太陽が恋しいので。①
次の日になっても、雨は止まなかった。
服は乾いたものの、また濡れるのも癪だしなあ。
外の様子を見ると、それはそれは厚い雲がずーっと広がっている。
しばらく止みそうにない。
「グラーン」
部屋に引っ込んで、頭上でバツを作ると、グランは髭を擦りながら頷いた。
「とりあえず午前中は様子を見よう」
俺もそれがいい気がした。
ところが。
待てど暮らせど雨脚は弱まらない。
雷もごろごろ言いっ放しで、ファルーアは外に出たがらない。
食糧は余裕があるからいいとして…武器や防具も磨き終えてしまった。
こんな時はバフの練習をしてるけど、俺以外の皆はやることが無いわけで。
「暇だねぇ」
ぼーっとしながら、ボーザックが呟く。
「ほんとだねぇ」
ディティアは、綺麗に磨いた双剣に、磨き残しがないかチェックしていた。
俺、知ってる。
そのチェック、もう5回目くらいだ。
相当暇なんだろうな。
俺は手の上でバフを広げながら、外を窺った。
すると。
「あれ?誰かこっち来るぞ」
雨のカーテンの向こうから、人らしき影が2つ駆けてくる。
皆顔を上げた。
「やあ、先客とは珍しいですな」
「お邪魔させてください」
やってきたのは、ポンチョをすっぽり被り、足元も防水ブーツの商人らしき2人組。
フードをとると、髭もじゃの男性と、娘か奥さんか…って感じの女性だった。
背中が膨らんで見えるのは、商品かなんかを背負ってるんだろう。
「ああ、散らかしててすまねぇな」
グランが鎧をまとめて寄せる。
ディティアとファルーアはポンチョをたたんだ。
「それじゃあ失礼して……おっ、よっ、入れませんな」
「師匠、1度荷物を降ろして順番に入れましょう」
「おっ、そうしますかな」
師匠…って事は家族じゃないのかな。
俺達は彼等が入るのを手伝った。
******
「私達はハイルデンから来た商人でしてな。王都まで行く予定なのです」
「ここには何回も来たことあるのか?」
さっき先客は珍しいって言ってたし。
聞いてみると、彼等は頷いた。
「はい、年に2回くらいは来ますのでな。皆さんはどちらへ?」
「俺達は逆だよー、王都からハイルデンに向かうんだ」
ボーザックが2人のために火を起こす。
正確には薪を積んだだけで、ファルーアが火を付けたんだけどな。
「ただ雨がすごくてなぁ」
グランがこぼすと、商人達は驚いた。
「ああ、まだ王都まで情報は行ってないのですな」
「何の話?」
聞き返すと、髭もじゃの商人がポットを取り出しながら笑う。
「とりあえず、お茶でもお淹れしましょうな」
湖畔の街、アデルド。
そこは、今、まさに水没の危機なんだとか。
お茶を有難くいただきながら、商人の話を聞いてみる。
何事かって、もうびっくり。
雷雲を生み出す魔物が湖に棲み着いてしまったらしい。
つまり、今もって降り続くこの雨が、その魔物の仕業なんだってさ。
そんな魔物、聞いたこと無いけど…。
「私達もアデルドに立ち寄りましたが、アデルド周辺とその北側はずーっとこんな雷雲ですな。ですから、雨宿りしていても困るだけでしょう。……そら、わんちゃん、おやつをあげよう」
隅っこで丸まっていたフェンに、髭もじゃの商人が乾し肉を投げる。
フェンは臭いを嗅ぐと、ぱくりと咥えて背中を向けた。
「フェン、御礼くらいできるだろ」
思わず言うと、フェンはふんと鼻を鳴らした後に、商人に向かってくるりと回ってみせる。
「おっ、お利口なわんちゃんですな」
「師匠…あれは狼だと思います」
「おっ、そうかそうか」
フェンはその言葉にがっかりしたのか、すねて完全に背中を向けてしまった。
はは、誇り高きフェンリルも形無しだな。
「私達はどんな魔物か知りませんが、街の人達は心当たりがあるそうですな」
そんなわけで大規模討伐依頼が出るらしいことを、商人達が教えてくれた。
俺達は参加するべく、早々に出発することにする。
何のことは無い、このままだと美味しいお肉に有り付けそうにないからだ。
グランとボーザックは釣りもしたいらしいから、話はすぐにまとまった。
…ファルーアだけは今回使い物にならなそうだなぁ。
ただ、その前に。
「これ、よかったら王都で売ってるからさ、ハイルデンにも広めてよ」
俺は預かっていた菓子白薔薇の箱を開けた。
「おっ、これは何ですかな?」
「ナンデスカットの新作お菓子ですな」
おっと、口調が移った…。
彼等は1枚の花びらを口にして、眼を丸くする。
「師匠…これは売れます」
「そうですな!仕入れて帰りますかな。日持ちはするのですか」
「確か1年くらいだって」
伝えると、2人は嬉しそうに笑った。
******
雨の中を2日歩き続け、途中で馬車とすれ違った。
御者に聞いてみると、湖からもくもくと雲が湧き上がっているらしい。
「段々水位も上がってるらしいんで、商人はさっさと引き上げてるんです。このままだとアデルドは孤立しちゃいますよ」
覗いてみると、馬車の中は大きな荷物を背負った商人らしき人がぎゅうぎゅうだ。
俺達は顔を見合わせて、アデルドまでを急ぐ。
何て言うか…きっと街の人達は困ってるんだろうなって思ったら、助けたいと思ったし。
皆もそんな気持ちだと思う。
出来るだけ休憩を省き、坦々と。
******
やがて、雲なのか霧なのか、靄がかかる視界に、草原じゃない景色が広がってきた。
絶えず雷鳴が轟き、空が青白く、時にはほのかに赤みを帯びた色で点滅する。
眼をこらすと、降り注ぐ雨に脈打つ水面が確認出来た。
「湖だ!」
思わず声を上げる。
広さは視界が悪くてわからない。
ただ、アデルドがもうすぐだってことはわかった。
湖畔の草が、雨水に沈んでいるのを横目に、足早に街道を進む。
これ、水面が上昇したからなのか?
急がないと。
やがて、ちらほらと家の影が見えてきた。
活気は無く、じめじめした空気が満ちている。
湖畔の街アデルド。
想像とはかけ離れた、暗い街がそこにあった…。
******
広場にも、路地にも、人がいない。
歩いているのは冒険者らしき人影が数人だけ。 足元は水たまりだらけで、濃い雨のにおいしか、しなかった。
そんな中を進み、それなりに大きなギルドの扉を開ける。
中には、意外にも結構な数の冒険者達が思い思いに過ごしていた。
まだフードを被ったままで、俺達はとりあえず受付に進む。
とりあえず宿は確保しないとだしな…。
「あっ、いらっしゃい!皆さんは認証カードお持ちですか!?」
ばたばたしているのか、ギルド員が受付のカウンター内を忙しなく行き来している。
認証カードの有無を聞かれるってことは、大規模討伐依頼の開始がすぐ迫ってるのかも。
フードをとると、冒険者達の数人が「あ」と洩らしたのが聞こえた。
俺達を知ってるのか、ディティアを知ってるのか…まだまだ微妙なんだよなあ。
「ほらよ」
グランが、名誉勲章と王家の印が入った小さな紅い石を差し出す。
ギルド員は息を呑んだ。
「名誉勲章…?嘘、王家の印まで……は、拝見しますね」
さらさらと眼を通して、ギルド員は零れそうなくらいに眼を見開いた。
「わ、わあぁ、わあああ……ぎ、ギルド長ーーー!!」
何だ何だと冒険者達がざわつく中、とりあえず手続きを急ごうと決めていた俺達はフードを被り直す。
まずはアデルドで何が起きているのか。
俺達は知る必要があった。
うん、はんぶんくらいは、自分達のためにだけどさ。
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