まだまだ弱いので。①
部族の集落から、山道の途中の大きな街に着いたのは三日後。
ここも、ノクティアのバルティック同様、砦みたいになっている。
六角形の手形を見せると、すんなり通る事が出来た。
これで、漸くハイルデンに正式に入国したことになる。
「この先も山道なのか?」
衛兵らしき男性に聞いてみると、彼は首を振る。
「この先は街道が整備されているので、馬車が通っていますよ」
「王都まではどれくらいかかるかな?」
「そうですね…馬車では2週間くらいですね。歩くとふた月くらいかかりますよ」
「そっか、ありがとう」
お礼を言って、門をくぐる。
まずはギルドだ。
街の中も至る所に外壁だったものが遺されていた。
冒険者らしい人達もそれなりにいて、平和そうな感じ。
見回してみたものの、奴隷らしい人もいないような気がする。
「なんか平和だね」
ディティアもきょろきょろしている。
ちょこちょこあるお店では、鉱石や宝石の原石が並んでいた。
あー、鉱山が近いのかな?
ギルドは街の端っこに、窮屈そうに建っていた。
3階建てで、ぱっと見は狭そう。
「いらっしゃいませー、依頼掲示板は2階、その他の受付と受注は1階です。報酬受取は3階へどうぞー」
受付嬢みたいなギルド員に言われて、俺達はとりあえず受付で魔物可の宿の手配をお願いする。
彼女は「かしこまりましたー」と言って、フェンを見た。
「………あれ、もしかしてですが。そちらはフェンリルですね。ということは、皆様、白薔薇の方々では?」
「ん?…そうだが」
グランが怪訝そうに答えると、ギルド員はぱあっと笑顔になった。
「白薔薇が来たわ!!」
ざわざわっ
「な、何かこれ、久しぶりな気がするね」
ボーザックがちょっと首を竦めた。
俺も頷いて、視線が刺さるのに耐える。
今までこれに耐えていた疾風は、やっぱりすごいんだなぁ…。
ファルーアはすまし顔で受け止めてるけどな。
「おい、どういうことだ?」
「外を見てきましたよね?たくさんの外壁痕を」
ギルド員は興奮したまま、頬を上気させて話し出した。
「そういえばいっぱい、ありましたね」
ディティアが瞬きする。
「あれ、戦争のせいじゃないんです」
「?、どういうことです?」
ギルド員はたっぷり息を吸い、意味深に間を溜めた。
「飛龍タイラント。ここは、過去に彼の龍に襲われた街なんです」
街の名はタタン。
その昔は王とその従者が山岳地帯の拠点として使っていたらしい。
それが、段々と宿場町の様になって、ノクティアとの国境が安定してからはバルティック方面から来る人々の入国管理局のような立ち位置になっていったそうだ。
そんな折、今から五十年ほど前のこと。
突然舞い降りた真っ赤な飛龍が、タタンを1度崩壊させた。
飛龍タイラントの狩場に選ばれてしまったのだ。
ギルド員は、自分の祖父が、自分が産まれるよりずっと前にタイラントの犠牲になったことや、タタンの多くの居住者は、祖父母や両親、親戚を奪われているという話をしてくれた。
そこに舞い込んだ、吉報。
飛龍タイラント討伐成功の報せは、街を長い苦しみから解放したとまで言われた。
ちょっと大袈裟な気もするけど、それだけ、ここの人には身近な話だったのかもしれないな。
癒やされた人がいたなら、やっぱり嬉しいし。
…いつの間にやら人だかりが出来ていて、ちょっとそわそわするけどね…。
「けれど、どうして私達がフェンリルを連れているって知っていたのかしら?」
ファルーアが金色の髪をさらりとはらう。
それだけで、何かさわぁーっとざわめきを感じる。
ギルド員ははっとして、わたわたと手を振った。
「それはっ、実はバルティックのギルドから、定期的に鳩を飛ばしてもらっていまして。そこに書いてあったんです。決して調べ上げるようなことはしていません」
「あー、そういえばノクティア王都でも鳩がどうとか言ってたなぁ」
グランが鬚を擦った。
ファルーアも納得したのか、ふぅん、とだけ相槌を打つ。
また、さわぁーっとざわめきが。
あれ?ファルーアにざわめいてるのか??
「それで、白薔薇が来たらお願いしたいことがありまして。特別な依頼なんです」
急なギルド員の言葉。
俺達は、身構えた。
大規模討伐依頼か、はたまた遺跡調査か。
一瞬、緊張が奔る。
彼女はまた、意味深に間を溜めた。
「語って欲しいんです、タイラントの最後を、事細かに」
******
まあ、そりゃあね。
過去を聞いてから、面倒くさいですなんて言えるわけもないだろ?
俺達は依頼を受けた。
ディティアも、ほんのり笑みを浮かべながら、俺に言う。
「ねえハルト君、こういう頼られ方って、素敵だね」
……。
俺には、その笑顔で充分報酬になる。
自分がまだまだ弱くても。
いつかは堂々と隣に立ちたいなぁって、こんな時は思う。
語る場所はタタンの中央広場で、明日ってことになった。
大々的な宣伝が始まって、俺達は先に宿に引き上げる。
その途中でも、噂を聞き付けたご老人達が、どうやってなのか俺達を見付けては話し掛けてきてさ。
結果、中々進まないんだ。
すごいな、どうやって見分けてるんだろ?
その夜、俺は久しぶりのベッドで、不思議な満足感にぐっすり休んだのだった。
******
「そこでね、ハルトが叫んだんだ!」
……。
「『お前は俺の逆鱗に触れた!!』」
わあぁーーっ
歓声と拍手。
………。
「まさに顎を開こうとする真っ赤な飛龍!そう、しゃくねつのブレス攻撃だったんだ!メイジ部隊がすぐに氷の膜をはろうと準備する。ファルーア!」
「はいはい…」
ファルーアが龍眼の結晶の杖を一振りして、シャラァン!っと氷が舞った。
わあぁーー-!
また歓声と拍手。
身振り手振りで語るボーザック。
それが大うけで、俺もグランも呆然としていた。
ディティアは一緒になって手を叩いてるけど。
「ハルトがバフを重ねて走るその先に、俺達白薔薇のリーダー、大盾使いのグランが!!」
「………」
グランが無言で盾を構える。
顔恐いなー。
「ハルトはグランの名前を叫び、走る勢いそのままに大盾に足を掛けっ、グランがそれを高く跳ね上げたんだ!!」
たあーんっ!
おおおーー!
歓声。
今、跳んだのはフェンである。
俺ではない。
「高く高く跳んだハルトは、まさにブレスを吐かんとする顎を上から斬りつけてっ、そのまま地面に叩きつけたんだ!!閉じられた顎の中で暴発したブレスが、タイラントの体内を焼き付ける。すごい熱が洞窟内を駆け抜けていった!」
静まり返る民衆。
ぐるりと見渡すボーザック。
「……そう、飛龍タイラントに、この!逆鱗のハルトが!トドメを刺したんだ!!」
うわあぁぁーーーっっ!!
ボーザック、お前こんな才能もあったんだな……。
歓喜の渦。
涙まで流してしまう人もいて、俺は急に我に返った。
どうして、こんなに喜ばれてるんだろう?
俺がトドメを刺したことになってるけど、実際はボーザックの話の通り。
ブレスが逆流したからだったのに。
「逆鱗!よくやったぁー!」
「白薔薇ーー!!」
褒め称える歓声が、熱気が、頭の奥をじーんと痺れさせる。
この歓声で、俺は目が覚めた思いだった。
この人達は、俺をすごいと言って、俺達に感謝してくれているのにさ。
こんなに喜んでもらえるほど、自分は全く強くないって気付いたんだ。
いや、知ってはいたんだけど。
……でも、改めて、ぐさっときたっていうかさ。
知らず、手を握りしめていた。
俺、思い上がってたのかも。
そんな思いが、胸の中に染みだしてくるのだった。
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毎日更新しています。
21時を目安にしてきましたが、
繁忙期でうまくいかず。
21時から23時までにがんばります、
いつもみてくださっている皆様、
本当にすみません。
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