太陽が恋しいので。③
「よし、いくぞ……肉体強化!」
広げたバフを投げる。
集まってもらった冒険者達の8人にかかった。
おっ、新記録達成!
「すげ、範囲バフだ」
「バフって範囲とか出来るんだ」
「重ねてかけられるの?…初めて見た。あの人誰?」
ざわざわする冒険者達に、ちょっと気恥ずかしいような……誇らしいような。
絶えず鳴り響く雷を頭上に、降りしきる雨の中で、俺は次々とバフをかけてまわり、全員のバフを二重にする。
これで駄目なら三重までは…いくしかないよな。
集まってた冒険者の中には、珍しいことにバフが使える奴がいたんだけど…そいつはばりばりのメイジだった。
同い年くらいかなーと思える男だ。
「バッファーは選択肢に無かった?」
聞いてみたら、苦笑された。
「もっと派手な職がよくて……すみません」
……それ、バッファーの俺に言う?
まぁまぁとディティアに宥められ、俺はまた網を掴んだ。
「そっ、それでは!もう一度いきますよ!が、頑張ってください」
タイミングを計っていたギルド長が声援を投げる。
俺達は再度、網を引っ張った。
******
結論から言おう。
アマヨビを引き寄せることに成功した。
っていうか、予想以上に力の底上げになっちゃって、皆でひっくり返ったっていうか。
「おお、こりゃすげぇな。軽い軽い」
たぶん、島から水に落ちたんだろうな。
その後はどんどん網を手繰り寄せるだけで良かった。
そして漸く、その貝がゆっくりと姿を見せ始める。
途端、ずしりと網が重くなった。
「ぐっ……、ここが正念場だ!踏ん張りやがれ!」
グランが怒鳴る。
湖の水深が足りなくなって、浮力が失われたんだろう。
「貝さしぃー!」
ボーザックが叫ぶ。
「もう、だからお腹壊すよ!?」
「ええー、だからそこ変じゃないか?」
「し、白薔薇の皆さん!気の抜ける話題はい、いけません!」
「俺は加わってねぇぞ!?」
「あははっ、どんまいだねグランー」
「うるせぇ黙って引け」
アマヨビが、ごろん、ずりずり、と、引き上げられていく。
今は貝を閉じて、雲は吐き出していない。
全長5メートルはあろうかという丸みを帯びた波状の二枚貝が、姿を現した。
「や、やりました!やりました皆さん!!」
叫ぶギルド長。
雨音と雷鳴に負けない歓声。
やった!やりきった!
……喜び掛けたものの、そういやここからがスタートか。
「おっしゃあー!叩け-!」
グランのひと声に、前衛達が己の獲物を手に殴りかかる。
しかし。
「かっ、堅っ」
殴った手がじーんと痺れる。
足元も悪くて踏ん張りも利きにくい。
見かねたメイジ部隊から下がれと怒られる。
俺は肉体強化のバフを威力アップに変えてあげた。
ドドドドドッ
ありったけの魔法が撃ち込まれ、アマヨビから水蒸気があがる。
やったか!?
……だめだ。
俺達は何度か繰り返した後、アマヨビから少し離れた場所に集まった。
全く歯が立たない……。
「何とかならないの?」
ずぶ濡れだし、体力もかなり消耗してるはずだった。
皆が俺を見てくる。
視線が痛い……。
その時だった。
「……アマヨビが」
誰かが言った。
振り返ると、アマヨビがゆっくりと蓋を開けようと……
ボッッ!
「うわっ!?」
「きゃあー!」
距離をとっていたはずなのに、雲が、雲とは思えない質量で俺達を巻き込む。
視界が真っ暗になったかと思えるくらいだった。
……たしかアマヨビは、密度が高い場所で雷を……。
「ガウッグルルルル」
フェンの声。
「ハルト!」
「っ!肉体硬化!肉体硬化っ……!」
グランがいるはずの場所に向けて、ありったけのバフを連射する。
自分の周りにも、背中側にいるはずの討伐隊にも。
くそっ、属性耐性も覚えるべきだったのに!!
俺は自分を呪った。
「肉体硬化っ、肉体硬化!!」
そして。
ババババッッ!!
ドゴォォーーンッ!!
電撃のようなものが弾け飛ぶ音。
そして肌という肌にびりびりっと何かが駆け抜けて、衝撃波が雲を吹き散らしていく。
視界が晴れて、そこに……。
「グラン!!」
グランは、最前線で白薔薇の盾を構えて、立っていた。
「……っ、く」
咄嗟に構えたのだろう大盾から、白く水蒸気が立ち上る。
そして、彼の左腕の一部が灼けていた。
「!っ、治癒活性!」
俺はすぐに覚えたバフをグランに重ねる。
じわじわとただれた皮膚が修復されていく。
横目に確認すると、アマヨビは再び閉じていた。
「被害を確認しろ!ヒーラーは手当てを急げ!!」
グランが指示を飛ばす。
何人かが地面に突っ伏していて、被害状況がわからなかった。
「くそ、蓋を開けねぇよう叩き続けるぞ!」
ほぼ治った腕をぐいぐいと揉んでから、グランはアマヨビに向かって走り出す。
ボーザックが続き、動ける冒険者達も従った。
そこに、いち早く状況確認に走っていたディティアが戻ってくる。
髪の毛が濡れて、ぴたりと頬に張り付いているのを邪魔そうにしながら、彼女は顔をぬぐった。
「ディティア、状況は」
「大丈夫、皆動ける」
「良かった、蓋を開けないように叩き続けるって。行こう」
******
しかし、叩いたからといって状況は覆らない。
雨は未だ降り続き、誰もが撤退を考え出した……そんな時。
「……は、ハルト…」
青い顔にはりつく金の髪。
濡れて、身体のラインがはっきり分かるやたら色っぽくなった女性が、ゆらり、ゆらりとやってくる。
「ファ、ファルーア!?何してんだよ!?」
「雷が、弾けたから……来てあげたわ。とにかく、私に、持久力アップ、重ねなさい……」
ちょ、そんな顔色で…ファルーアのやつ、どういうことだ?
「グラン……メイジ部隊、私に…」
「お、おう」
グランも引いている。
ゾンビみたいなんだけど……。
俺は言われるがままに大量のバフを練り上げた。
メイジ部隊達も困惑気味だ。
「……い、いい?……あなた達、長く魔法を撃ち続けることは、出来るわよね……きゃー!」
ゴロゴロッ
鳴り響く雷に、いちいち中断されるものの、正直ファルーアの見た目がやばすぎて皆何も言えないんだと思う。
「こいつ……こいつさえいなければっ!……いいわね、可能な限り撃ち続けるの。……貝を焼いたらどうなるか、わかるわね?」
……!!
俺は、やっと理解した。
貝をそのまま食べる時、鍋に並べて火に掛けたらどうなるか。
「お、おお……その手があったか!」
ファルーアのおぞましい顔に、おぞましい笑みが浮かんだ。
こうして、メイジ部隊によるアマヨビ焼いちゃいましょう作戦が開始された。
ただ、これだけは言わせてもらう。
大規模討伐依頼で、これほど前衛が役に立たないことはこの先無いだろうって。
******
20分後。
ガパアァッ!!
何の前触れもなく。
アマヨビはその身をさらけ出した。
ただ突っ立っていた俺達は、突然すぎて全く反応出来なかった。
ぐつぐつと煮える殻の上で、巨大な貝柱があっつあつに煮えている。
良い匂い……。
「うまそうなんだけど……味見していいよね?」
ボーザックが雨なのか涎なのかをぬぐう。
周りの人達も、そっと剣を構えた。
何て言うか、何て言うかさあ。
こんなに、討伐した!!って実感の無い戦いは初めてだよ…。
「か、勝ちました、ね…」
ギルド長も、何て言うかすっかり冷静だ。
こうして、俺達は大規模討伐を完了したのである。
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