災厄の宴には。⑦
◇◇◇
ロディウルの向かい側に座った俺たちの後ろ、三人の影が控えた。
片膝を突いて頭を垂れ静かにしているけど、気配が濃い。
殺気とは違うけれど、ちょっと首筋がちりちりするような、そんな緊張感だ。
ロディウルは気さくだけど、ユーグルの間では敬われる存在なのかもしれない。
ウル……当然かもしれないけれど、やはり王なのだろう。
テントの中はベッドがひとつと、大きな蓋付きの籠のようなものがふたつ。
それ以外は殺風景で、足元には無地の布が敷かれている。布の端は返しがついていて、雨の時でも浸水しないようになっていた。
彼らはユーグルの里に住んでいるはずで、放浪の民……というわけじゃないはずだけど、これだけのテントを備えているとなると、遠征することもあるのかもしれない。
それが災厄との戦いを想定していたのかはわからないけどな。
「まずは……いろいろと手助けをもらったこと、感謝する。お陰で俺たちも合流できた」
グランが頭を下げる。
俺たちも同じようにすると、ロディウルは肘を突いたまま歯を見せて笑った。
「気にせんでええ。俺たちユーグルも助けてもろたしな。特に、豪傑のグラン、不屈のボーザック、そして逆鱗のハルト。災厄の毒霧討伐、見事だったとトゥトゥから報告があったで」
俺たちの後ろ、トゥトゥが身動ぐのがわかる。
グランとボーザックと視線を交わして、俺たちも少し笑ってみせた。
「……さて、挨拶はこれで終いや。やることは多い。さくさくいくで」
ロディウルは漸く体を起こして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
釣られるようにして、空気が張り詰めていくのが肌で感じ取れる。
「トゥトゥが血結晶の話を出した、これは確認済みや。せやけど、白薔薇。まるで『知っていた』ようだと聞いたで。――なにを知っているか、吐いてもらわんとな」
言葉は飄々としているのに、空気は研かれたナイフのよう。
後ろの影たちの緊張感も高まり、俺は唇を固く結んだ。
……答えない場合、命が危ういかのような感覚――いや、ロディウルは本気でそうするだろうと思った。
「……なあ、ロディウルよ」
しかし。
俺たちのリーダー、グランは引かない。
王を前にしても動じない豪胆な男は、いつものように顎髭を擦りながら、大きく身を乗り出した。
「隠しごとはなしだ。約束してやる。……だから、この空気はいけ好かねぇな? わかるだろうよ。俺たちには通じねぇぞ」
それを聞いたロディウルが、一瞬、目を大きく見開いた。
静寂が、少しの間、俺たちを包む。
「がふ」
それを破ったのはフェンだ。
彼女は俺たちの前にするりと出ると、そのまま横たわる。
視線はロディウルに向けられていて、神々しいほど。
俺は、守られているような気持ちになった。
「……は、悪かった。せやな、こっちも約束したるで。……カムイ、クルガ。酒持って来い」
「はっ」
「御意」
控えていた影のうち、大きなふたりが指示を受けて直ぐさま出て行く。
残ったトゥトゥは、即座に立ち上がると籠のようなものを開け、いそいそと杯を取り出した。
よく磨かれた、美しい翠色のそれは、俺たちへと順番に配られる。
「まるでなにかの儀式ね」
ファルーアが片手に収まりそうな杯を眺めながら妖艶な笑みをこぼす。
トゥトゥがくすりと笑った。
「はい、これは約束の杯といいます。僕たちユーグルと白薔薇を繋ぐ盟約のようなものですよ」
「へー、一緒に呑んだら兄弟みたいな?」
ボーザックが、物珍しそうに杯をひっくり返したりしながら言うと、ディティアが笑った。
「姉妹も入れておいてほしいな、ボーザック」
そこに、カムイとクルガが大きな酒樽をふたり掛かりで抱えて戻ってくる。
グランがそれを見て顔をしかめた。
「…………でけぇな」
うん、確かにでかい。
俺たちの間にドン、と置かれた樽は、フェンくらいならすっぽり入るだろう。
木で出来ており、縁と中央が金属でぐるりと補強されている。
「なあ、ユーグルはこれ持って移動してきたのか?」
思わず聞くと、ロディウルがカラカラと笑った。
「せやで! 酒は俺らの燃料やしな!」
はー、すごい根性だな。
感心している間にカムイとクルガが酒樽の蓋を開け、瓶のような物を差し入れる。
トゥトゥがそれを受け取り、慣れた手つきで翠色の杯に酒を注いで回った。
……透明の液体からは、甘く芳醇な強い酒の香り。
「美味そうだな」
「とっておきのお酒ですから」
グランが唸るのに、トゥトゥが自慢気に応える。
やがて全員に酒が行き渡ると、ロディウルは杯を掲げた。
「これは、災厄の宴。招かれざるものの狂宴。我が名はロディウル、共に歴史を見守るため、ここに新たな客人を迎える。……白薔薇、頼むで」
「ああ」
グランが応え、杯を掲げる。
俺たちもそうして、一気に飲み干すと……喉がかあっと熱を帯び、熱い吐息がこぼれた。
……美味い。
「これ、結構強いわね。……ティア、大丈夫?」
「うん、かーってなるね!」
「……本当に大丈夫?」
ファルーアとディティアの不穏な会話を聞きながら、俺はロディウルを見た。
堂々たる王と、目を合わせる。
災厄の宴、招かれざるものの狂宴。
そこにあるのは、自分たちの生死さえ問われる戦いなのかもしれない。
けれど、そう。
アイシャを発ったそのときに、俺たち白薔薇は決めていたんだ。
こうなるかもしれないことを、受け入れ、選んだ。
だから、俺は笑ってみせる。
ロディウルは、満足そうに一度、ゆっくり瞬きをした。