旅しませんか。④
半年くらい冒険していれば、複数の魔物を相手にした戦闘だって何回も経験するはず。
それでも、この強さの魔物が相手になるのは初めてだし、まして挟まれていたとなったら深刻だ。
ぎりぎりで突撃してくるミノスを避けた男達は、完全に腰が引けていた。
それを揶揄したのは、リンドールの弓使い、ナレル。
「あーあ、誰だったかな、ひ弱な双剣使いとか言ってたのは?」
しかしその腕は注意深く弓を引き、未だ木々を薙ぎ倒している後方のミノスに向けられていた。
「ディー、そろそろ前の奴がこっち向くわ」
ルウが後方に合流していたディティアに告げる。
ディティアは、焦っていた。
討伐隊で盾を持っているのは2人だけ。
しかも大盾ではなく、小さな片手用。
その2人を後方に回しても、間違いなく止められない。
二頭を相手に、この人数で勝てる気がしないのだ。
「……っ、撤退しましょう」
悔しい。
「私が後ろの奴の注意を引きます!リンドールは前の奴に魔法と弓!皆さんは…その隙に撤退を!」
全員を無事に街に戻すには、誰かがやらなければ。
ひとりでは無理な話だった。
ディティアは、仲間に頼った。
「任せなさい」
ユヴァが、炎の球を作り出す。
本当は、彼女達も先に逃がしたい。
悔しい。
力の無い自分が。
前にいた前衛達が下がってくる。
その向こうに、体勢を立て直そうとするミノスの姿。
ユヴァとスウが順に魔法を放ち、距離を保とうと奮闘してくれる。
後ろに漸く出てきたミノスを引き付けて、出来るだけ早く皆を逃がさないと、持久戦は不利でしかない。
「行きます!」
ディティアは、後方に駆け出した。
小さな傷は増えていく。
ルウはその程度を回復しないけど、ミノスの振り抜かれた腕がディティアを捉えた時、瞬時に魔法を発動させた。
身体が軋む。
激しい痛みが全身を貫く。
でも、骨は折れる前に何とか補修され、内蔵が潰れるより早く回復していく。
お陰で、はじき飛ばされたディティアは木にぶつかる前に体勢を立て直し、逆に木を蹴って戦線復帰した。
冒険者達が、大回りで横を抜けていく。
……これでいい。
でも、その後は?
どうにかして、このミノスの向こう側に皆で回り込まなくては。
追ってくるだろうミノスを、街まで逃げる前に振り切らなくては。
考えるほど、動作が鈍くなった。
それでも、考えなければ。
リンドール以外が向こう側に逃げた。
その時、スウが叫んだ。
「こっちはもう無理よディティア!どうするの!?」
ちらと窺うと、前方のミノスに大分迫られている。
後方のミノスも、じりじりと詰めてきていた。
「とりあえず、私達も撤退しないと!」
ナレルは前方、後方のどちらにも気を配り、矢を放ち続けていたが、矢の残りが少ない。
「絶体絶命ってやつかしら」
ユヴァも絶えず炎の球を作り続けていた。
これ以上、このまま耐えるのは無理だ。
「皆っ、一気に駆け抜けて!」
ディティアは叫んだ。
私は後からでも行けるから、と付け足すのも忘れない。
こんなとこで死ぬつもりは無かったけど、重傷くらいは覚悟しないとならなかった。
しかしである。
救世主は現れた。
「よく耐えた、若い双剣使い」
落ち着いた、深みのある声だった。
驚いて、身がすくむ。
声は後方のミノスの後ろからで、ディティアは、彼の動きに魅入られた。
武器は、双剣。
刻む。
刻む。
斬り刻む。
振り回すように見えて洗練された剣捌き。
体重を乗せてより深い傷を穿つ身体捌き。
荒々しく美しいまでの戦い方で、その人は後方のミノスをひとりで斬り伏せてしまった。
ディティアが到底及ばない、卓越した双剣使いの姿がそこにあった。
******
二頭のミノスが転がる場所で、彼は深い皺の刻まれた目尻を緩ませた。
「人数が足りないっていうんで娯楽気分で来てみたが、いいもんを見た」
白髪交じりの黒髪、日に焼けた肌。
背は170後半といったところか。
年齢は…40は超えてそうだが、いくら見ても不詳だった。
男は軽そうな革鎧をまとい、腰に双剣をクロスさせている。
少し反りのある形の双剣は、ディティアが愛用するものと同じタイプ。
呆けていたディティアは、はっと我に返って頭を下げた。
「あっ、ありがとうございました」
「気にするな。2匹目が出た辺りから見させてもらってたからな」
「ええ、そんな早くから見てたならもう少し早く来て欲しかったです」
ルウが頬を膨らませる。
男は歯を見せて笑った。
「威勢の良い娘さん達だ。…さて、そこの双剣使い。名前は?」
「あ、ディティアです…」
「そうかディティア。いい判断だった」
「それは、その、恐縮です」
「あとは自分を犠牲にしないよう気を付けろ。時に、2つ名は?」
「えっ??……とんでもない、そんな大それた物、持ってません」
「そうかそうか!うん、いいぞ」
「……はい?」
「申請はしておくとして。…とりあえず、素材を剥ぎ取っておくといい。先に帰った冒険者も戻らせる」
「……??は、はぁ」
男はひらひらと手を振って、街の方へと消えていった。
「なあに?あれ」
ユヴァが首を傾げるけど、ディティアにもわからない。
「さあ……?」
でも、あの人は強かった。
ディティアに足りないもの、全てを持っているように見えた。
……程なくして、男の言うとおり、冒険者達が戻ってくる。
柄の悪い3人は、ギルドからきつーいお叱りを受けるために男に連れて行かれたそうだ。
ディティア達は、剥ぎ取った素材を持てるだけ持って、街に戻ったのだった。
******
ギルドに到着すると、すぐにギルド員がとんできた。
「あっ、り、リンドールの皆さん!本当に申し訳ありません」
何のことで謝られてるんだろう?
5人は顔を見合わせる。
すると、ギルド員はぺこぺこしながら言った。
「リーダーになる存在を精査せず丸投げしたのはギルドの責任です。お陰で危険な目にもあったとお伺いいたしまして……」
ああ、あの3人のことか。
ディティアはため息をついた。
確かに、結構疲れたかな…。
「それから、ディティアさん。その、双剣使いの男性にお会いしてますよね?」
「え?あ、はい」
「名前は言うなと言い張るので言えませんが、有名な2つ名持ちの方でして……ご伝言です。『疾風、お前の2つ名を登録した。気に入らなかったら破棄してくれていい。お前ほどの双剣使いを、俺は自分以外で見たことがない。気に入ったからくれてやる』だそうです」
「えっ……2つ名…??わ、私に??」
「はい。疾風のディティア。お気に召しませんでしたら破棄致します」
「そっ、そんなことないです!!あ、あのっ、その人はどこに?」
「もう帰りました」
「ええーーーっ」
「名前はお伝え出来ませんが…ほんとに伝説級に有名な方ですからね!すごいんですよ」
******
「えっ、じゃあティア、自分の名前くれた人、誰かわからないの?」
ボーザックが驚くと、ディティアははにかんだ。
「実はそうなの……」
「あら……ティアは知りたい?」
ファルーアが聞くと、彼女は頷く。
「あの時から、あの人を目指してきたつもりなんだ。また見てもらいたいし、それに、双剣の話もしてみたい」
…あー、ディティア、本当に双剣好きだもんなあ。
語らせたら一晩だって話してそうだ。
すると、ファルーアが笑った。
「なら教えるわ。それ、爆風のガイルディアよ」
「爆風の??……爆炎のガルフみたいな名前だな…って、あれ?それって地龍グレイドスと戦った、ガルフの仲間じゃなかったか?」
「お、ハルト。お前勉強したのか?」
グランに言われて苦笑してみせる。
「まぁな」
ちょっとだけ本屋で立ち読みしたくらいだけどな…。
「ファルーア!あの人のこと知ってるの?」
「ううん、爆炎のガルフに聞いたのよ。爆風のガイルディアが、貴女を気に入って付けたって。まさか隠してたなんて知らなかったけど」
爆炎のガルフは、全て爆が付く2つ名を持つ4人で地龍グレイドスを倒した。
その1人が、爆風のガイルディアだ。
ディティアが、ぱあっと花の咲いた様な笑顔を見せた。
「ファルーア!今、爆風のガイルディアさんが居るところもわかるかな?」
「爆炎のガルフに聞けばわかるかもしれないわ」
「うわあ!じゃあ今度あったら聞かなくちゃ」
…見たこと無いくらい嬉しそうだなぁ。
あ、なんかちょっと、悔しいかも。
俺も、ディティアをあんな笑顔にしたい気がする。
…爆風のガイルディア。
俺も、どんな人なのか興味が湧いたのだった。
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