災厄の宴には。⑥
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食糧を買い足し、応急処置用品を補充した俺たちは、荷物整理を終わらせてロディウルを訪ねた。
彼は中央治安部隊の館の外にある訓練場らしい広場で、ヤールウインドの『フォウル』と一緒に食事をしているところだ。
広場には多くの治安部隊やトレージャーハンターがいるし、カンナと輸送龍も端っこの方で休んでいる。
それでも首都では、宿屋が再開したとか家に帰れそうだという話が聞こえてくるようになったから、ここにいる人たちも少しは減ったんだろう。
ロディウルは俺たちに気が付くと口の中をいっぱいにしたまま、お前らも取ってくれば? という意志を体で表現する。
豪快に火を焚いて調理されたスープと固めのパンが一緒に配られていて、いい匂いが腹を刺激して――俺は唾を呑み込んだ。
まあ、それもそうだよな。
一様に頷いたのを見るに、皆も腹が減ってるんだろう。
◇◇◇
カサンドラ首都の名物料理だという配膳を受け取り戻ると、ロディウルは水筒を傾けて喉を潤していた。
「ぷふわぁ! おつかれさんー」
謎の歓声? を盛大に吐き出し、俺たちに軽く手を上げるロディウル。
その前にどっかりと腰を下ろして、俺は手元から漂う美味そうな匂いに、ほーっと息をついた。
食欲をそそるスパイシーな香り。とろみのある茶色い液体の中に野菜と肉がたっぷり入っている。
「……なあ、とりあえず食べようぜ」
「賛成! いただきまーす!」
思わずこぼすと、ボーザックがさっさと応える。
スープに突き込まれた彼のスプーンは、すぐにゴロリとした肉を掬い上げ、俺はごくりと喉を鳴らしてしまった。
「……いただきます!」
たまらなくなって、ボーザックに倣う。
辛味があるのに、じっくりと煮込まれたスープの出す風味ときたら絶品だ。
舌に残るのは心地よい刺激と、素材のもつ旨み。
すげ、旨いぞこれ!
皆が夢中になって食べ始めたのを見て、ロディウルはからからと笑った。
「なんや、そんなに腹減ってたんか」
「まあな……。ところでロディウル、ハルトも合流したからな。そろそろ聞かせろ、『血結晶』についてだ」
グランがスープを一口飲み、口元を拭って言うと、ロディウルの紅い目がすっと細められた。
「……ほー? 俺はその単語は口にしてへんはずやけど」
「トゥトゥがぽろっとこぼしただけだしねー、んぐ」
ボーザックが言って、また肉を口に放り込む。
ロディウルは大袈裟に頭を抱える仕草をしてから、
「あいつ、ほんまに抜けてるな……あとできついお仕置きや」
と、項垂れた。
「……ここじゃ話しにくいからな。西門出たところに俺らユーグルの陣を敷いてる。食い終わったらそこで」
「わかった」
頷くと、ロディウルはフォウルに乗ってすぐに飛び立つ。
一瞬、周りから視線が注がれたけど、皆ユーグルには慣れたようだ。すぐに興味は薄れていった。
「……このスープ美味しいね。お肉屋さんが頑張ったのかな」
「ええ。買い物しているときも感じたけれど、商魂たくましいというか……こんな状況でもよく回ってるわね、この国」
ディティアとファルーアがそんなことを話しているうちに、俺はすっかり空になった器を下ろす。
確かに、美味かった。
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ユーグルの陣にはトゥトゥの姿もあった。
人懐っこそうなくりくりした紅い眼と、少し長めの緑髪。
頭にぐるりと巻かれた白と赤の組紐が、焚き火に照らされてよく映える。
彼は倒した災厄の毒霧ヴォルディーノを回収してたはずだから、そっちはもう終わったのだろう。
「お待ちしてました、白薔薇! ロディウルから聞いています、こちらへ」
俺たちに気付いて笑いかけるトゥトゥに、グランが手を上げる。
そういえば、確かロディウルの『影』とかいうやつだったな。三人いるって聞いてるし、あとの二人もここにいるのだろうか。
張られたテントの間を抜けて進む俺たちに、ほかのユーグルはなぜか深々と頭を垂れる。
神妙な空気になんとなくむず痒さを感じて顔を顰めていると、同じように変な顔をしたボーザックと眼が合う。
「……不屈のボーザックに栄光あれ!」
「……閃光の、と付けてくれてもいいよ、逆鱗……った! 痛いハルト!」
からかおうと思ったら反撃を食らったので肩に一撃いれてやったら、ボーザックは痛いと言いながらげらげらと笑う。
「ふ、二人とも……もうちょっと静かに」
「うるさいわよ、消し炭にされたいの?」
「ふっすぅ……」
女性陣に怒られた俺たちを、先頭のグランが笑った。
「はっ、悪くねぇな、俺たちらしいじゃねえか!」
◇◇◇
一際豪華なテントがロディウルのものらしい。
トゥトゥはその入口を守るふたりのユーグルの前で止まった。
「紹介します、僕と同じ『影』のカムイとクルガです」
ふたりとも短い緑髪の紅眼。
カムイのほうが鋭い目付きで、クルガのほうは眼を閉じているのかと思うくらいの細目である。
トゥトゥと違って筋骨隆々の大男で、上半身の厚みがものすごい。
背は俺と同じがそれより低いくらいなのに、威圧感にたじろぐほどだ。
彼らの頭にも白と赤の組み紐が巻かれているのを見て、もしかしたらあれは影の印なのかもと思った。
「よろしくなァ」
「ロディウルが世話になったそうだな、礼を言おうぞ」
軽そうな口調がカムイ、厳かなのがクルガで、俺たちはそれぞれ名乗ってからテントへと踏み入る。
中央、少し奥で、ロディウルが胡坐をかき、右膝に右肘を突きながら面白そうに笑っていた。
「来たな! 待っとったで」