自由と冒険と②
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「一、二、三ッ!」
ボーザックの声で俺は〈爆風〉の気配を探る。
瞼を閉じる前は俺の正面にいたけど、そこに残っているわけがない。
皆の気配も動き出し――隣を掠める動きを感じた俺は手を上げた。
――そこだッ!
瞬間、俺の手になにか冷たい金属が触れたけど……あれっ。
待てよ、いまの本当に〈爆風〉か?
俺は一気に混乱した。
全員触り終えたら合図をするってことは、いま触れたのが〈爆風〉だったとしてもすぐに終わるとは限らない。
反対にもし〈爆風〉じゃなかったとして俺が動きを止めてしまったら……この遊びは終わらないってことだ。
……くそ、思った以上に厄介だぞ。
俺は困惑に唇を引き結んだまますぐに気配を感じようとした……んだけど。
――うわ。正直もう誰がどこなのかわからない。
とにかく手当たり次第に触るか? いや、それでいいのか?
……そうあたふたしているうちに渋くていい声が耳朶を打った。
「いいだろう、終了だ」
「……はー! 結構神経使うねこれ」
最初に大きく息を吐き出したのはボーザックだ。
すると額に右手を当てたファルーアが眉尻を下げてゆるゆると首を振る。
「駄目ね……近くまで来てくれないとわからないわ。それに、私一度ボーザックの大剣に触れた気がするのだけど――どうかしら」
「あー、あれファルーアかー。誰が触ってきたのかまではわからなかった!」
「そりゃ同感だ。そもそも本当に〈爆風〉に触ったのかもわからねぇしなぁ……誰の気配かってのはわかるもんなのか?」
グランが唸るように聞くと〈爆風〉は涼しい顔でディティアを見た。
「〈疾風〉、お前はわかったんだろう?」
「……あ、えっと……はい」
「えっ、そうなのか?」
思わず言うとディティアは小首を傾げて困ったような顔で頷く。
「うん……なんていうか、皆の独特の空気感ってあるから……」
「うわ、ティアすごいね! ……ちなみに俺ってどんな空気感?」
ボーザックが黒眼をぱちぱちと瞬くと、ディティアは少し考えてから言った。
「ボーザックは……なんていうのかな、熱……みたいな……やる気、みたいな?」
ああ、なるほど。なんとなくわかる気がするな……生き生きしている空気感ってところか。
俺は頷きながら自分も聞いてみることにした。
「……じゃあ俺は?」
するとディティアはみるみる眉を寄せた。
「は、ハルト君? うぅーん、ハルト君はね、なんかこう……ふわっとハルト君って感じが……」
「ぶはっ……痛っ!」
噴き出すボーザックの肩に一撃叩き込んでやると、彼はそのままカラカラと笑う。
「ごめんって! でもなんかわかる気がするからさー」
「そうだな。ハルトの空気感ってぇのはひとつの指標にできそうだ」
「それなら私でもわかるかもしれないわね……気を付けてみるわ」
グランとファルーアまでそんなことを言い出すので、俺は思わず唇を尖らせて眉をひそめた。
「……それ、褒めてないよな……」
――なんだよ、もう。
「はは。いいじゃないか〈逆鱗〉。それなら全員から自身を『隠す』方法も同時に学べ」
「……『隠す』?」
「そうだ。他の気配を感じ己の気配を殺す……いい遊びになるぞ?」
俺は上機嫌でそう言った〈爆風〉の言葉にゆっくりと頷いた。
他の気配を感じ己の気配を殺す、か。それもいいかも。
するとボーザックが胸の前で右の拳を左手で受けると歯を見せて笑った。
「それなら俺、〈爆風のガイルディア〉とハルト両方触ろうかな、へへ、楽しくなってきた」
「私はとりあえず〈爆風〉を捕まえるところからかしら……それで、夕飯当番は私ね?」
ファルーアはいつものように妖艶な笑みをこぼすと、龍眼の結晶の杖をくるりと回すのだった。
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そんなわけで夜。
ファルーアが料理するのを待ちながら俺は瞼を下ろして横になっていた。
寝ているわけじゃなく、こっそりと気配を読む練習をしているんだけどな。
……ちょっと癪だったからさ。
焚火の暖かさが体を温める傍ら、動く気配はファルーアのはずだ。
グランは焚火の向こうで大盾を磨いていたし、ボーザックは少し離れた位置で素振り――。
そう考えた瞬間、俺は首筋がぴりっとする感覚にはっと瞼を持ち上げた。
「ぐっ……⁉」
咄嗟に捻ろうとした腹に突き込まれる人差し指。
「はは、これが『隠す』だ。どうだ〈逆鱗〉」
悶絶する俺を見下ろして〈爆風〉は笑った。
――嘘だろ、気配なんて感じなかったぞ⁉ いつ近付いてきたんだよこのオジサマは……!
「いや、どうだっていうかさ……!」
考えながらも思わず言いかけると〈爆風〉はにやりと笑みを浮かべる。
「なんだ、気配を読んでいるのかと思ったが違ったか?」
「……う。それは違わないんだけど」
くそ、久しぶりに喰らったな……。
俺は腹を擦りながら体を起こし胡座を掻いた。
〈爆風〉は笑みを浮かべたまま隣に腰を下ろすと爆ぜる火の粉に視線を移す。
「獲物を狙う獣がどのように息を殺すのか――それを学べ。ときにそれは己と仲間を守ることになる」
「……守る?」
「ああ。……いまでも思う。俺が最初から気配を殺す術を学び敵を狙っていたのだとしたら――」
〈爆風〉は張り詰めた空気を滲ませながらどこか遠くを眺めるように眼を細め、琥珀色の瞳を光らせた。
「――失わずに済んだかもしれない、とな」
「……〈爆風〉」
彼は自分の仲間を――その命を、『人』に狩られたことがある。
そのことを言っているんだとわかって思わず呟いた俺に、彼はふ、と笑って纏う空気を緩ませた。
「まぁそういうわけだ。精進しろ、若者」
「……」
珍しいな、と思ったんだ。
自分からそういう話をすることが多いわけじゃないから。
だからなんだか気になって……俺は口を開いた。
「――なぁ〈爆風〉」
「なんだ」
「どうして俺たちと来てくれたんだ?」
「お前たちが俺を勧誘したんじゃなかったか?」
「あーうん、そうなんだけどさ……断ることだってできただろ」
「ふ、まあそうだな。世界を見て回るのも理由だが、強いて言うのであれば――〈爆突〉の真似事か」
「〈爆突〉……って、伝説の〈爆〉のひとりの?」
「ああ。……いまのお前たちを見て強くなろうと足掻く自分を思い返してな。それを見守っていたあいつのことを考えた」
……〈爆突のラウンダ〉、だったか。
たった四人で地龍グレイドスを屠りし伝説の〈爆〉――それを纏め上げていた存在。
手伝いたくて仕方ないといった様子でうろうろしているディティアをファルーアが宥めているのを眺め、俺はふうん、と頷いた。
どんな人……だったんだろう。いまはどこにいるんだろう?
聞いてみようか逡巡しているとファルーアが言った。
「待たせたわね、できたわ。夕飯にしましょうか」
「さて。腹具合もいい頃合いだ。行くか〈逆鱗〉」
「ん、あぁ……うん」
俺は立ち上がる〈爆風〉を見上げ……質問の言葉を呑み込んだ。
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