夜闇と朝露と①
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草原を突き抜ける街道。
前はグランとボーザック、それからユーグルたちと一緒に風将軍という意味を持つ魔物『ヤールウインド』に乗って空を駆けた。
つい昨日はソイガさんのバフで流れる景色を堪能した。
今回はブーツ越しに土の感触を味わいながらの旅路で、最近になってようやく数ヶ月歩き通し……なんていう感覚を取り戻した気がする。
だけど。
「こりゃ、降りそうだな」
グランが曇天を見上げて眉を寄せた。
……そうなんだよな、どうにも天候が怪しいというか。
湿った空気は肌に纏わり付くような重たい風となって流れ、まだ昼過ぎだっていうのに草原は暗い。
「ポンチョすぐ出せるようにしておくよ」
俺は応えて背負う荷物を体の前に持ってくる。
そこでふと気が付いた。
テントの類はグランが。調理器具をボーザックが。
俺は雨の日用のポンチョや応急処置用品を。
ファルーアは寝袋を。ディティアは食器類を。
俺たち〔白薔薇〕はそうやって荷物を分担しているんだけど……。
「〈爆風〉、ポンチョ持ってたっけ?」
ふたりで旅していたあいだも、彼がポンチョを被っていた記憶がない。
俺が聞くと彼は笑った。
「ポンチョとは少し違うが、防水性のローブがある」
「ならよかった」
〈爆風〉がポンチョを着ていないのに自分たちだけ着ているっていうのも気が引けるもんな。
まあ、いざとなったらフェンのポンチョがあるけど、とか思っていた俺をファルーアが冷たい目で見ていた。
あ、これは考えが筒抜けなやつだ。
俺がへらっと笑うと、彼女は呆れたように眉尻を下げて首を振る。
そのとき、俺の鼻先でポッと雫が跳ねた。
「うわ、降ってきた」
ボーザックが空を振り仰ぎ、俺は全員分のポンチョを引っ張り出す。
「雨は嫌ね……髪が傷むもの」
「そうだね。雨が降ると足下も汚れるし……」
ファルーアが憂鬱そうに言って、ディティアが困った顔をする。
「俺の場合、鎧の手入れも大変ー」
ボーザックが言って、俺が手渡したポンチョを頭からずぼりと被った。
……最近、天気はよかったからな……なんとなく雨は気持ちが重くなる。
ところが、そう思った矢先。
「〈逆鱗〉」
「ハルト君」
「ハルト」
〈爆風〉、ディティア、ボーザックが同時に俺を呼んだ。
返事をしようとした俺は……そのただならぬ気配にはっとして手を上げバフを広げる。
「五感アップ!」
雨音が強くなり、肌に触れる空気の質感が増す。
シャアンッ、と鋭く高い音を響かせた〈爆風〉とディティアが腰を落とし、ボーザックが大剣を構えた。
俺は彼らの動きを追うように双剣を抜き、大盾を体の前にして不敵に笑ったグランの横を抜け、龍眼の結晶の杖をくるりと回すファルーアの隣に立つ。
なにかが草の隙間を縫ってこっちに向かってくる気配。ひとつやふたつじゃない、もっと多くの……!
「さて、肩慣らしといくか〔白薔薇〕」
「おう、さっさと片付けるぞお前ら!」
緊張の欠片も感じさせない伝説の〈爆〉にグランが気合たっぷりに応えたところで、その気配が草のあいだから飛び出した。
「肉体強化ッ!」
『カカカカッ!』
全員の五感アップを書き換えた俺の視界に飛び込んで喉を鳴らすその魔物は鳥……のように見える。
濁った黄色をした嘴の下部が大きく膨らんでいて、頭には草に似た緑色のトサカ。
体色は土色で、大きさは俺の膝ほどしかなく……つまり小さかった。
けれど――数にして三十はいそうだ。群れで行動するんだろう。
「なにこいつら、かなり小さいけど……嫌な感じがする」
『カカッ、カカッ!』
ボーザックが油断なく窺いながら言うと、前方にいる個体が喉を鳴らす。
そのあいだに雨脚が強くなり、ザアザアと降り注ぐ雨粒がポンチョを叩いた。
「数が多いです、気をつけて――きますッ!」
ディティアが濡れた髪を払ってポンチョを翻し、飛び掛かってきた最初の一体を斬りつける。
「おおぉっらあぁぁッ!」
そこを狙った別の個体はグランの大盾に吹っ飛ばされて沈黙。
『カカカッ!』
瞬間、周りにいた鳥型の魔物数匹が大きく口を開き……俺は首筋がちりりとしたのを感じた。
「ッ、反応速度アップ、速度アップッ!」
広げたバフが皆を包むのと、鳥型の魔物の嘴が光ったのはほぼ同時。
バリバリバリッ!
真っ白な光とともに、なにかが破れたような割れたような……強烈な音が弾ける。
咄嗟に躱したけれど、四方八方に散った光がポンチョの裾を掠めてジュッと嫌な音を立てた。
「くそっ、なんだいまの――皆、平気か⁉」
「雷の魔法か」
俺が視線を奔らせ皆の無事を確認したところで、難なく避けたらしい〈爆風〉が口角を吊り上げる。
「たあぁっ!」
すぐにボーザックがその横を駆け抜け、嘴からしゅうしゅうと湯気を立てる魔物を一刀両断。
引き寄せた大剣が鮮やかな突きとなって再び空を裂く。
「いい動きだ〈不屈〉」
それを追って風が吹き荒れると、近くにいた魔物が次々と倒れ伏す。
「……いくわよ、燃え尽きなさい!」
そこでファルーアが杖を翳し、金色の結晶がチカリと瞬いた瞬間……一気に炎が噴き出した。
皮膚がじりじりと熱されるような炎の勢いに魔物たちが距離を取る。
降り注ぐ雨が炙られて白く煙るなか、倒れた魔物を飛び越え前に出た個体が喉を鳴らした。
『カカカカッ、カカッ!』
同時に近くの魔物たちが嘴を大きく開く。
「くるぞ! 魔法だ!」
俺は口にして……地面を蹴った。
本日分です。
遅くなりました……、よろしくお願いします!