやたら楽しそうだ。
「焼鳥か! いいね、俺は賛成ー」
「これだけあるんだ、煮鶏もいけるぞ?」
喜ぶボーザックを横目にグランが大盾を背負って顎髭の水滴を払う。
――まあ、払う意味があるのかはわからないけど。
そのあいだも雨は弱まる気配がなく、草原は暗くなるばかりだ。
グランはちらと雲に覆われた空を見上げ、肩を竦めた。
「かなり降ってきたから体力使いすぎる前に終わってよかったかもな。全員、体冷さねぇようにしろー」
同時に、彼は足下に転がる魔物を拾い上げる。
「とりあえず捌いちまわねぇと……」
「了解、まだ進まないとだしな」
俺が応えると……〈爆風〉が笑った。
「よし、ではやることはひとつだ。目を閉じろ!」
「鶏肉だ! いくよ、一、二、三ッ!」
ええ、この雨のなかでやるのか、それ……。
俺はそう思ったものの、ボーザックの楽しそうな声が聞こえるより先に瞼を下ろしていた。
慣れってのも恐ろしいものである。
――まあそんなわけで。
結果、グランが当番となった。手に魔物を持っていたのが敗因だ。
俺たちはグランが鶏らしき魔物を捌くあいだ、少し待つことになった。
……とはいえ次から次へと降り注ぐ雫はまだまだこれからといった雰囲気で、俺はポンチョの裾を直し……残念ながら少し焦げてしまった部分にため息をつく。
「はあ。雷の魔法とか……穴が開かなかっただけマシか……」
「そういえば雷だったけど、ファルーア大丈夫だった?」
ディティア頬に貼りついた髪を手櫛で懸命に整えながら言う。
「ええ。魔法ならそこまでじゃないわ。もっと――」
……瞬間。
ドオオォンッ! と。
近くはないけれど決して遠くない場所で雷が落ちた。
「ひゃぁッ」
「うおっ、危ねぇぞファルーア!」
ファルーアが珍しい声を上げて近くにいたグランに飛び付く。
ああ、前はフェンがいたもんな。
「ここじゃ雨宿りもできないし……精神安定でもかけておくか?」
なんとなくしみじみしながら俺が聞くと、ファルーアは気丈にもふるふると首を降ってディティアにくっついた。
「だ、大丈夫よ、大丈夫……」
「そうか、〈光炎〉は雷が駄目だったな」
〈爆風〉はそう言うとずぶ濡れの状態で革袋から自分のローブを取り出し、ファルーアに差し出した。
……たぶん、ローブを着る前に魔物に気付いたんだろうな。
「これを被っておくといい。光も遮断する。少しは音もマシかもしれん」
「…………ありがとう、恩に着るわ」
ファルーアは少し考えたあとで素直に受け取ると頭からローブをすっぽりと被る。
……うん、前も見えなそうだけどいいのか……?
しかしどうやらディティアが彼女の目になる心積もりらしい
目が合うと真剣な顔で頷かれたので、俺も頷きを返して考えた。
――さて。フェンのポンチョを〈爆風〉に渡すべきか……?
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