情報と仕事と①
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約一カ月の旅路を経て、俺たちは〈爆風〉と遊びながら自由国家カサンドラ首都が見える平原まで辿り着いた。
その頃にはバフなしでもなんとなくの気配を察することができるようになっていて、俺は気配を隠すことを、ボーザックはその俺を探して触れることを追加目標にしながら日々過ごしていたんだけど……。
道中あんまりバフが使えなかったのはバッファーとしてはこう、不本意ではあるんだよなぁ。
まあ、魔物と遭遇しなかったわけじゃないし、たまに稽古と称して〈爆風〉にボコボコにされていたから少しは強くなれたはずだ――たぶん。
当然デバフの練習もしているけど、こっちはいまも成功の確率は高くないってところか。
ここぞってときに使えればいいけど――。
そのとき、渋くていい声が耳朶を打った。
「目を」
「はいっ、一、二、三ッ! いきます!」
今日はディティアが数えて遊びが始まる。
俺は意識を切り替え、位置を変えながら息を潜め並行して慎重に気配を探った。
ディティアが最初に話していた空気感っていうのはわかってきたんだ。
あとは誰がどの空気感なのかを確実に認識できるようになればいい。
まぁ……簡単にできるなら苦労はしないんだけどな……。
そこでふと後方から迫る気配を感じ、俺は身を屈めて息を止める。
――他の気配を感じ、己を隠すんだ。意識しろ、隠れろ――!
グランか? ボーザックか? 〈爆風〉はどこだ?
懸命に探ると、その空気は――グランよりは小さい感じがした。
でもファルーアほど……なんというか澄んだ水みたいな感じはしない。
ディティアのような暖かな風……でもないと思う。
つまり――お前かッ、ボーザック!
俺は詰めていた息を細く吐き出し、さっと立ち上がって移動する。
すると……正面から俺とすれ違うようにして、ふっと微かな風が過った。
「……ッ!」
咄嗟に後方へと身を捻り手を伸ばした俺の指先がその気配の主に触れ……次の瞬間。
「うぐッ!」
「痛ッ⁉」
派手に『なにか』とぶつかった。
「はは。派手にいったな、いいぞ目を開けろ」
ぶつけた額を擦りながら瞼を上げれば、俺を追っていたのであろうボーザックが同じように額を擦っている。
その隣では〈爆風〉がにやにやしていた。
「くそー、やっぱり隠しきれてなかったか……」
「いてて……もうちょっとでハルト捕まえられたのになー」
「その意気込みは結構だが、お前たちが遊んでいるあいだにほかの三人はとっくに俺に触れているぞ」
〈爆風〉に言われて、俺とボーザックははた、と顔を見合わせた。
「え、本当か?」
「うわ……ハルト追いかけてる場合じゃなかった……」
「本来の目的を忘れるんじゃ本末転倒だろうよ……。ま、今日の夕飯は久しぶりに店で食えるだろうからな。お前らの奢りだ」
ぼやいた俺たちに呆れ顔でグランが言う。
するとファルーアとディティアがぱっと笑顔を輝かせた。
「あら、いいわね! 少し贅沢したかったの。ね、ティア?」
「うんっ! あのね、ふたりとも! 前は営業していなかったけど……腕のいい料理長がいるお店があるんだって」
ぜ、贅沢……? 料理長?
俺は再びボーザックと目を合わせ、そっと身を寄せた。
(……えぇとハルト。俺、そんなにお金ないよ……アルヴィア帝国帝都で短剣買ったときに小遣いからも出しちゃったし……?)
(げ、本当か? 俺は一応……これくらいはあるけど……料理長ってなんだ?
どんな店にするつもりだよ……)
ひそひそと囁きを交わすものの、そんな理由がうちの女性陣に通用するとも思えない。
結果、俺は意を決してグランに歩み寄った。
「グラン……足りなかったら前払いで小遣い、頼めるか……?」
「はは、これもまた若者の醍醐味だな」
「いや……絶対違うと思う……」
どういうわけか〈爆風〉が楽しそうに笑うのに突っ込んで、俺は肩を落とすのだった。
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そうして自由国家カサンドラの首都へ足を踏み入れたのは丁度夕飯の時間帯。
三階まではあろうかという外壁にぐるりと囲まれた大きな町で、災厄の毒霧ヴォルディーノが率いていたと思われる黒い魔物に襲われ、壊滅に近い状態へと追い込まれた場所だ。
いまからだと半年近く前になるけれど、そのとき崩れた外壁や家々はどうなっていたかというと……。
「――すげ、こんなに綺麗になってる……」
思わず呟く俺の隣、あのとき焼け焦げて潰れたはずの建物を見上げてディティアが泣きそうな顔で微笑んだ。
「――すごい、ね」
火事も多く起きて煙が充満していた町並みはいまや美しく整えられ、そんな惨事があったことを微塵も思わせない佇まいで俺たちを迎えてくれる。
夢を追うものたちの国、自由国家カサンドラ――。
感慨深い気持ちとともに、〈爆風〉とふたりで駆け抜け――戦った記憶が脳裏を過っていった。
あのとき俺は〈爆風〉に助けられて……毒霧を喰らわずに済んだ。
その思い出――うん、もう思い出って言ってもいいはずだ――それはいまだって苦くて渋いけど……同じ過ちを犯さないために忘れるわけにはいかない。
俺はちらと〈爆風〉の背に視線を奔らせる。
当のオジサマは唇の端を持ち上げ、目尻に皺を寄せて町並みを眺めていた。
すると突然グランのでかい手が俺の右肩をばしんと叩く。
「いっ……⁉」
「お前が戦って守った町だ、ハルト」
「…………いや、違うよグラン。俺たちで、だろ」
「へへ、満更でもないよね。……治安部隊も元気にやってるかな」
応えた俺に向けてボーザックが歯を見せて笑う。
治安部隊は自由国家カサンドラの中枢と言ってもいい組織のことだ。
対人専門だけど町を守ろうとして魔物たちと懸命に戦っていたし、そういや素手で殴り合ったなぁ。
うんうん、と頷くと……ファルーアが妖艶な笑みをこぼした。
「思い出話もいいけれど、また殴り合うなんてことがなければいいわね」
……そういやファルーアの一撃で冷静になれたっけなぁ。
「そうだね。喧嘩は駄目だよね、ファルーア」
「…………」
ディティアにまで言われて渋い顔をする俺とグランとボーザック。
すると〈爆風〉がからからと笑った。
「たまには拳で殴り合うのもいいぞ? さあ、お勧めの店はどこだ? それとも先にトレジャーハンター協会本部へ向かうか?」
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