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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ 自由国家カサンドラ
616/845

草原と渓谷と②

******


『やあ〈逆鱗の〉。石像は気に入ってくれたかい? さぞや素晴らしい出来栄えであることを祈ろう! 受付に言付けた朗読も楽しめたはずだね』


 …………。


 いきなり破りたくなるのをグッと堪え、俺は深呼吸を挟んだ。


 こいつ……なんでいつもこうなんだ?


『手短に話そう。アルヴィア帝国での話、興味深く読ませてもらった。別途ストールトレンブリッジからも報告が上がっている。どうやらバッファーの協力が必要らしいね。ラナンクロストのルクア姫が許可すればとある夫婦の派遣を行うつもりだ。キィスヘイム=アルヴィア様の手紙にも丁重な返事をすることを約束しよう』


 俺は続きを読んで……瞼をギュッと閉じてゆっくり上げてからもう一度読み直した。


 お、おぉ? ……ここからは嫌味がない……気がする。


 なんだよ、調子狂うな……。


 なんとなくそわそわしてしまったけれど、とりあえず続きだ。


 とある夫婦っていうのはきっと俺の先生的な存在である〈重複のカナタ〉さんと、ボーザックの名付けを行った〈完遂のカルーア〉……カルアさんのことだろう。


 ふたりがこっちに来るなら話がしたい――新しいバフの話も含めて。


 そう考えたらこう、わくわくしてしまったんだけど……会えるかどうかは正直微妙だ。


『さて、君のことだから今回はこの手紙をひとりで読んでいるだろう。そこでひとつ、〈豪傑の〉に伝えてほしい。僕はラナンクロスト王国騎士団から〔白薔薇〕に依頼をしようと考えている。この先の国々でキィスヘイム=アルヴィア様のように手紙をやり取りできる人物を見つけて繋いでもらう役目だ』


 ……依頼?


『方法もキィスヘイム=アルヴィア様のときと同様、君の手紙に載せてもらえればいい。ただし、くれぐれも騎士団からの依頼であることは伏せてくれ。それと、香りのよい茶だね、僕からはラナンクロストによく咲く花を使った栞を〈疾風の〉に送ろう。おっと、渡すのが嫌なら君が使うといい。よい返事を期待するよ〈逆鱗の〉』


 俺は知らず眉間に寄っていた皺を右手の人さし指でぐりぐりと揉みほぐし、封筒を覗き込んだ。


 ……入っていたのは薄い膜のようなものに押し花が挟まれた縦長の栞で、上部の穴にラナンクロストを思わせる蒼と白のリボンが結ばれている。


 押し花はなにやら蒼い花だったようで、五枚の花片が綺麗に広がっている。


 なんの花だ、これ。


 しかもディティアにって……正直、渡したくないけど使いたくもないぞ……。


 俺は考えるのをやめてとりあえずバフの本に栞を挟み、封筒に手紙を突っ込んでバックポーチにしまった。


「はぁ……なんかどっと疲れたな」


「ひとの店で疲れたとはなんだい。共有机で勝手に本でないものを読んでおいて」


「うわあぁッ⁉ ……痛ッ!」


 瞬間、飛び退こうとしたところで椅子に足が引っかかり、無様に転んだ。


 尻餅を突いたまま見上げると……小柄なお婆さんが腰に手を当てて俺を見下ろしている。


「あ、す、すみません……その、本を探しにきて……机があったんで、つい」


 ひとがいると思わなかったから全然警戒していなかったけど……気配を読む練習をしているのに情けない限りである。


 ところどころ白髪が混ざっている深い緑色の髪は頭の後ろで団子にされていて、小さな眼も髪と同じ色。


 柔らかそうな茶色いローブの腹のあたりをぐるりとベルトで留めて裾を少したくし上げている。


 俺がなんとはなしに見ながら立ち上がると、お婆さんはじっと俺を睨め付けてからフンと鼻を鳴らした。


「物盗りじゃなさそうだね。客かい? 探してる本があるならさっさと言いな。持ってきてやるよ」


「あ、えぇと……ありがとうございます……?」


「…………」


 お婆さんは不機嫌そうに俺を見詰めたまま無言だ。


 一瞬だけ見詰め合ってから……俺は彼女がなんの本か聞くために待っていると気付き、慌てて口にした。


「ばっ……バフの本、探してて……」


「バフ? あんたもしかしてバッファーかい? へぇ、珍しいもんだね」


「え、バッファーがわかるのか? ……ですか?」


「勿論さ。さて、バフの本だね……やれやれ、あんまり出ないもんだから高いところに……脚立はどこだったかね」


「あ、手伝うよ、じゃない、手伝います」


 思わず言うとお婆さんは小さく笑った……ように見えた。


「悪い奴でもなさそうだね。いいだろ、ついといで。こっちにある」


「やった……ありがとうございます!」


 俺はいそいそと彼女のあとに続き……目当ての本がある場所へと向かう。


 運がいいな、バフの本があるなんて。最近全然バフを練っていないから俺としてはこの上なく不本意だったし。



 ……そうして、俺はお婆さんの指示で俺が手を伸ばしてようやく届く位置から三冊の本を引き出した。


「ん…………んん?」


 だけど。


 なんだこれ。よ、読めない……。


 なんというかこう、暗号みたいでわからないのだ。


「あの、お婆さん……これって?」


「バフの研究書さ。古い言語と古い記号ばっかりの」


「……え、えぇ……嘘だろ……」


「…………あんた、バフ使えるんだろう?」


「あー、うん。そうなんだけど……これは俺じゃ無理だ……どうしよう、カナタさんに届けたら……でも……」


「解読付与」


「――え」


 瞬間、俺は目がぽかりと暖かくなったような感覚に陥った。


 驚いて瞼を何度も上げ下ろしして……声の主を見遣る。


「……え? な、いまの……?」


「見てみな」


 俺にバフをかけた(・・・・・・)お婆さんが顰めっ面をして言う。


 はっとして本を見ると……え、うわっ!


「『文字を法則に則った順序へと並び替えるために……』よ、読める⁉ お、お婆さんッ、まさかバッファーなのか⁉ うわ、すごい、なんだこれ……!」


「情けないねぇ。この程度読めないで使うバフなんざ役にも立たないだろ」


 俺はあまりの衝撃に本とお婆さんのあいだに何度も視線を巡らせる。


 こんなバフ、俺は知らない。


 カナタさんの本にも載っていなかったはずだ。


「…………教えてくれないか⁉」


 思わず言うと、お婆さんは初めて呆れたような顔をした。


「あんた、自由な奴だね……」

 

本日分です!

よろしくお願いします。

バフを使います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おお! ここに来て新しい系統のバフが出てくるのは熱い。
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