旅しませんか。③
ラナンクロスト南部。
豊かな森に囲まれた、林業で生計を立てる街。
ここが、パーティーリンドールが大規模討伐依頼を受けた場所だった。
木こり達が伐採した質の良い樹を、街の工場で加工して王都や他の街に売るのだが、その伐採場に魔物が棲み着いたのである。
観光に適した場所でもないので、冒険者はそんなに多くはやってこない。
そのせいで、大規模討伐依頼といえどリンドールが来るまで、まだ13人しか集まっていなかった。
すぐには増援も見込めず、かと言ってそれを待つと街の生活に響く。
ギルドは、リンドールを加えた18人での討伐を決行する。
「おう、姉ちゃん達は駆け出しか?」
話し掛けてきたのはこの討伐隊をまとめている風の、柄の悪い冒険者だった。
男は3人パーティーで、全員前衛という結構無謀なタイプ。
冒険を始めて2年だそうだ。
ディティア達にしつこく言い寄ってくるので、最初は愛想良く受け答えしていたリンドールも、遂にはぶち切れてしまった。
「いいだろ、ちょっとくらい俺たちと組めよ」
「お構いなく。私達は前衛に困ってないわ!ディーがいるもの!」
「ちっ、その双剣使いだってひ弱じゃねぇか」
「ふざけないで。ディティアは貴方達よりずっと強いわ」
「ふん、双剣なんて俺の大剣に敵わねぇよ」
「偉そうに何よ」
「み、皆。私はいいから、とりあえず喧嘩やめて?もうすぐ伐採場だし、他の人にも迷惑になるよ」
ディティアが何とか収めるものの、場の空気は最悪。
他の冒険者は憐れみを込めてリンドールを見てくれたけど、助けてはくれなかった。
…これが大規模討伐依頼によくある話なら、二度と受けない。
ディティアは心からそう思っていた。
伐採場は拓けていて、切り株がいくつも並んでいる。
この街は植林してそれが育つと伐採を行うので、伐採場は区分けされているそうだ。
今年はこの区画が伐採対象なんだけど…と、案内人が怯えながら話してくれた。
「…いる」
男達より先に、ディティアが双剣を構えた。
切り株が並ぶ先、まだ木々が立ち並ぶその向こう。
何かがこっちを見ている。
他の冒険者達も、ディティアを見て武器を構えた。
「作戦は」
彼女が聞くと、柄の悪い男が鼻を鳴らす。
「んなもんいらねぇよ、たかがミノス一頭だろ?俺達前衛で充分だ」
「そんな!協力して後衛の火力に手伝ってもらうべきです」
文句を言ったが無視される。
ディティアはリンドールに指示をした。
「いつでもいけるよう準備しておいて、嫌な予感しかしないよ」
ミノスは、ミノタウロスの下位種じゃないかとつけられた名前で、牛に似ている。
四足歩行から二足歩行へと進化しようとする途中…そんな不格好な魔物だ。
基本的には頭も良くないものの、その異様なまでの怪力が恐れられている。
そんな魔物相手に、前衛だけで挑むなんてどんな馬鹿なのか。
ディティアは、パーティーだけじゃなく他の人も守るにはどうするか考えなければならなかった。
そうこうしてる内に、男達がミノスに挑発を始めてしまう。
困惑している他の後衛達に、ディティアは言葉をかけた。
「ご自分のパーティーメンバーを守ることを最優先で。余裕があれば援護をお願いしたいのですが、あのお三方が許さないかもしれないので…判断は任せます」
ディティアには、カリスマ性がある。
リンドールの皆は少なくともそう思っていたし、他の人もきっと感じていたはずだ。
一様に頷くと、同じように困惑しながら前に出た他の前衛達を守ろうとロッドや弓を構えてくれる。
「おらあ!こいやー!」
威勢のいい声が飛ぶ。
ディティアはふーっ、と息を吐いて、一気に気持ちを入れ替えた。
『グモォォォー!!』
怒りを顕わにしたミノスは、目を血走らせて涎を撒き散らしながら出てきた。
メキメキと音を立てて、ミノスの進行方向にあった樹が薙ぎ倒されていく。
柄の悪い男とそのパーティーは、その様子に一瞬静かになった。
あんなのに殴られたら、前衛職はひとたまりもない。
「へ、へっ…馬鹿力だけが取り柄の奴に殴られるもんかよ!」
無謀だ。
正面から走り出す男に、ディティアは呆れてしまった。
振り上げられた拳を何とか避けて、男が大剣を振るう。
しかし、ミノスの反対の手がその剣を殴り飛ばした。
ギィンッ
「っ、てぇ…」
辛うじて取り落とさずに済んだ大剣と、しびれる腕。
男が蹌踉めいた瞬間、パーティーの2人が叫ぶ。
「おい馬鹿!早く構えろ!」
「来るぞ!?」
「え…」
ミノスの最大の武器は腕ではない。
その、頭に生えた立派な角なのである。
『ググゥゥ』
頭を下げたミノスが、突撃体勢をとる。
避けるには恐らく間に合わない。
瞬間。
「撃って!!」
「固まれ!」
「燃えろ!!」
ディティアの声に反応したのは、氷魔法が得意なスウと炎魔法が得意なユヴァ。
彼女達の一撃が、ミノスの脚と頭に炸裂した。
『グゥ』
驚いたミノスが、突撃体勢を解除する。
「下がりなさい!死にたいの!?」
男の横を抜け、怒鳴る。
ディティアは、自分でも、思いの外いらいらしていたことに気付いた。
「前衛!ミノスが動き回らないよう囲んで威嚇してください!後衛!合図を出すから撃ち込んで!」
シャァンッ
双剣を鳴らし、ディティアがミノスの前に立つ。
前衛達はすぐにミノスを囲み、己の武器をミノスに向けて突き出した。
柄の悪い3人は呆けているが、もはやどうでも良かった。
魔法を受けたものの、ミノスは蚊に刺されたほどのダメージしか感じてない。
「行くよ!」
ディティアが、ミノスの鼻先を双剣で掠める。
風のように舞う彼女に、ミノスを囲む前衛達と合図を待つ後衛達から期待の視線が集まった。
何度か斬りつけてヘイトをため、彼女を捕まえようと腕を振り上げるミノスの足元を潜り抜けて、ディティアは背中に回り込む。
「背中を向けたら撃って!」
声を張り上げて、ディティアを見失ったその背中を斬りつける。
『グオォ!』
ドシン、と。
ミノスが振り返る。
完全にディティアに意識を向けている魔物。
「今!!」
ドドドドッ!!
放たれた魔法や矢が雨のように降り注ぐ。
『グモォォォー!!』
ガリッ、ガリッ…。
蹄で地面をかき、目を血走らせたミノスは頭を下げた。
「次の魔法の準備を!」
ディティアは、腰を落として突撃をいなすための態勢をとる。
『グオォオーーーッ』
どどっ!
走り出すミノス。
対するディティアは地面を蹴って、その鼻面を蹴り上げてから頭、背中を伝って高く高く飛び上がった。
「撃って!!」
魔法と矢が降り注ぐ。
急に止まることの出来ないミノスがぶつかり、木々が粉砕されて倒れていく。
それを空中でしっかりと見ていたディティアは、はっとした。
男達3人が、後退していくのだ。
それは別にどうでもよかった…でも。
「魔法を撃ち続けて!お願いします!」
着地と同時に、後方に駆ける。
「そっちは駄目!戻って!!」
ただ下がるだけだったなら、構わなかった。
でも、見えてしまったのだ。
ディティアは走りながら必死に声を上げた。
「もう一頭います!!!」
…討伐隊は、二頭のミノスに挟まれていたのである。
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