旅しませんか。①
グランが戻ってきたのは、もう夕暮れになろうかという時間だった。
ナンデストがディティアとファルーアに差し入れたお菓子達を有難くお裾分けしてもらって、優雅にお茶をしてたんだけど。
「おう、戻ったぞ」
その姿は、思いの外元気そうだ。
フェンが顔を上げて、また寝てしまう。
「あら、思ったよりやつれてないわね」
「何だそりゃ。ったく、置いていくことはねぇだろうに!」
「だって、盾のことはわからないもの」
グランは肩を竦め、簡単に話してくれる。
「まぁそうだろうけどよ……アナスタ王はガチの盾マニアだったよ。コレクションも見せてもらったが、有名な鍛治士の作品も多くてなあ…まあ簡単に言うぞ。後ろ盾の件は、受けることにする」
ふうん、と頷く。
グランが決めたことに、俺達は反対するつもりは無い。
別に魔力結晶を集めろとか、そんなことも無いんだったら有難く受けておくべきだとも思う。
冒険する上で、人脈は大事だし。
「じゃあその盾、撫でさせてあげたんですか?」
ディティアが聞くと、グランはため息をひとつ。
「……まあな………後で磨く」
おー、だいぶかわいがられたみたいだな、白薔薇の大盾。
「ああそれと、後ろ盾の証として、ノクティア王家の刻印が入った特別な石をくれるらしい。名誉勲章の鎖に付けられるよう加工してくれるらしいぞ」
「それ、どうやって使うんだ?」
「ノクティア国内で見せると、ギルドや店で割引されるらしい」
「ギルドで割引……何を」
「知らん。あとは手紙にその石で印を押して出せばアナスタ王が直接読むそうだ」
それって役に立つのかなぁ。
まあいいや。
今はそれ以上に聞きたいことがあった。
「なあ、2つ名はどうすんの?グラン」
そっちの方が気になるだろ。
絶対皆そう思ってるぞ。
グランは髭をさすった。
「あれだけ盾に入れ込んで知識もあるとなると、ちと尊敬するにはするんだが」
「だが?」
聞き返す。
「…箔はつくんだが」
「……だが?」
さらに聞き返す。
「……ううむ」
「ようするに迷ってるのね」
ファルーアが笑った。
「ああ。……欲しくなったら、何処からでも手紙を寄越せと言われたが…」
「ちょっとわかります。グランさん、大盾使いとしての実力を評価された上で名前が欲しいんじゃ?」
「おお、ディティアいいこと言うじゃねぇか。それだ」
あー、なるほどなぁ。
「…それは、すごくわかる」
深く頷くと、ボーザックが笑い出した。
「あははっ、ハルトが言うと可哀想に聞こえるね」
「うわ、仕方ないだろボーザック!傷を抉るなよ」
ともすればあの爽やかな空気が流れてきそうだ。
俺は身震いしてグランの肩を叩いた。
「納得いくように考えた方がいいよ、グラン」
「お前、ほんと可哀想だな」
「グランまで言う?もうそっとしといてくれよ…。そういえばディティアはどうやってもらったんだ?2つ名」
「えっ?…私?」
「あっ、俺もそれ聞きたいかもー」
「いいわね!次の移動の道中で聞かせてもらいましょ」
そんなわけで、2つ名の件は保留にして、話題を切り替える。
ノクティア王都でやることは終わったからな。
次の国に行くか、ノクティアの何処かをまわるか。
「ここからだと、残りの2国は東回りに行けば楽ね」
「じゃあ東回りで寄れそうな街、ピックアップしようぜ。そこでノクティア観光してー…次の国はハイルデンってことでいいんだろグラン?」
「おう、そのつもりだ」
「あー、俺よく知らない国だ-、ティアは知ってる?」
「うーん、どうかな?少しくらいなら」
「おっ、いいねー教えてよ!」
俺達は地図を広げて、道を確認する。
ノクティア王都からは南東の方向に、ハイルデンはある。
街道が東に膨らみながらハイルデンまで続いているから、馬車って手も使えるな。
とはいえ、馬車でも2週間以上かかりそうだ。
街道を指で辿っていくと、途中にある大きな街は2つ。
アデルドと、バルティック。
「街道沿いだし、宿場町なんだろうな」
ディティアは俺の言葉に、地図を指差した。
「うん。アデルドは大きな湖の横にあるの。ほら、ここが湖だよ。バルティックはハイルデンとの国境に近い街で、ハイルデンの物が多く流通してた気がするな」
「湖の街かあ、いいな」
俺は淡水魚の淡白な味をうまく活かした料理を想像した。
うん、そういうのも有りだ。
ちょっとお腹空いてきたな…。
「釣りとかしてもいいかもね、グランも久しぶりにどう?」
「おう、いいじゃねぇか。数日は滞在してもいいな」
「それだけじゃなくて、ここは牧草地にもなってるから質の良い家畜が有名だよ」
「肉か!」
何それ最高。
俺達は俄然やる気になって、あれやこれやと詳細を決めていく。
フェンは退屈だったのか、欠伸をして尻尾を一振りした。
ちなみに、ここノクティア王都ではいろんな料理屋があるわけだけど、これぞノクティア料理!みたいなのが無いんで適当な酒場や定食屋、あとはお菓子ばっかり。
むしろお菓子しか記憶に無い。
ちょっと身体鈍ったかな……?
******
次の日を買い出しに充てて、その翌日には出発することに決めた。
なので挨拶回りも済ませてしまう。
ナンデストが1番驚いて、早く言ってくださいよと怒られた。
この先の街や国で菓子白薔薇とナンデスカットの宣伝をしたいと申し出たから、余計にだ。
「そんな大事なこと、何で勝手に決めちゃうんですかね!……とにかく!準備してるものもあるんでせめてもう1日ください」
未だに見慣れない白い服に帽子。
俺達はその気迫に、1日延ばすことを約束。
まあギルドにはもう伝えちゃった後だったけどな。
しかも、ナンデストはその後に爆弾発言をした。
「そうだ、ウルとルフには看板犬として残ってもらえるようお願いしてるんですけどいいですか?」
フェンががばりと跳ね起きる。
「何ですと!?」
「ボーザックさん……僕本気ですよ」
「いや、犬じゃ無くて魔物だろ」
「ハルトさん、あんたもそこじゃないでしょう」
とは言ってもなあ…。
「ウルとルフは納得してるって意味に聞こえたけど」
「はい、そうだと思ってますよ」
「フェンは?」
見ると、フェンは耳をひゅっと倒して、ディティアの足元にすり寄ってしまった。
「…フェンにはまだ聞いてませんでしたね、無理強いはしたくないので任せます…フェン、どうします?」
ナンデストが差し出した手を、尻尾がぺしりと叩く。
「フェン、好きな方でいいぞ。俺達と来る?」
俺も聞いたけど、フェンはディティアに頭を擦りながら何にも答えない。
そりゃいきなりだったんじゃなあ…。
ちょっと可哀想な気もする。
俺はナンデストに言ってウルとルフを呼ばせた。
「ぐるる」
「がう」
ウルとルフが来ても、銀狼はいやいやをするばかり。
白いもふもふ狼達も、心なしか困ってる…ように見える。
俺はフェンに伝えた。
「明後日、出発するから。よくウルとルフと相談して決めるんだぞフェン。俺達は、フェンがいてくれたら心強いけど、冒険は大変だぞー。でも、楽しいこともいっぱいあるし、帰りたくなったら帰ってもいいんだってことはわかってるな?」
フェンは少しだけ顔を上げて、小さく鼻を鳴らした。
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