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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ 自由国家カサンドラ
609/845

情報と仕事と②

******


 まぁ当然食事が先になるよな。


 俺とボーザックは飯にありつけるわくわく感といくら掛かるんだろうという不安感にさいなまれながら通りを歩く。


 整備された道を行き交うのは多くの馬車。歩く人々もどこか生き生きしているように見えるけど――夢敗れ途方に暮れるものたちも多いと聞いたはずだ。


 アルヴィア帝国帝都の雑多さとはまた違う数多の民族が集まった空気は、正直アイシャを思い起こさせてくれて居心地がいい。


 ……そして。


「え、ここ……?」


「うん! 前は開いてなかったでしょう?」


 思わず呟く俺の隣、ディティアが濃い茶色の髪をふわふわと揺らして頷く。


 そこはトレジャーハンター協会本部のすぐ隣。大きな広場に面したレンガ造りの建物だ。


 ――そしてこの広場こそ、災厄の毒霧ヴォルディーノが大穴を開けて這い出した場所。


 しかしいまやその穴は塞がっており、代わりになにやら石像のようなものが鎮座している。


 その周りに植えられ咲き誇る色とりどりの花が綺麗で……おお、白薔薇もあるぞ。


「……前はここに瓦礫を集めたんだったね。すっかり片付いてるけど」


 ボーザックが広場をぐるりと見渡しながら呟く。


「協会本部で演説もしたわね」


 ファルーアが建物を見上げ、右手でさらりと金髪を払う。


「はは。派手に毒霧を浴びたな」


「うっ、〈爆風〉……その話はちょっと」


 まさか本人から言われるとは思わず不意打ちに呻く俺を皆が笑う。


 そこでグランが顎髭を擦った。


「まあ、なんだ。広場を見ながら飯ってのも楽しめそうだな! ……龍の話も出てねぇようだしトレジャーハンター協会本部は明日にして――一杯いくとするか!」


「そうですね。来る途中でも龍の話題は聞かなかったです」


 胸元で手を合わせて嬉しそうに微笑むディティアに、俺は思わず手を伸ばす。


「あんまり呑みすぎるなよ? ディティア」


「ひゃッ⁉ ちょ、ちょっとハルト君っ! だから頭を撫でるのは……!」


「やっぱり小動物だよなぁ」


 途端に頬を紅潮させるディティアに笑ってみせると、彼女はむぅと唇を尖らせてぎゅっと眉間に皺を寄せた。


「私の話、聞いてないよねハルト君……」


「聞いてても変わらないわよ、きっと」

「ハルトだしねー」


「え、なんだよそれ……?」


 ファルーアとボーザックになんだか酷く貶された気がするのは解せないところだけど――俺たちはようやく店へと足を踏み入れた。 


 中は天井からいくつものランプが吊され、程よい明るさだ。


 少しだけ待ったけれど、俺たちは運よく広場を見渡せる三階の窓際に通された。


 上からでも穴だった場所に立つ石像が見えていて、たぶんだけど……災厄に襲われた町としてその記憶を遺すために、とか……そういうのなんだろう。


 そんなわけで俺たちは『料理長のお任せ』とかいう高そうなものを人数分注文し、まずは乾杯と相成った。


 ディティアとファルーアは薄い紅色をした発泡酒、グランとボーザックは黄金色の麦酒、俺と爆風は黄みがかって透き通った発泡酒だ。


 それぞれが杯を手にすると、グランがもったいぶった動作でゆるりと俺たちを見回す。


「――よし、新しい仲間と、自由国家カサンドラ首都復興に乾杯ッ!」


『乾杯!』


 全員で杯を打ち鳴らした……そのとき。


「……復興に乾杯とは、ありがとうございます」


 んっ?


 辛口のすきっとした酒をごくりと呑み込んだ俺は……その声に視線を滑らせた。


 見ると白い服に白い帽子の男性がにこにこしている。


「私はこの店の料理長を務めさせていただいております。このたびは料理長のお任せをご注文とのこと、皆様のお好みを伺いにやってきた次第です」


「へー、料理長が直々に聞きにくるの?」


 ボーザックが感心したような声を上げるけど……うん。ますます高そうなものだってことはわかった……。


 俺が値段の心配をしていると、女性陣が微笑む。


「素敵ね」

「素敵です!」


「ふふ、ありがとうございます。皆様はトレジャーハンターでしょうか? 見たところ戦闘専門ですね」


「あー、いや。本業は冒険者だ」


 グランがすっかり杯を干して口元を拭うと、料理長は嬉しそうに手を打った。


「そうでしたか! ……もしや復興にお力を貸していただいたのでしょうか?」


「ん、ああ。襲われたときにここにいたんでな」


 続けてグランが応えると、料理長は一瞬目を見開いて「おぉ」と漏らす。


「でしたら、広場の像、あれを題材にした料理はいかがです?」


 へえ、像を題材にした料理か。


 俺はそこで口を挟んだ。


「……あれはなんの像なんだ? 災厄が大穴を開けた場所、だろ?」


 料理長は大きく頷くと窓を見遣る。


「あれはこの町で起こったことを後世に遺す『誰でもあって、誰でもない』ものたちなのです」


「『誰でもあって誰でもない』?」


「はい。この町で魔物に襲われ散ったもの、魔物と戦い救ってくれたもの、復興に尽力したもの……すべての『誰か』です」


「……そっか」


 俺はなんだか少しだけ胸が詰まって……それだけ応える。


 すると料理長はゆっくりと付け足した。


「しかし、あの像の面影はある『冒険者』なんですよ」 


「え、『冒険者』?」


 俺が酒を口に運びながら思わず聞き返すと、彼はなぜか得意気に続けた。


「ええ。その名は〈逆鱗のハルト〉! 冒険者でしたらパーティー〔白薔薇〕をご存知ありませんか?」


「ぶっは! ゴホッ、ゲホッ……は、はあぁ⁉」


「おいハルト! お前、こっちに噴くんじゃねぇよ! 何度目だよ!」


「ぶっ、あっはは! あれ、ハルトなの⁉ やばい、あとで見にいこうよ!」


 ボーザックが腹を抱えてゲラゲラと笑い出すけど……いやいや、やめてくれよ!


 聞いてないし、そもそも――。


「げ、〈逆鱗〉って伝わってるのか? ごほっ……最悪なんだけど……げほっ」


 俺がむせながら言うと〈爆風〉が笑う。


「はは。いいじゃないか〈逆鱗〉。〔白薔薇〕なのも伝わっているようだ、有名になりたいのだろう?」


「すごいね、ハルト君、石像になっちゃったんだ!」


 ディティアも笑うけど――腑に落ちない。本当に腑に落ちない。


「そういうことで、初めまして料理長。私たちがパーティー〔白薔薇〕よ? その〈逆鱗のハルト〉の像を題材にした料理を是非お願いするわ」


 ひとりポカンとしている料理長に、ファルーアが妖艶な笑みを浮かべるのだった。

グランは酒を浴びがちです。

よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ハルトの(面影がある)像… 気付かれてないみたいだから本人とは全く似てないんだろうなぁ…
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