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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ 自由国家カサンドラ
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草原と渓谷と④

 ――そこでさらりと口にしたのはファルーアだった。


「本を読むのにわざわざ読み方を付与するのは、相手が本を読めないからよハルト」


 え? 読めないから? 


 ……まあそりゃ、知っていたら読めるしな……そんなの当たり前だろ、と俺が思ったときディティアがぽんと手を打った。


「そっか! 第三者に知られると困る暗号を届けるのに使えるね!」


「あー、なるほどねー。暗号の読み方を相手が知らなくても読み方を知っているバッファーが一緒にいたらいいんだ。誰が聞いているかわからないから口に出したくない場合とか……条件はありそうだけど」


 ボーザックが納得したように頷く。


 そうか。その暗号を解くのに時間が掛かるものであればあるほど有用なバフってことか。


「……あれ、でも待てよ。そのバフの研究書、古い言語で書かれているって言ってたよなソイガさん。たしかバフの文献は古いものになればなるほど見つからないって聞いたはず……」


 カナタさんがそんな話をしていたのを思い返しながら聞くと、ソイガさんは頷いた。


「あんたらの考察はいい線だ。アタシの認識じゃバフってのは新しい魔法の一種なのさ。解読付与はバフではなくて隠密行動を取る暗殺者や斥候の使う秘匿魔法だった……それがある事情によって体を強化する魔法――バフへと進化したんだ」


「……! それ、古代の人が病気で弱体化したから……?」


 口にするとソイガさんは驚いた顔をして笑い出した。


「は、意外にものを知っているようだねハルト! なにも知らない馬鹿かと思ったけれど」


「……えぇ、それ、馬鹿にしてるよな……」


「はは。なかなかの言われようだな〈逆鱗〉」


 肩を落とすと、なぜか〈爆風〉がからからと笑う。


 失礼だぞ……。


 すると、ソイガさんは俺たちをぐるっと見回して笑いながら頷いた。


「――ふーん、気に入った。まさか今日これから出発ってことはないね? 少し話をしてやろう。奥に来な、いいものがある」


「本当か! ありがとうソイガさん! 皆もいいよな?」


「お言葉に甘えさせていただくわ。……ハルト、あんたこういう運も持っているのよね、よくやったわ」


「いや、こういう運()ってなんだよ……しみじみ言わないでくれよ……」


 思わず肩を竦めてから踵を返すソイガさんのあとに続くと、隣にやってきたディティアがこっちを見上げて微笑んだ。


「ふふ、ハルト君もファルーアも嬉しそう」


「……。ディティアはいま俺が嬉しそうに見えるのか……? なんか貶されているように感じるんだけど……」


「貶されているんじゃなくて褒め言葉だよ、ハルト君!」


「そうか……褒め言葉ね……。俺はディティアが可愛く見えるよ」


「うぇ、え、ええ⁉」


 よしよしと撫でるとディティアは一瞬で熟れたリンゴみたいになった。


 いつ見ても飽きないというか、なんというか。


「ほら、俺も褒めてる」


「……っ! こ、これは! 褒めてないからッ! もう、ハルト君ッ!」


 ――うん、なぜか怒られた。


「ハルトは本当にぶれないよね……。ねぇグラン、〈爆風のガイルディア〉、これって俺たちも楽しめるかなぁ」


 そこでボーザックがこぼしたので俺がちらと肩越しに振り返ると〈爆風〉が頷く。


「楽しめるぞ。古代魔法を剣や盾で斬り伏せ弾く――夢があるだろう? 特徴を覚えれば役に立つ」


「うわっ、なにそれ格好いいかも」


「はっ、そりゃいいな! 俺の白薔薇の大盾ならやれそうだ」


「グランもボーザックも……消し炭にされたいのか……? ウグッ」


 つい返したら前方のファルーアの杖に腹を突かれる。


「もう。ハルト君、それはファルーアが言うから格好いいんだよ?」


「えぇ……ティア……それ、なんか違う気がする……」


 腹を抱えて上半身を折った俺を見ながら眉を寄せるディティアに……ボーザックが呟いた。


******


「さあご覧」


 ソイガさんが言った『奥』は広い客間のような部屋だった。


 豪華なわけではなくどちらかというと質素で上品な家具がいくつか並び、壁に背を預けた四人掛けはある大きなソファが三つ鎮座している。


 だけど……俺たちはそれをゆっくり堪能する間もなく、眼前に佇む大きな入れ物に目をくぎづけにされた。


 ……な、なんで……これがここにあるんだ?


 木製の台座を支えるのは蔦が絡み合ったような形の一本脚で、その先は床に触れるあたりで三方向に伸びている。


 そしてその台の上……透明な筒のようなものに入っているのは、一抱えはあるだろう大きな紅い石。


 ――そう、血結晶だ。


 元々は古代の人たちが命を落としたあとにレイス化させ、その血を使って作っていたもの。


 帝国ではこれをいい方向に使おうと研究が進んでいた。


 俺の……いや、たぶん俺たち全員の見方は変わったけれど――やっぱりこうして目の前にすると体のなかでなにかがざわめく。


「でかいだろう? いまや遺跡からしか出土しない謎の鉱石。古代魔法を調べてりゃこいつが採れなくなった時期が古代魔法がなくなったのと同時期だってわかる。……あんたたちならこの町を襲った災厄はわかるだろ?」


「――さ、災厄? えぇと、わかるけど……」


「その災厄を蘇らせるのに使われたのもこの石だって話は当然知っているね?」


「え、そんな話もされているのか……?」


「そうさ。アタシの見立てではこの魔力結晶は古代魔法と関係している。災厄を生み出したのも古代魔法だからね。――ただ、それだけの魔力を宿す体じゃなくなっちまってるからアタシにはその魔法を試しようがない」


 …………。


 そこまで予想しているなんて……正直舌を巻いた。


 とはいえ、それはもう災厄を含め歴史を見守ってきたユーグルの管轄に近いんじゃないだろうか。


 ましてこんなに大きな血結晶だしな……危険な気がする。


「ふむ。ソイガは古代魔法のためにこの石も研究しているのか?」


 そこで問い掛けたのは〈爆風〉だった。


 ソイガさんは「いいや?」と首を振る。


「アタシの興味はあくまで古代魔法さ。この石が古代魔法に関わっていても、まさかこの石を使えば古代魔法が撃てるようになる……なんてことはないだろう」


「そうなんだ……じゃあソイガさんはどうしてこれを俺たちに見せたかったのー?」


 ボーザックが不思議そうに聞くと、ソイガさんは笑った。


「ハルトが〈逆鱗〉って呼ばれたろう? ……アイシャから来た冒険者だってのは聞いたし、それであんたらが〔白薔薇〕なのだろうと思ってね。それに〈爆風のガイルディア〉――伝説の〈爆〉もいるとは恐れ入った。自由国家カサンドラの首都を守った英雄様ご一行じゃないか」



おはようございます!

今週もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 知ってて態度が変わらない辺りこの婆さんも肝が太いなwww
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