草原と渓谷と⑤
……ああ、そっか。
さっき〈爆風〉が俺のことを呼んだし、ボーザックが〈爆風〉を呼んでいたな。
俺が頬を掻くと、グランが顎髭を擦って口を開く。
「まぁ、たしかに俺たちは〔白薔薇〕なんだが……その話をするってことは当然ソイガさんはその魔力結晶が使いようによっちゃ危険なことも把握している……ってことだな?」
「そうなるね。とはいえランプ代わりにしているだけで、アタシがこれをなにかに利用するってことはないがね」
俺はそれを聞いて少し考えた。
そうだよな、なんとなくだけど……ソイガさんは悪用する感じではなさそうだ。
古代魔法に対する純粋な興味はファルーアや〈爆炎のガルフ〉と近い感じがするっていうか。
でもそれなら、体内の魔力がなくなる――つまり弱体化する病を治療することに興味はないだろうか?
治療しても古代魔法が使えるだけの魔力になるかはわからないし、ソイガさんに利益があるかもわらからないけど。
「……なあソイガさん。それなら、弱体化する病を治すための古代魔法なんて興味ない?」
考えをなぞるように口にすると、ソイガさんは皺のある瞼をぱちりと上げ下げした。
「なんだって? ……そんな古代魔法があればとっくに使っているって話だろ……アタシは見たことも聞いたことも……当然読んだこともないね。なにか情報があるのかい?」
「……うん。……『魔力活性』!」
俺は手を上げてバフを広げる。
魔力のことはメイジたちのほうがよくわかっている気がするし、試すほうが早そうだからな。
ソイガさんはその瞬間に自身の両手を見遣ると、ゆっくりと二度頷いた。
「……! こりゃあ……ふーん、うん、うん。なるほどね、『魔力活性』――いい案だ」
俺はその言葉にほっとしてすぐに続ける。
「俺の考えだと古代魔法が使えるほどの魔力は戻らないけど……少なくとも底上げくらいにはなるんじゃないかな。これを応用できたらって思うんだけど」
「応用ね……そもそもこいつは古代魔法というより新しい魔法だよ。ただ……アタシの見立てではこれは改良の余地がある」
「ほ、本当か?」
俺は思わずソイガさんに詰め寄ってしまった。
心臓がどきどきと跳ね回り、頬が熱くなる。
「あのさソイガさん。アルヴィア帝国で病が蔓延しているんだ。それが進行すると命を失う。『魔力活性』バフで少しは緩和できることはわかったけど、俺にはそれ以上どうすることもできなくて……」
「……待ちなハルト。はっきりさせておくけどアタシはあくまで自分の趣味……探究心で古代魔法を調べてんだ。誰かの命に責任は持てない。それ以上の話は聞いたところで聞くだけだよ」
「…………あ」
ぴしゃりと言われて、俺は唇を噤んだ。
――そう、だよな。俺だって……皆と冒険する道を選んだんだから……。
しんとした空気にいたたまれない気持ちが込み上げてくる。
なにか言わなきゃ……そう思うけど、唇は頑なに動くのを拒む。
「…………あの、ソイガさん」
そこで俺の代わりに言葉を紡いだのはディティアだった。
彼女は俺の隣で真っ直ぐにソイガさんを見詰めると凜とした声で告げる。
「ハルト君に、その秘匿魔法だったバフを教えてください。それから、改良の余地のほんの僅かな助言もくださいませんか――お願いします」
「……ふむ」
「自身の知識を付与できるならハルト君の思い描くバフや魔法の形を私……ううん、私たちに付与してもらいます。そうすれば一緒に探せるかもしれません。草原に出ても渓谷に行っても……どこに行っても……それは私たちがともに背負うものです」
「ディティア……」
ぎゅっと……胸が苦しくなった。
いや、苦しいけどそれだけじゃない――もっと温かくて、心地よくて……たまらなく歯がゆいような。
「……そうね。あんたひとりに背負わせるものじゃないわ、ハルト」
続けて言ったのはファルーアだ。
彼女はいつものように妖艶な笑みを浮かべ、不敵な声音で先を紡ぐ。
「悪かったわ、あんたがそこまで気に病んでいたのに気付かなかった」
「……うん。ごめんハルト、俺もだ。キィス様を心配していないわけじゃなかったけど――ハルトほど真剣に考えてなかったのかも。俺、できるだけ手伝うからさ」
あとを引き継いだのはボーザックで、彼は歯を見せてにっと笑う。
「ったく、お前はそういうところは気遣えるんだったな。……悪ぃな、頼りない仲間で」
グランがそう言って……でかい手で俺の頭をわしわしと撫でた。
「うわっ、いや、頼りないなんて思ったことはないけど……!」
思わず返したものの、胸のなかが熱いくらいだ。
皆の気持ちが……ものすごく嬉しかった。
「俺の血もあるぞ。気張りすぎるな〈逆鱗〉」
最後に渋くていい声でさらりと告げたのは〈爆風〉で……たまらなくなって口元を腕でごしごしと擦った俺に、ソイガさんが大袈裟に肩を竦める。
「草原に出ても渓谷に行っても……ね。仲間に恵まれているじゃないかハルト。まあいい、これも縁だ」
その言葉にディティアを見ると、エメラルドグリーンの瞳が柔らかく微笑んだのがわかった。
……ありがとな。
その気持ちを込めて左腕を軽く揺らす。
手首に嵌めた腕輪の真ん中、彼女の瞳と同じ色をしたエメラルドがちらりと瞬いた。
「……それじゃあハルト。アタシの知っている秘匿魔法を教えてやろう。手を出しな」
そこでソイガさんがきっぱりと言い切ったので……俺ははっと肩を跳ねさせる。
「ありがとうソイガさん! ……って……手?」
「そう。手だ」
「…………こう?」
グランに掻き回された髪をがしがしと適当に整えた俺は……右手を広げて差し出した。
するとソイガさんはその手をぎゅっと握ってスーッと息を吸う。
そして小さな瞳がカッと見開かれた瞬間……彼女の声が轟いた。
「とくと学びな! ――『知識付与』」
「ッ!」
――俺は目の前がぶわっと真っ白に染め上げられるのを見た。
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