文化も人も違うので。①
湖畔の街アデルドからバルティックまでは、馬車でも10日くらいかかる。
草原は、やがて少しずつ草の数を減らして、土と石が増え、果ては岩場になっていく。
「なんか、雰囲気変わってきたね」
ボーザックが流れていく景色を窓から見ている。
「ノクティア南東部からハイルデンは岩場が多いよ。ハイルデンは鉱山も多いし」
「へぇー、山が多いの?」
「そうだね。確か領土の殆どは山だって。山岳の国ハイルデンって言われてるくらい」
ディティアが受け答えしているところに、質問を重ねる。
「そうすると鍛冶とかで栄えてるのか?」
「いいえ、鍛冶よりも製鉄に長けていたはずよ」
ファルーアが答えてくれた。
「鉄かあ」
「鉄だけじゃなく、宝石類の類でも相当な量を産出してるわ」
あーなるほど。
「なんかお金持ちそうだな」
「…それは、どうだろ」
ディティアがちょっと困った顔をする。
「ハイルデンには山岳地帯で暮らす民族がたくさんいるの。けど、奴隷制度がある国でね。だから格差があるみたい」
「へぇ…奴隷制度」
まだそんな国あるんだな。
ラナンクロストじゃ考えられない。
「とりあえず、ハイルデンに着く前にバルティックで詳しく調べよう」
ちょっと不安になってきたな…。
******
途中で何度かフェンが狩りをしてきたので、馬車に一緒に乗っていた人達に振る舞いながら、バルティックに辿り着いた。
簡単に表すなら…何これ、要塞?
高い壁が左右に広がっている。
「何だこりゃ」
「昔はハイルデンと争って睨みを利かせていた街だったのね」
「なるほどなぁ」
外壁から中に入るのにも、御者がチェックを受けていた。
それだけでなく、ノクティアへの入国申請と、ハイルデンへの入国申請もここで受け付けているそうだ。
そういえばタパにもあったなぁ……。
「まずはギルドで申請しちまうか」
馬車から降りた俺達はグランの提案に頷く。
街中は賑わっていた。
ずらりと並ぶ露店は、タパと通じるものがある。
豊富なのであろう石材で造られた建物が立ち並び、道は馬車がすれ違える程に広い。
街自体もかなりの規模だ。
「さあさ、冒険者の皆さん!ハイルデンに行くなら山岳ブーツだよ!」
「高所は寒いからね!防寒具も忘れないで!」
そして、すごく声をかけられる。
多くの冒険者が足を止めて商品を物色していて……あれ?
「なあディティア。あれって…?」
屋根が付け外し出来るタイプの馬車がゆっくり移動していく、その荷台。
今は屋根を外してあるものの、そこには良い生地の服を纏って、ぎらぎらした宝石類を身に着けている女がいた。
そして、その荷台の後ろ…首を繋がれ、歩く男が。
「あぁ……うん、あれが奴隷だね」
「……他国にまで出張ってくるんだ」
「うん…」
かと言ってさ。
俺達はそこに口を挟める立場じゃないし。
ただ見ているしかなかった。
ハイルデンの印象、どんどん悪くなるな。
そんなこんなで、ギルドに到着。
丁度街の中央あたりに位置していた。
入ると…お?
「何よ!文句あんの!?」
「大ありだ!ギルドに奴隷制度は無い!」
な、何か揉めてる…。
入ってすぐの広間。
小柄の赤髪少女と、ギルドの制服のムキムキ男が怒鳴り合っていた。
少女は髪色とよく似た暗めの赤いドレスで、細身の剣を提げている。
その傍にはやはり小柄の軽装備の少年がおろおろしている。
その首には、首輪が見えた。
「だから、冒険者に国は関係ないでしょ!?奴隷登録してって言ってるだけよ!?」
「ふざけるなくそガキ!冒険者は皆冒険者!養成学校を出てるならそいつも奴隷なんかじゃねぇ!立派な冒険者なんだ!」
「ふん、コイツにそんな価値無いわ!戦ってるのはいつもあたしなんだから!」
……うーん、とりあえず内容からだいたいのことはわかるんだけど……。
他の冒険者達も遠巻きに見ているものの、皆いい顔はしていない。
それなのにこの勢い、ある意味あの少女はやばい。
「……関わるにはちと骨が折れる話題だな」
グランが眉をひそめる。
しかし。
「!、ねぇそこのあんた達!ちょっと、その犬は登録してあんの!?」
うわあ……。
目聡くフェンを見つけた少女が、ずいずいとこっちにやって来る。
「ねえ、聞いてんの!?」
先頭にいたグランの前で腕を組み、見上げて睨む少女。
…ある意味その勇気はすごいぞ。
「……グルル」
それを見ていたフェンが低く唸った。
「っ、何よ生意気な犬ね…べ、別に噛み付いたりしないわよ!?ねえ、登録してんのよね!?」
矛先はディティアに向いた。
彼女はしどろもどろに頷く。
「えっ?え、えぇ、そうだけど…」
すると少女はしてやったりって顔で、ギルド員を振り返った。
「ほら!魔物は所有物として登録なんでしょ!?なんであたしの奴隷は駄目なのか説明しなさいよ!」
………。
俺は、ちょっとイラッとした。
「……フェンは俺達の仲間だけど?物としてってのは形式上で必要だっただけだ。……というか、そっちこそ国の事情持ち込むなよ。ギルドでは関係ないでしょ」
思わず言葉が出る。
「はあ、ハルト…あんたやってくれるわねぇ。ま、お子様にはお灸が必要なのは賛成するわ」
後ろでファルーアがため息をつきながら、賛同してくれる。
少女は大きな赤い眼を見開いて、みるみる赤くなった。
「ふ、ふざけないでよ!何!?あたしが子供だからって舐めてるの!?」
「ふふ、舐めてるんじゃないわ?ルール違反は怒られるって教わってないのかしら?お子様には早かったわね。大人になりなさいなお嬢ちゃん」
ファルーアは優しい声で、そっと告げた。
その声音でも、背筋がぞっとする。
こわ…。
少女はぶるぶると震え、歯を食いしばった。
「ふんっ、もういいわ!行くわよ!!」
その声に控えていた少年がはっとして、少女の後ろに続く。
そして、すれ違いざま、俺達に小さく頭を下げた。
「…すみません」
……ちょっといたたまれない気がするけど、それを引き止める程の権利は俺達にも無かった。
******
「悪かったなああんたら」
ムキムキのギルド員が、何故か俺達を小さな部屋に招いてくれた。
訳が分からない内にお茶が出されて、お礼を言われたもんで、逆に困った。
「いや、俺達は自分の仲間のことで反論しただけで…」
思わず言うと、ギルド員はがははっ、と笑う。
「その意気込み気に入った!最近の冒険者達は骨がねぇからな!何か探してる依頼とかないか?斡旋してやる」
「斡旋してやるって……あんた、ギルド長なのか?」
グランが聞く。
「おお!悪かったなあ、名乗ってねぇや!バルティックギルド長、ガーデンだ!」
がははっ!
笑うギルド長に、俺達は顔を見合わせた。
……このギルド長、さっきまで青筋立てて怒鳴ってたのになぁ。
「そんじゃあハイルデンについて教えてくれねぇか?俺達はハイルデン王に用がある」
グランは迷い無く、首に提げた名誉勲章を差し出した。
「……!」
ギルド長ガーデンは、その瞬間にすっと真剣な顔になる。
「はあん、あんたらがあのタイラントを討伐した白薔薇か。……わかった、待ってろ」
部屋を出て行くムキムキな男を見送り、俺はため息をついた。
あー、ほんとにハイルデンに行くの憂鬱になってきたなぁ。
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