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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ 自由国家カサンドラ
620/845

草原と渓谷と⑥

******


 本を読むのに使ったのは『解読付与』だった。


 だけど――ソイガさんは『知識付与』って言ったような……。


 考えた瞬間、頭のなかが熱くなる。


 気がつくと眼前に広がるのは草原、草原……見渡す限りの草原だ。


 そこに蛇行しながら奔る街道を駆け抜けるようにぐんぐんと視界が滑り、ものすごい勢いで流れていく景色に俺は息を呑む。


 ……やがて地面に開いた巨大な穴が見えてきたとき、俺ははっきりとそこがどこなのかを認識した。


 ――災厄の毒霧ヴォルディーノを屠った地。


 あのとき草はまばらだったような気がするけど……間違いない。


 古代魔法の大きな光球(こうきゅう)で地面に大穴を開け、地下にいた災厄を地上に誘き出し――最後は土と岩で作り出した無数の太い針で縫い止めた場所だ。


 そう考えたときにはその穴も後方へと流れ去り、俺はさらに街道を突き進んでいく。


 ……しばらくすると景色は草原を抜けて山道へと変わり、入り組んだ木々のあいだを抜けて視界が開けるとそこには吊り橋があった。


 眼下には時折飛沫(しぶき)を上げる川が見えて、見上げた先には山々が連なっている。


 ――俺はこの場所を知らない。


 だけど、そうか。これがバフで付与されたソイガさんの知識だとしたら……?


 つまり俺はソイガさんのバフで『幻覚』のようなものを視せられているんだろう。


 だとしたら魔力に知識を載せてバフに練り上げる……のかな。


 でも知識なんてどうやって――。


 そう考えた瞬間、ふっと目の前にソイガさんが現れた。


「うわあッ⁉」


 思わず仰け反った俺の手を放し、ソイガさんはフンと鼻を鳴らす。


「どうだい、草原と渓谷が見えただろう?」


「……あ、う、うん。見えた……俺どうなってたんだ?」


 きょろきょろと見回すと、皆はそれぞれ不思議そうな顔でお互いを見遣る。


「どうって……ハルト君、一瞬だけなんだかボーッとしていたかな……?」


 ディティアがおずおずと言うので俺はふーっと息を吐いた。


「一瞬か……うん、ありがとな……。ソイガさんは『災厄の毒霧ヴォルディーノ』を倒した痕を見たんだな?」


「そこも見えたのかい。直接触れていたほうがバフを送り込みやすいと踏んだけど、思ったより深い描写になるようだね」


「え、えー? なんの話?」


 ボーザックが眉を寄せて眉間に深い皺を刻む。


 俺は肩を竦めて自分が視た光景を口にした。 


「カサンドラ首都の北側の草原……そこで『災厄の毒霧ヴォルディーノ』を倒しただろ? そのときに開いた大穴と……その先の山道、あとは吊り橋が見えたんだ」


「……つまりソイガさんの知識がハルトに見えたということね?」


 ファルーアが髪を一房くるりと弄びながら言うのに俺は頷きを返す。


「うん。やりたいことはわかった。あとはどうやって知識を載せるか……なんだと思うけど。直接触れるっていうのも盲点かも」


 手を広げてなんとなくで魔力を練ってみる。


 そうだな……皆に伝えなきゃならないこととかそういうのを載せられたらいいんだけど。


 ソイガさんは腕を組んで俺の手元を眺めながらふーん、と鼻を鳴らした。


「さっきの基礎の本でも思ったが、見る限りハルトは感覚派だ。見せたいものを相手が見るよう『補助』してやることに専念すればいい。自ずと知識が練り込まれるはずだよ」


「『補助』……?」


「そうさ。五感アップも同じだろうね。これは感じることへの『補助』をしてやっているバフだ」


 ……ああ、なんとなくわかる。


 肉体強化とかも、こう……体を強くするための手助けをしているバフだもんな。


 ってことは、皆が俺の見たものを思い描くように……。


「こんな感じ……かな。よし、『知識付与』」


 俺は練り上げたバフをそのままボーザックの肩に触れて送り込む。


 すると……どうだろう。


「……ッ、な、なんか……」


「おお、どうだボーザック?」


 グランが聞くと……ボーザックはみるみる顔を青く染め上げ、よろりと座り込んだ。


「気持ち……わ、悪い……お、ぇっ」


「げっ! 悪いボーザック!」


 どうやら失敗らしい。


 俺は慌ててバフを消し、恨めしそうな顔をするボーザックの肩を叩いた。


「デバフ……デバフなの? なんなのさ、これ……」


「うーん、もう少し安定してから試すことにするな」


「俺……もしかして実験台にされるのかなハルト……」


「協力してくれるんだろ?」


「そうだけどさー……」


 ボーザックは大袈裟にため息を吐き出すと、まだ気持ち悪いのか胸元を擦って立ち上がった。


「ふむ。それがあれば『魔力活性』のバフや範囲化のコツをほかのバッファーに伝えられるかもしれんな」


 そこで〈爆風〉が言ったので……俺はああ、と笑ってみせる。


「ソイガさん、ありがとう。あとは頑張ってみるよ」


「なにこれで終わりみたいなことを言っているんだい馬鹿者。まだもうひとつ教えてやることがある」


「えっ?」


「『魔力活性』の改良の余地についてだよ。いいかい、アタシの見立てでは魔力にも違う形がある」


「……!」


 俺ははっとして頷いた。


「うん、古代の血を濃く継いでいる人とそうじゃない人とで病の症状に違いがあるみたいなんだ。だから俺たちもそれは考えていて」


「なら話が早い。どの魔力を活性化させるのか……それをもう少し安定させな。より効果が得られるはずだよ」


「……どの魔力を活性化させるのか……」


 俺は呟いて〈爆風〉に視線を移す。


〈爆風〉もどうやらわかっているらしい。俺と目が合うとにやりと口角を吊り上げた。


 ……俺が活性化させるべき魔力は古代の人の血、それに含まれている魔力だ。


 だからそれを試すなら〈爆風のガイルディア〉――彼が適任である。


 勿論ほかの皆にも試させてもらって相対的に評価すれば、より精度を上げることができるだろう。


「……やることは見えてきたようだな〈逆鱗〉」


「そうみたいだ。……ソイガさん、本当にありがとう」


 そう言う〈爆風〉に応えて、俺は今度こそソイガさんに向き直ってお礼を告げた。


「礼を言われるようなことじゃあないよ。まあ、代わりに本を買ってもらおうかね。そっちのあんた、古代魔法のことが少しはわかるんだろう?」


「え? えぇ、少しは」


 ソイガさんは次にファルーアに話しかけ、手元にあった例のバフの本を開く。


「これは秘匿魔法……バフの研究本だ。読めるかい?」


「……『解読を進めるうえで、必要な……』ええ、断片的ではあるけれど。でも……そうね、暗号のほうはさっぱりよ」


「十分だ。いくよ、『解読付与』」


「え……あ、読める……すごいわ、このバフ……! そう、法則性があるのね……ならこっちは……」


 じっと本を見詰めるファルーア。


 俺はそれを眺めながらバフはすごいだろ? とちょっと誇らしい気持ちになりつつ……考えた。


 これだけ教えてもらって、その対価が本なら安いもんだよな。あの暗号だらけのバフの本、カナタさんに送ってあげたいし……。


 あ、そうだ。


 それならいっそソイガさんにカナタさんと直接やり取りしてもらえばいい。


 カナタさんと連絡を取れるのは爽やかな空気を纏う例のあいつだろうけど、使ってやるぶんには気分がいい、気がする。


 ついでに『依頼』とやらもひとつ達成できるしな。


 ――別にお前のためじゃないぞ、シュヴァリエ。


「なあソイガさん、ソイガさんのことを知らせたい人がいるんだけどいいかな。もし訪ねてきたり手紙があって……ソイガさんが話してもいいって思ったら対応してくれればいいんだけど」


「……ふーん? 自由にしていいってんなら別に好きにしな」


「わかった。助かるよ」


 まあ、たぶんカナタさんは断られても引き下がらないだろうし。


 

 ――こうして、俺とファルーアはその日できる限りの時間をソイガさんからバフや古代魔法を教えてもらうことに使い、翌日全員で出発した。


 本来の目的だった岩龍の調査があるからな。


 ただ、暗号の本と古代魔法の本を二冊ずつ買ったんだけど……これがさ、目玉が飛び出そうなほど高かったんだ……。


 グランがパーティーのお金から払ってくれて事なきを得たけど、さすが自由国家カサンドラ。


 ソイガさんは「毎度あり」と悪戯っぽく笑ったのだった。


おはようございます、本日分です。

予期せずして新しいバフを得そうな感じですが、ここから龍のお話に戻ります。

よろしくお願いします!

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