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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅡ
448/845

災厄の宴には。⑦

◇◇◇


ロディウルの向かい側に座った俺たちの後ろ、三人の影が控えた。

片膝を突いて頭を垂れ静かにしているけど、気配が濃い。

殺気とは違うけれど、ちょっと首筋がちりちりするような、そんな緊張感だ。


ロディウルは気さくだけど、ユーグルの間では敬われる存在なのかもしれない。

ウル……当然かもしれないけれど、やはり王なのだろう。


テントの中はベッドがひとつと、大きな蓋付きの籠のようなものがふたつ。

それ以外は殺風景で、足元には無地の布が敷かれている。布の端は返しがついていて、雨の時でも浸水しないようになっていた。 


彼らはユーグルの里に住んでいるはずで、放浪の民……というわけじゃないはずだけど、これだけのテントを備えているとなると、遠征することもあるのかもしれない。


それが災厄との戦いを想定していたのかはわからないけどな。


「まずは……いろいろと手助けをもらったこと、感謝する。お陰で俺たちも合流できた」

グランが頭を下げる。

俺たちも同じようにすると、ロディウルは肘を突いたまま歯を見せて笑った。


「気にせんでええ。俺たちユーグルも助けてもろたしな。特に、豪傑のグラン、不屈のボーザック、そして逆鱗のハルト。災厄の毒霧討伐、見事だったとトゥトゥから報告があったで」


俺たちの後ろ、トゥトゥが身動ぐのがわかる。

グランとボーザックと視線を交わして、俺たちも少し笑ってみせた。


「……さて、挨拶はこれで終いや。やることは多い。さくさくいくで」

ロディウルは漸く体を起こして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

釣られるようにして、空気が張り詰めていくのが肌で感じ取れる。


「トゥトゥが血結晶の話を出した、これは確認済みや。せやけど、白薔薇。まるで『知っていた』ようだと聞いたで。――なにを知っているか、吐いてもらわんとな」


言葉は飄々としているのに、空気は研かれたナイフのよう。

後ろの影たちの緊張感も高まり、俺は唇を固く結んだ。


……答えない場合、命が危ういかのような感覚――いや、ロディウルは本気でそうするだろうと思った。


「……なあ、ロディウルよ」

しかし。


俺たちのリーダー、グランは引かない。

王を前にしても動じない豪胆な男は、いつものように顎髭を擦りながら、大きく身を乗り出した。


「隠しごとはなしだ。約束してやる。……だから、この空気はいけ好かねぇな? わかるだろうよ。俺たちには通じねぇぞ」


それを聞いたロディウルが、一瞬、目を大きく見開いた。

静寂が、少しの間、俺たちを包む。


「がふ」

それを破ったのはフェンだ。

彼女は俺たちの前にするりと出ると、そのまま横たわる。


視線はロディウルに向けられていて、神々しいほど。

俺は、守られているような気持ちになった。


「……は、悪かった。せやな、こっちも約束したるで。……カムイ、クルガ。酒持って来い」

「はっ」

「御意」


控えていた影のうち、大きなふたりが指示を受けて直ぐさま出て行く。

残ったトゥトゥは、即座に立ち上がると籠のようなものを開け、いそいそと杯を取り出した。


よく磨かれた、美しい翠色のそれは、俺たちへと順番に配られる。


「まるでなにかの儀式ね」

ファルーアが片手に収まりそうな杯を眺めながら妖艶な笑みをこぼす。


トゥトゥがくすりと笑った。


「はい、これは約束の杯といいます。僕たちユーグルと白薔薇を繋ぐ盟約のようなものですよ」

「へー、一緒に呑んだら兄弟みたいな?」

ボーザックが、物珍しそうに杯をひっくり返したりしながら言うと、ディティアが笑った。

「姉妹も入れておいてほしいな、ボーザック」


そこに、カムイとクルガが大きな酒樽をふたり掛かりで抱えて戻ってくる。

グランがそれを見て顔をしかめた。


「…………でけぇな」


うん、確かにでかい。


俺たちの間にドン、と置かれた樽は、フェンくらいならすっぽり入るだろう。

木で出来ており、縁と中央が金属でぐるりと補強されている。


「なあ、ユーグルはこれ持って移動してきたのか?」

思わず聞くと、ロディウルがカラカラと笑った。

「せやで! 酒は俺らの燃料やしな!」


はー、すごい根性だな。


感心している間にカムイとクルガが酒樽の蓋を開け、瓶のような物を差し入れる。

トゥトゥがそれを受け取り、慣れた手つきで翠色の杯に酒を注いで回った。


……透明の液体からは、甘く芳醇な強い酒の香り。


「美味そうだな」

「とっておきのお酒ですから」

グランが唸るのに、トゥトゥが自慢気に応える。


やがて全員に酒が行き渡ると、ロディウルは杯を掲げた。


「これは、災厄の宴。招かれざるものの狂宴。我が名はロディウル、共に歴史を見守るため、ここに新たな客人を迎える。……白薔薇、頼むで」


「ああ」

グランが応え、杯を掲げる。

俺たちもそうして、一気に飲み干すと……喉がかあっと熱を帯び、熱い吐息がこぼれた。


……美味い。


「これ、結構強いわね。……ティア、大丈夫?」

「うん、かーってなるね!」

「……本当に大丈夫?」


ファルーアとディティアの不穏な会話を聞きながら、俺はロディウルを見た。

堂々たる王と、目を合わせる。


災厄の宴、招かれざるものの狂宴。


そこにあるのは、自分たちの生死さえ問われる戦いなのかもしれない。


けれど、そう。

アイシャを発ったそのときに、俺たち白薔薇は決めていたんだ。


こうなるかもしれないことを、受け入れ、選んだ。


だから、俺は笑ってみせる。

ロディウルは、満足そうに一度、ゆっくり瞬きをした。



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