まだまだ弱いので。③
疾風のディティアによる逆鱗のハルト激励から一夜が明けた。
やる気…っていうか、強くなりたい、まだまだこれからだって気持ちは取り戻したものの、俺の身体はみしみしと軋んで痛いままだったので、1日休ませてもらうことにする。
情けない……。
他の皆は街をまわってくるそうだ。
そうそう、菓子白薔薇の宣伝もしてくるって言ってた。
タイラント討伐の時は夜にはマシになってたから、今日の昼過ぎには多少動けるはずだ。
ベッドで寝転んで、ゆっくりストレッチする。
それが終わると、アマヨビ討伐の時に練習していた属性耐性バフを練り上げた。
うん、形になってきたな。
これなら、もう効果を試す段階だろう。
さて、次のバフは何を……。
「いっ……てえー」
外していたバックポーチに手を伸ばそうとして、断念。
くそー。
まだ痛い。
俺は暇な時間を、眠ってしまうことにした。
******
「ねえ」
誰かが呼んでいる。
「ねえってば」
まだ幼い少女の声。
俺は夢うつつの中、聞いたことあるような無いようなその声に、返事をした。
「……何?」
「起きなさいよ、戸締まりもせずに不用心ね」
「!!」
一気に頭が冴えた。
飛び起きると、目の前にいた赤いドレスの少女が視界に入る。
「うおわぁ!?な、なんっ……あれ、サーシャか?」
「こんにちはハルトさん……すみません」
その後ろに控える、申し訳なさそうな少年。
カイである。
ノクティアのバルティックで出会った2人が、何故かそこにいた。
「……何してんだ?お前達」
「何してんだ、じゃないわよ!その、お、御礼も伝えてないのに居なくなってたから……」
「御礼?」
「う、うるさいわね!それで!あんただけなの!?」
自分で言ったのにうるさいとは随分な話だなあ。
俺は「今はね」と答えて身体の状態を確認する。
怠さは残ってるけど、充分動けるな。
「皆は街で買い物してるよ。しばらくしたら帰ってくると思う」
「そう。じゃあお邪魔するわ」
サーシャは部屋の椅子を引き寄せて、ベッドに座る俺の前にどっかり座った。
「ええ、サーシャ……」
「いいじゃないカイ。あんたひとりなんでしょう?」
「まあ、構わないけど」
俺が苦笑すると、カイは肩を竦ませて小さくなった。
「お茶でいいか?買ってくるよ」
俺が立ち上がると、サーシャは首を振る。
「いいわ。あたしが勝手に来たんだもの。カイ、お茶をお願いできるかしら?」
「はい、サーシャ」
……出て行くカイを見送って、俺はサーシャに向き直る。
「それで?御礼のために追い掛けてきたのか?」
「ええ。あんたたちが、すごく有名なパーティーだって知ったのもあるわ」
「あーそっか。サーシャは知らなかったのか」
「ギルドに聞いたらいるって言うんで助かったわ。王都まで戻るつもりは無かったもの」
「ここまでも随分な距離だけどな」
笑ってみせると、サーシャはふんと鼻を鳴らした。
「勘違いしないでよね。白薔薇と知り合いだったら、箔がつくと思っただけなんだから」
すぐにカイがお茶とミルクを持って戻ってきた。
お茶を俺に、ミルクをサーシャに渡し、カイが座ろうとしたところに、サーシャがキレる。
「あんた、自分のお茶はどうしたの」
「えっ?……いや、僕は」
「ふざけないで。あたしはあんたにそんなみみっちぃ思いをさせる主人じゃないの。買ってきなさい」
「は、はあ」
カイがまた出て行くのを見送って、俺はちょっと笑った。
「いっそ対等じゃ駄目なのか?」
「…………大丈夫って自信が持てたら、そうするわ」
「大丈夫って何が?」
「カイが奴隷じゃなくてもあたしの傍にいてくれるって、思えたら……って、ど、どうでもいいでしょ!別に!」
「ははっ。もうちゃんとしたパーティーじゃんか。俺達も家族みたいだしなあ」
「そうだけどそうじゃなくて……あんた鈍感って言われない?」
「ええ?」
「まあいいわ。……ねえあんた、すごいバッファーなんでしょう?」
「すごいかどうかはわからないけど……特殊な使い方は出来ると思うよ」
サーシャは少しだけ考える素振りを見せて、言った。
「有名になって、何が変わったの?」
「……うーん、視線が集まるようになったな。目立つようになった。あとは、大きな依頼で頼られるようになる。逃げ場が無くなるんだ」
「逃げ場?」
「そう。皆が困ってるから、助けてって言われる。断ったら、見捨てたような気持ちになるだろ?……だから断れなくて、全員が危険なことに挑まないとならなくなるってわけ」
「ふうん……?」
「サーシャだけが有名で、手伝ってって言われて断れないってなったら、カイも危ない目にあうってこと」
「ああ……そういうこと。なら簡単ね」
「うん?」
「2人とも強くなって、2人とも有名になればいいんでしょ」
「ははっ、そうそう!そういうこと!」
サーシャは目をぱちぱちさせたけど、ミルクを一口飲んでほーっと息を吐いた。
「そうね、まずは強くなって、難しい依頼を熟していかないとならないのね」
「おう、戻ったぞ」
「お、おかえりー」
そこに、皆がカイと一緒に戻ってきた。
ちゃんと全員分の飲み物を携えている。
「そこでカイに会ったからさー」
ボーザックがにこにこしながら床に座る。
皆も思い思いに座った。
「いらっしゃいサーシャ」
ディティアが言うと、サーシャは場所を空けた。
意外にも、ボーザックの隣に座り込む。
「え、椅子座ってていいよー」
「いいわ。御礼のために来たのにもてなされるのも変だから」
「そういうもんか?」
グランが言うと、サーシャは頷く。
「とりあえず、助けてくれたことに感謝してるの。だからこれを渡しにきたのよ」
サーシャが取り出したのは、入国審査の時の手形に似た、鉄の札だった。
「ハイルデンで使える馬車の手形よ。後ろにうちのサインが入ってるわ。気が向いたら王都で寄って頂戴。家族が持てなすはずだから」
「馬車の手形って何?」
俺が聞くと、サーシャは瞬きした。
「あら、これも他国に無いの?この手形があれば馬車に乗り放題なの。年間契約で買ってる手形だから。あたしのは別にあるから、それはあげるわ」
「えっ、乗り放題!?」
ディティアが驚く。
サーシャはふふっと笑った。
「ええ。良い物を持ってくる贔屓の商人に渡したりして使うのよ。今回は白薔薇にあげて、箔を付けることにしたわ」
腕を組んで胸を張る彼女に、ファルーアが笑った。
「素直でいいわね。じゃあ有難く使うわ。王都で貴女の家に返せば良いのかしら?」
「いいわ、そのまま使って。今年分はもう支払ってあるもの」
「ハイルデンではそんな制度もあるのか。高そうだな」
グランが鉄の札を受け取ってかざす。
サーシャは頷いた。
「冒険のためのお金を稼ぐのは大変だわ。だから、使えるものは使おうと思って、家族に頼んで最初に買っておいたの。これからあたしはカイと他の国を回るから、もう役に立たないし丁度良かったわ」
こうして、俺達はサーシャとカイが再びノクティアに向かうのを見送った。
ラナンクロストに戻った辺りで、また出会うかもしれないな。
「ところでハルト君、もう動けてるみたいだけど」
「あ、うん。もう大丈夫。まだ怠いけどなー」
「もっと鍛えなきゃね!相手になるよ!」
「どうしよっかなぁ、ぼこぼこにされるからなぁ……」
「そ、そんなぼこぼこにはしてないはず!ちゃんと手加減したし!」
俺はその言葉に肩を落とした。
手加減かあ……わかってたけど、わかってたけどさあ!
「うわあ、ティア、それは逆効果だー」
ボーザックが代弁してくれる。
「えっ、あれっ、ごめん!?」
くそー、強くなろう。
俺、まだまだ弱いからな。
グランに肩を叩かれ、ファルーアに鼻先で笑われて、俺も笑った。
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