王族たるもの。①
ハイルデン王都編の開幕です。
タイラントに蹂躙された街、タタンを後にして、俺達は馬車でハイルデン王都に向かった。
山道は馬車が通れるよう整備されていたものの、所々は凹凸があってものすごく揺れる。
はっきり言う。
お尻やら腰やらが痛い…。
急な斜面を下ることは出来ないので、ぐねぐねと曲がる道。
何度も急カーブが続く中を、ガタゴトとかなり揺れながら進む旅路だ。
フェンは馬車を出たり入ったりしながら、自由に山岳地帯を満喫していた。
「う、うぅーぷ」
「ちょ、ボーザック、吐くなよ!?」
心持ち体を離すと、ボーザックは恨めしそうな顔をする。
「そ、そんなこと言ったって…うぷ」
「馬車酔いを楽にするバフとか無いのかしら?」
ボーザックの正面に座るファルーアが憂鬱そうに言う。
もしかしてファルーアも酔ってるのだろうか?
「そんな便利なバフあるかなぁ……」
可哀想なのでとりあえず重複のカナタさんの教科書を取り出す。
パラパラしていると、横からディティアが覗き込んできた。
「あ、ハルト君これは?精神安定」
「これ、魔物が混乱攻撃してくる時に使うやつだよ」
「なんでもいいー、かけてー、ううぷ」
「仕方ないなぁ……初級バフだし、ちょっと待ってろよ」
俺は手の上でバフを練り始めた。
精神安定バフ。
魔物の中で、ごく稀に魔法やブレスで正気を保てなくしてくる奴が居る。
大抵は数分間で戻るらしいけど、魔物を前にしての数分間は致命的だからな。
ヒーラーは即時回復が出来るから、後方で待機してもらって戦うのが定石だ。
けれど、そもそも混乱に耐性があればってことで作られたのがこのバフってわけ。
ちなみに、ラナンクロストには混乱持ちの魔物が居なかったんで、俺は覚えてすらなかった。
「………」
練習する間、ボーザックはすっかり元気を無くして真っ青。
ファルーアも俯いたまま動かなくなった。
グランはずーっと寝ているし、ディティアもこっくりこっくりと船をこぎ出す。
「ふぁーあ」
欠伸しながら、バフの状態を確認。
簡単なやつだったこともあって、1時間ちょっとで形にすることが出来た。
そういえば、バフを覚えるまでの時間もだいぶ縮まったなあ。
カナタさんのスパルタのお陰かもしれないな?
「ボーザック」
「うう…?」
「ほら、精神安定」
面倒だったので、広げて全員にかけた。
すると。
「すぅ、はあ……あ、ちょっと楽になったかも」
「あら、本当ね」
「……何て言うか妙に落ち着くよハルト」
「そうだなあ。…酔うのと混乱って似たようなもんなのかな?」
「気持ちを落ち着かせるって考えたら同じなのかもしれないわね」
「それなら、怒ってる時にかけても落ち着くかもしれないねー」
「今度グランで試してみるか」
「おっ、それいいかもねー」
「聞こえてるぞお前ら」
「あれっ、おはよう?」
笑うと、いつ起きたのかグランも笑った。
平和な旅路である。
******
そんなこんなで10日が過ぎた。
小さな村で馬を休ませて、宿に泊まる。
それは、眠っているときに起こった。
「グルルル」
「ん、……どうした、フェン」
唸り声に眼を開ける。
見回すと、皆ももぞもぞと起き上がった。
「ううん、どうしたの…?」
「……もう朝ぁー?」
フェンは身をかがめてまだ唸っている。
ごごご……。
「ん…?」
聞こえてきた、低い音。
俺達は身構えた。
地鳴り…?
これって……。
「反応速度アップ!」
俺は咄嗟にバフを広げた。
ぐらぁっ!
「うおっ」
「きゃっ」
地面が揺れる。
ぐわんぐわんと揺さぶられる感覚。
皆はベッドから跳ね起きて、武器と荷物を確保した。
テーブルに載っていた花瓶が転げそうになるのを、ディティアがキャッチする。
ミシミシと軋む建物。
やがて揺れはやみ、静寂が戻ってくる。
「……大きかったね」
「村の確認に回るぞ」
「ええ。灯りは任せて」
俺達はすぐに外に出た。
石垣が多少崩れていたりはしたけど、大きな被害は無さそうだ。
村の人も外に出てきているけど、怪我人はいなかった。
馬も、フェンがそばに行って宥めてくれたおかげで大人しい。
…ほんと、最近多い気がするなあ、地震。
その晩、一通り確認を終えて、俺達は宿に戻った。
******
次の日、問題が起こる。
落石が起きていたのだ。
「馬車は通れませんね」
御者が困った顔をする。
俺達よりもはるかに大きな岩がごろんごろんと三つ、道を塞いでいた。
昨日の地震で崩れたんだろう。
上の方から転がってきたのか、土が崩れ、木がなぎ倒されていた。
「吹き飛ばす?」
ファルーアが言ったけど、グランが止める。
「魔物も地震で過敏になってるだろうから刺激しないでおこうぜ。吹き飛ばした先に人がいても困る。…おい、村まで戻れるか?王都までは俺達が行って、撤去を依頼してくる」
御者は頷いた。
「食糧は平気かしら?」
「ええ。馬車に非常食は少し積んでます」
「あ、じゃあ念のためこれ持ってて」
俺は、ナンデストにもらった高栄養バーを思い出して、いくつか手渡す。
「緊急時の食べ物みたいで、すごく栄養があるらしいから」
「ありがとうございます」
御者は申し訳なさそうに受け取って、頭を下げた。
こんなところで役に立つとは思ってもみなかった。
ナンデスト、良くやった!
「よし、行くぞ」
幸い、ここ数日雨には降られていない。
足場も悪くなかったんで、距離は稼げそうだ。
道も、王都までは一本道だと聞いて、俺達は徒歩で王都へと向かった。
タイミングが合えば、王都から来た馬車に会える可能性もある。
10日もあれば着くって聞いたから、俺は速度アップバフを全員にかけて進むことにした。
だいぶ短縮出来るはずだ。
「珍しいねハルト君。移動で速度アップバフ使うの」
「速度アップは効果も短いし、ずっと重ねるのも疲れるからさ。けど、待ってる人もいるしね」
ディティアがそうだねぇと同意しながら、ぴょんぴょんと跳ねた。
「私、五重にしてもらったらどれくらい速く動けるかな?」
「え、それ聞いちゃう?この前五重にしてぼこぼこにされた俺に?」
思わず顔をしかめると、ディティアは驚いて振り返った。
「ええっ、そ、そんなつもりじゃあ!」
「そりゃあもう疾風のごとく速いだろうなあ、風にすらなれない俺と違って」
肩を落としてみせると、彼女はますます慌てて手を振った。
「そっ、そんな!そんなことは!速かったよ!?」
「ハルト。あんまりいじめるとティアが可哀想よ」
ファルーアに冷静に突っ込まれたので、やめる。
「ははっ、ばれてたか」
「えーっ!も-!ハルト君の馬鹿-!」
こうして、俺達は王都へと急ぐのだった。
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