太陽が恋しいので。②
湖畔の街アデルド。
本来は美しい湖を眺めながら、美味しい料理に舌鼓を打てる、素晴らしい街なんだとか。
商人達だけでなく、観光客も訪れるって話だからかなりのもんなんだろうなあ。
今は見る影もないけど…。
ある日の朝、突然降り出した雨と轟く雷鳴が、そんな平和な街を一変させてしまった。
今から3週間前のことらしい。
多少大きめの地震が起こった翌朝だからよく覚えているって街の人達が話していたそうだ。
待てど暮らせど雨は止まず、雲も空を被ったまま。
おかしいと思い始めたのは10日ほどしてかららしい。
そんな由々しき事態に、ギルドは立ち上がった。
街の人から噂や過去の出来事を聞き出して、魔物の正体に辿り着いたのである。
アマヨビ、またはクモヨセと呼ばれる魔物がそれだ。
古くから、アデルドの人はその魔物と関わりがあったらしい。
街の伝承からも、それがわかる。
曰く。
アマヨビ育ちて雷鳴轟く時、
街人挙って網を掛け、
湖畔に引き上げん。
この時、
街人全て己を強化しアマヨビに対抗しうるは、
鍛練の成果なり。
アマヨビ引き上げし時、
殻を破りて太陽を掬うべし。
「すげぇな、鍛練して引き上げるってことは、相当大きな獲物ってことだろ?」
グランがぼやく。
「でも殻を破りてって言ってるけど…殻って何?卵か何か?」
「んなわけねぇだろ」
ボーザックに突っ込みを入れつつ、グランはファルーアを見た。
彼女はさっきから何回も轟く雷に、相当参っているらしい。
顔が青い。
休ませたいけど、ファルーアは討伐依頼に同行する気なのかな?
…さて、ここはギルドの一室である。
俺達はギルド長にここに通されてすぐ、現状の説明と討伐依頼の詳細を求めた。
ギルド長は願ったり叶ったりだったらしく、ぺこぺこと頭を下げる。
ちなみに、ここのギルド長はずんぐりむっくりの男性。
しきりに汗を拭きながら、にこにこしている。
すっごいいい人そうだ。
「ギルド長、とりあえず手続きを進めてくれ。あと、魔物も大丈夫な宿を手配出来るか?」
グランが言うと、ギルド長はまたも頭を下げた。
「か、かしこまりました。お、お任せください」
ぽこぽこと音が聞こえそうな走り方で、1度下がっていくギルド長を見送って、グランはふうと息をついた。
「ファルーア、どうする。出来れば休んでろ、雷が止むまでな」
「だ、大丈夫よこれくら……きゃーっ!」
ドカーン!
すぐ傍で雷が落ちたらしく、びりびりと振動が奔る。
彼女は半泣きで頭を抱え込み、消えそうな声で言った。
「わ、悪いわね……やっぱり、無理…」
******
ファルーアを宿に置いて、俺達は再びギルドへ。
中ではポンチョを脱いで、討伐隊に加わる。
討伐は明日らしいが、説明が行われるところだったらしい。
あー、だから冒険者達がたむろってたんだな。
ざっと見ても50人はいるかも。
フェンリルを連れた俺達の周りは、心なしか距離が置かれている。
とは言え、こそこそした話し声と視線が刺さるから、フェンだけのせいじゃないみたいだな。
「み、皆さん。それでは説明を始めます」
そんな中、ホールにある椅子の上に立って、ギルド長が話し始めた。
「あ、明日の大規模討伐依頼、対象はアマヨビです。アマヨビは、巨大な二枚貝の形をしていることが調査で判明し、しています」
(おお、貝だったんだー!それで殻かぁ)
(貝さし何人分になるか楽しみだな)
(もう、グランさん、ボーザックも!そんなの食べたらお腹壊しちゃうかもしれないよ)
(えぇ……ディティア突っ込むとこそこなのか?)
(えっ、何か間違えたかな?)
ぼそぼそ話していると、ギルド長が咳払い。
おっと。
ほらグラン、ボーザック!静かにしないと駄目だぞ!
「と、討伐方法は、まず網をかけます。アマヨビは、み、湖の真ん中の小島に上がって、雲を吐いています」
えっ、陸に上がってるのか?
じゃあ網で引き上げる必要無くない?
伝承を思い出し意外に思ってたら、話が進む。
「あ、網をかけて、陸まで引き上げ、そこで叩きます」
その言葉に冒険者達がざわつく。
そりゃそうだ、最初から島にいるならそこで叩けばいいじゃん。
「り、陸までは引き上げないとなりません。な、何故なら、島はアマヨビと同じくらいしかなく、雲に被われて、すぐ目の前ですら見えません」
とても危険です、とギルド長は言った。
「く、雲の密度が高いと、アマヨビは雷を放出する、ことがわかっています」
なるほどなー…。
船で向かったとしても、逃げ場が無いってことかな。
冒険者達も納得したのか、黙った。
「あ、網は、街の人達が保管していたものを、ギルドで補修し、しました。明日の朝、網を掛けて、皆で引っ張ります」
俺は手を上げた。
「どうぞ、逆鱗のハルトさん」
「うわ、よ、呼ばなくてもいいって!…ええと、ごほん」
ざわつく冒険者達を横目に、俺は咳払い。
何の罰ゲームだよ…。
「アマヨビの大きさは?網をかけるのはどうやって?近付くのは危ないんだろ?」
「は、はい。大きさは5メートルくらいあります、網は……そうですね、方法が無いので、近付きます。魔物にでもやってもらえれば、恐らくは襲われたりしなくて、い、いいんですが」
汗を拭きながら、ギルド長。
ふぅん、そんな便利な魔物が………魔物?
俺の足首を、銀色の尻尾が叩く。
「ええと。魔物に網をかけさせたら、攻撃されないの?」
「は、はい。たまに、し、島に別の魔物が近寄ってるのですが、全く襲われません」
私達は襲われました。
そう締め括られて、俺は足元に座っている美しい銀狼に眼をやる。
「なあ、フェン。どう思う?」
「がう」
きらりと、知性的な眼が光る。
やっぱ、そうこないとな!
「ギルド長、途中まで船で行って、その後はこいつがやれるってさ」
「え、ええ?その犬が……い、いえ、まさかフェンリルですか!?」
うんうん。
いい反応にフェンも満足そうだ。
網かけの方法は決まった。
討伐隊は、アマヨビ討伐に向けてその日はゆっくり宿で休むことになった。
ちなみに報酬はジールだそうだ。
******
次の日、船に網を載せて濃い雲の中へ侵入。
うっすらと島のような影が見えたところで、網の端を咥えたフェンが湖に飛び込む。
重い網だったけど、出来るだけ楽なようにフェンに合わせて湖に降ろしていく。
しばらくしてフェンが戻り、次の端を持ってまた泳ぐ。
これを繰り返し、準備が整った。
アマヨビが雷を放出することはなく、フェンは誇らしげだ。
よくやった!って褒めようとしたら、すっかり濡れて自慢の毛がはりついた彼女の尾に叩かれた。
俺達は岸まで網の端を運び、引っ張るために陣形を整える。
「で、では!引っ張って!」
今回の討伐隊は、異例なことにギルド長自ら指揮をとっていた。
冒険者達はそれぞれ、ポンチョも被らずにずぶ濡れになって網を引く。
しかし。
「う、動かねぇ……!」
グランが呻く。
ミシミシと、音をたてる網。
血管を浮かせて引っ張る冒険者達。
俺も必死に引くけど、びくともしない。
しばらくねばったものの、駄目だった。
「はあ、はあ……昔の、アデルドの人達、つ、強かったんだね……」
ボーザックがへたり込む。
とは言え、足場もぬかるんで、身体中ずぶ濡れだ。
このまま長いこといても体力が減るばかり。
「肉体を、強化ってさあ、鍛練したところで、どんだけ効果あったの、かなあ」
それを聞いたディティアが、呼吸を整えながら言った。
「……あれ?強化って、ハルト君……私達には最高のバッファーがついてるような…?」
……おお。
そういえば、俺何もしてないな!?
俺はグランの冷たい視線に、首を竦めた。
「ま、任せろ-!」
俺は恥ずかしいやらやけくそやらで、範囲バフをかけるべく、手のひらの上でバフを練り始めたのだった。
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