文化も人も違うので。③
山道に入り、フェンは時折振り返りながらするすると登っていく。
懸命に後を追い、いろんな事態を想定する。
怪我をしていたら。
最悪、意識が無かったら。
俺達にヒーラーはいない。
出来るだけのことをしても、限りがある。
生意気なこと言う奴とは言え、俺よりずっと幼い少女と、少年。
無事でいてほしかった。
…30分以上は歩いただろうか。
フェンが道を逸れた。
獣道に入って、山の奥へと進んでいく。
「変なとこで逸れたな……討伐対象を見付けて追いかけたのかもしれん」
ガーデンが唸る。
そして、しばらく進む。
「がう」
フェンが小さく鳴いた。
俺達は息を殺し、そっとフェンに近付く。
……いた!!
少し下った先に、開けた岩場がある。
そこに、サイクロプスと向かい合う、少女。
…どう見ても疲れている。
踏ん張りも利いてなければ、レイピアすら持ち上げるのが億劫そう。
後ろには双剣の少年がいるが、おろおろするばかりだ。
「行くぞ」
速度アップのバフを一気にかける。
ガーデンに続いて、俺達が駆け降りる、その瞬間だった。
「あ」
ディティアの声、だと思う。
サイクロプスが振りかぶり、少女は回避行動をとろうと踏み出した。
しかし、余程足腰にきていたのか、踏ん張りきれずに蹌踉めいてしまう。
……やばい!
その瞬間。
「サーシャ!!」
飛び出したのは、少年。
俺は全身にぞわりと寒気が走った。
「っ、肉体硬化!肉体硬化っ肉体硬化!肉体硬化!」
咄嗟に出来たのは、硬化のバフの重ねがけ。
飛び出した少年がクロスさせた双剣に、サイクロプスの棍棒が振り下ろされる。
間に合え!!!
「肉体硬化ぁーーっ!」
「――――っっ!!」
少女が、目を見開くのがわかるくらいまで、駆け寄っていた。
それでも、少年には届かない。
バキョッ
聞き慣れない音。
はじき飛ばされる少年。
頭への直撃を逸らし、右肩に強打を受けたのがわかる。
「はあぁーーーっ!!」
「グァウウウッ」
最初に到達したのは、疾風。
そして、銀色の風。
サイクロプスの目元を、双剣が切り裂く。
左脚に、フェンが噛み付いた。
ボ、ボンッ
炸裂する、ファルーアの魔法。
「グオオォ」
嘶くサイクロプス。
その間に、ボーザックが倒れた少年を抱えて、ガーデンが少女を引きずるように避難させる。
グランが大盾でサイクロプスを殴り飛ばした。
「一気にぶっ倒す!!ハルト!」
「ああ!」
肉体強化をグラン、ボーザック、ディティアに重ね、ファルーアに威力アップを。
4重までかけて、俺はガーデンと少年、突っ立っている少女の所へ走った。
「あ、あ……」
少女は、カイという少年の姿に真っ青になって震えていた。
カイは……酷い。
恐らく、肩の骨は折れている。
ぐにゃりと垂れた右手は、それでも双剣を握っていた。
「う……うぅ」
「おい、大丈夫か!今から街に運ぶからな、少し痛いが我慢しろ」
ガーデンは用意していたのであろう包帯で、そこらの枝を使って固定した。
「内出血がかなりあるな…」
「治癒活性のバフはあるけど、どこまで役立つかわからない」
「内臓まで損傷してるとまずい。とりあえずかけろ」
「わかった」
俺達が処置する間も、少女は動かない。
…動けないんだろう。
そうこうしてる間に、サイクロプスにボーザックがトドメを刺した。
「っ、ふぅー…堅かった」
******
真っ青な少女は、気丈にも自分で歩くと言った。
気を失った少年をガーデンが背負い、山道をくだる。
その間、誰も喋らなかった。
そこに。
「ねぇ、名前は?」
ファルーアが、少女に声を掛けた。
少女はびくりと肩を震わせ、しばしの後に答えた。
「サーシャよ」
「サーシャ。私はファルーア。少しお話いいかしら」
「…」
「…なんで、こんな難しい依頼を勝手に?」
「……」
「あの少年。貴女を庇ったわね。それで大怪我をしているわ。何の説明もしないつもり?」
「ふぁ、ファルーア…」
思わず止めようとしたら、ファルーアに睨まれて、ディティアに引っ張られて首を振られた。
……と、止めちゃ駄目なのか?
「貴女が彼をただの奴隷として見てたら、その頬引っぱたくとこだったのよ。けど、今の貴女の顔、すごく辛そうだもの。話しなさい、楽になるわ」
「っ、…う」
少女は、とうとう泣き出してしまう。
ファルーアは、それでも、根気強く言葉を待っていた。
「……あ、あたし、ハイルデンで、偉い家柄で。…でも、子供だから、奴隷は持ってなかったの」
やがて、泣きながら。
彼女は話し出した。
奴隷がいないあたしは、偉くもなんともなくて。
だから、お母様に頼んだの、奴隷が欲しいって。
そしたら、ある日、カイが連れてこられた。
カイは…カイは、他の家の奴隷だったの。
嫌いな家の奴隷。
小さくて、弱くて、ぼろぼろで汚かった。
役立たずって、罵られてたわ。
その、カイを…あたしにやるって言われたの。
あたしは、カイを見てぞっとしたわ。
人間として、生きてないって思った。
だから、あたしが偉くなって、カイを守ろうって思ったわ!
冒険者になって強くなって、名前もたくさん有名にして。
そしたら、奴隷も主人を誇れるわ。
あたしは、カイが誇れる主人でいないとならないの。
どんなときでも、主人でいないといけないのよ。
だから、登録もしてもらわないと、駄目なのに…ギルドはおかしいって言う。
どうして?ハイルデンでは登録しないと、殺されちゃうことだってあるのよ!
他の国で登録出来なかったら、あたしはカイの何?
カイは、あたしの奴隷でなくなって…どこか…行っちゃうって…あたしは…。
「そう、それでこんな危険なことをしたの」
ファルーアの声は、慈愛に満ちていた。
意外に思う。
「そ、そうよ…」
「倒したら、有名になれるって思った?」
「……」
少女は頷いた。
「そうね、倒しても、すごく大馬鹿として有名になったわ」
「そんな…っ」
「よく聞きなさいサーシャ。貴女を守ったカイは、貴女が死んでしまうことを恐れたんだと思うわ。貴女は、危険に身を投じるのではなく、着実に強くなるべきだった」
「……」
サーシャのぐしょぐしょになった顔に、ファルーアは自分のタオルを押し付けた。
「胸を張りなさいサーシャ。カイが起きた時、カイが助けてくれてどこにも傷が無いことを誇りなさい。……私の国には、奴隷なんて制度が無いのよ。……だから、貴女は何も知らない子供に見える。けれど、私も貴女の国を知らないわ。世界はね、文化も人も違うのよ」
サーシャは押し付けられたタオルで、めちゃめちゃに顔をぬぐった。
顔を上げたときは、真っ赤な瞳をしていたけれど、涙は止まっていた。
「…カイを誇りなさい。大丈夫、奴隷なんて関係ないわ、カイは貴女といたいと思うわよ」
そこで、ファルーアがばちりとウインクする。
サーシャは、目を見開いて、真っ赤になった。
泣いてるのとはちょっと違うような。
「な、な、何言ってるのよ!べ、別にっ、あたしは!」
「男と女は、どの国でも一緒なのよ」
「う、ううー、うるさいわね!!」
??
さっぱりわからないけど、サーシャは突然怒り出してしまった。
「ディティア」
「うん?」
「何で怒ってるんだあいつ」
「はぁ…相変わらずだよねハルト君…あれは照れてるんだよ」
「ええ??」
「おい、あんたら!元気が出たなら先に走って部屋を取れ!あとはヒーラーも探しておけ!」
「!、あ、あたしが行くわ!!」
いや、正直、昨日の1件もあるしサーシャはまずくないか?
「がう」
「お、行ってくれるのか?」
フェンが付いていってくれるらしい。
「私も行くよハルト君」
「わかった」
俺はディティアとサーシャに速度アップを重ね、送り出した。
本日分の投稿です。
毎日更新しています!
平日は21時を目安にしています。




