自由と冒険と③
******
「目を閉じろ」
「了解! いくぞ、一、二、三ッ!」
〈爆風〉の声に瞼を下ろして、今回は俺が三つ数えた。
皆の気配を識別できるだろうかと眉間に皺を寄せている俺の近くを風が抜けていく。
あれ……いまの〈爆風〉か?
どうやら彼は気配を消して動き、ときにそれを緩めているらしい。
それがわかったのはこの遊びが始まって三日が過ぎた頃だ。
だんだんコツがわかってきた気がしたものの、未だに皆の気配を識別することは難しいんだよな……。
あれやこれやと考えていた俺は、今度こそ近くにやってきた気配に手を伸ばした。
――取った!
しかし触れたのは柔らかな髪らしきもので……あー、うん? これは……気配もふたつ……あるな。
俺は動きを止めた気配の頭をそのままポンポンと撫でて放し、その隣の気配に触れ直した。
「……ふ。いいだろう、終了だ」
「あー。俺が最後か……のんびりしすぎたかな」
ぼやきながら目を開けると、硬直したディティアの隣に〈爆風〉がいる。
微笑んでみせると彼女は真っ赤になって唸った。
「う、え、えぇと……いまのは……」
「はは。ごめんごめん、触るまで全然気付かなかったよ。驚いたよな? でも触ったらすぐわかったからさ」
「……うう……。そうだよね……ハルト君だもんね……」
「……?」
眉をひそめるとすぐ近くにいたグランが俺の肩に手を置いてはぁー、とため息をつく。
「なにがあったか手に取るようにわかるってのも――お前、本当にどうしようもねぇなハルト……」
「は? なんで……?」
「それがわからないうちは確かにどうしようもないな!」
〈爆風〉にまで言われてますます混乱する俺に、ディティアは頬を膨らませて言い放った。
「ハルト君って本当にハルト君だよね」
「えぇ……?」
「ほら。遊んでないで進むわよ? そうね――今夜は煮込み料理がいいわ、ハルト」
「あ、じゃあ俺、肉の煮込みがいいなぁー」
ファルーアが会話を終わらせて、ボーザックがからからと笑う。
「肉って……乾肉しかないんだから食べたいなら自分で狩れよ?」
俺は応えて頬を掻いてからディティアに肩を竦めてみせるのだった。
******
そんなわけで夜になり、道中で〈爆風〉が仕留めた兎型の魔物を煮込むこととなった。
香草と乾燥野菜、それから穀物を投入した鍋を隣にいるボーザックがわくわくと覗き込んでいる。
くゆる匂いが腹を刺激して……うーん、我ながら美味そうだ。
「まさか本当に肉にありつけるとはなぁ」
そこでグランが顎髭を擦りながらこっちに来たので、俺は鍋をかき混ぜる手を止めてため息をついた。
「まさか捌くのからやらされるなんて思わなかったけどな……。フェンがいなくなってからそういうの減ったし、久しぶりで苦戦したよ」
「そういえばそうだね。……フェン元気にやってるかな」
ボーザックが鍋から視線を外して夜闇に浮かぶ月を見上げる。
俺は一緒に月を振り仰いでから頷いて、また鍋をかき混ぜた。
「当然だろ。いまごろは美味い肉でも喰ってるよ」
「ああ、そうだな。……さて、そろそろできそうか?」
「うん、いい感じ」
「はーいい匂い! じゃあ俺、皆のこと呼んでくる!」
グランに頷くとボーザックが駆け出した。
相当腹が減っているらしいな、かくいう俺もさっきからかなりきてるけど。
そこで俺はふと思い立って口にした。
「……なあグラン」
「どうした?」
「〔白薔薇〕を纏めるのってどんな感じ?」
「あ? ……なんだいきなり」
「いや、〈爆風〉が俺たちを見て〈爆突〉を思い出したみたいだったからさ。……グランは〈爆突〉と同じ気持ちを味わってるのかもって思って」
グランはそれを聞くと瞼を二度上げ下ろししてから顎髭を擦り、ぎゅっと眉を寄せる。
「伝説の〈爆〉と同じ気持ちかどうかはわからねぇが……俺は正直纏めるなんて思っちゃいねぇぞ……? 実質そうなっているとしてもな」
「え、そうなのか?」
「ああ。ともに戦い歩む仲間、そんなところか。互いが互いを信頼し想えば自ずと纏める必要なんかなくなる」
「…………」
ともに戦い、歩む。互いが互いを信頼し、想う。
俺はその言葉にぐっときて思わず眼を瞠った。
やばい、グラン……格好いいぞ。
「それはいい話を聞いたな」
そこに草を踏み締めながらやってきたのは〈爆風〉だ。
「お前がそれほど気にしているなら少し〈爆突〉の話でもするか? 〈逆鱗〉」
焚火を映し煌めく琥珀色の瞳を細めた彼に、俺は我に返って頷いた。
なんだかんだ伝説の〈爆〉の話はどこでだって耳にする――そう、俺たち『冒険者』の指標というか、目標というか、そんなものだ。
そしてなにより……俺の目指す強さがそこにある。だから……。
「――話してくれるなら聞きたい」
「なになに? なんの話ー?」
そこにボーザックがディティアとファルーアを連れて戻ってきたので、俺は全員分の器に料理を取り分けながら応えた。
「〈爆突のラウンダ〉の話、聞かせてくれるってさ」
「えっ、本当ですか? 聞きたいです!」
ぱっと笑顔を見せるディティアに、ファルーアも妖艶な笑みを浮かべた。
「伝説の〈爆〉の物語が本人から聞けるだなんて贅沢ね」
「そんな大層なものではないがな」
当の〈爆風〉はさらりと言ってのけると……俺が差し出した碗を受け取って笑った。
こんばんは!
連休が……終わる……ッ
かなしいです。
感想ブクマ評価などなど、引き続きお待ちしております、読んでるよってだけでも嬉しいです。
いつもありがとうございます!