有名になりませんか。③
カラカラカラ…
何かが転がる音。
湿っぽい空気と、鼻を掠める潮の臭い。
「…つ、う」
意識が浮上する。
身体のあちこちが痛い。
ゆっくり目を開ければ、闇にうっすらと地形が浮かびあがる。
「……」
とりあえず、生きていた。
安堵なのか何なのか、ふうー、と息を吐き出す。
「起きた?ハルト君…」
「ん、あ?ディティア…?」
いきなり頭の上側から声がして、俺は驚いて起き上がろうとした。
すると、むずっと両頬を挟まれて、元の位置に戻される。
…お、おお?
温かい感触が後頭部に。
「…膝枕なんてファルーアはしてくれたことないな、ちょっと感動してる」
「あんた消し炭になりたいの?」
「あっ、ファルーアさん居たんですねごめんなさい」
思わず放った言葉がブーメランになった。
右の方に視線を走らせると、ファルーアが穴の先を窺っているのが見えた。
俺は声を殺して笑っているディティアを見上げる。
「…えっと…ごめん、状況が知りたいなー」
簡単にいうと。
俺が落ちて揺れが止み、皆は後を追ってきてくれたらしい。
つまりここは洞窟の中で、グランとボーザックはファルーアが窺う穴の向こうで偵察中とのこと。
「ごめんな、俺のせいで」
もう大丈夫と伝えて身体を起こす。
腕を回したり、足を動かしたり。
「擦り傷と打ち身くらいかな…動けそうだ」
「あれだけ落ちたのに、それだけで済んだなら奇跡ね」
「うん…ハルト君ほんとに大丈夫?頭とか打ってない?」
「硬化のバフ重ねたから」
答えると、ディティアが驚いた。
「あの瞬間にバフ出来たの?」
「あぁ。でもそれくらいしか出来なかったから…もう少し受け身とか出来てたら違ったかなぁ」
「充分な気もするよ…」
「ところで、ここが落下地点?」
見たところ天井は塞がっている。
「あ、ううん…ハルト君はもっと広いところに落ちたんだけど…」
「おお、起きたか」
そこにグラン達が戻ってくる。
「ごめん、落ちた」
手を上げて答えると、ボーザックが駆け寄ってきてがしっと俺の肩を掴む。
「ホントだよ!よかった、俺、心臓止まりそうだったんだよハルト…!」
足元が崩れて逃げた時、無事に着地したボーザックが俺を振り返って…驚いた顔をしたのを最後に、意識が途切れている。
そりゃあ心配するよな…。
「悪かった、大丈夫だよ」
ほっとしたのか、ボーザックは頷いて手を離した。
「落ち着いた?ボーザック。…それでグラン、どうだったのかしら?」
「あぁ…ありゃあ相当な大物だ…」
大物?
「うん、どう見ても大規模討伐依頼の対象でしょ」
大規模討伐……??
話が見えない俺は、?を浮かべていたと思う。
「あー、実はねハルト君。ハルト君が落ちた広場に、どうもドラゴンみたいなのがいてね…」
ディティアが告げる。
「っ、どらっ…むぐむぐ」
「ハルト、しーっ!!」
ボーザックが叫びかけた俺の口を塞ぐ。
「壁沿いに海側に出られる道があった。ドラゴンの出入口はそっちだな。俺達はドラゴンにとっての通気孔みたいな場所から入ってきたらしい」
「え、それで?どうするの?」
「お前が動けるならここから脱出する。オルドーアに戻ってギルドに報告するぞ」
「それがいいわね。私達だけでの討伐はどう考えても無理だし、それに、発見ボーナスがあるはずよ」
発見ボーナス。
大規模討伐の対象や、調査対象になる遺跡などを発見、報告した場合、討伐後や調査後に報酬が貰えるシステムのことだ。
その規模や難易度によって報酬が多くなり、名声に繋がることもあるそのボーナスは、中々お目にかかることは出来ない。
俺達は顔を見合わせて、頷いた。
******
ドラゴンが奥の方で休んでいる。
正確な大きさは丸まっているのでわからないけど、恐らくは大型帆船くらいあるだろう。
翼を広げたらそれ以上だ。
暗くて色もよくわからなくて、情報は得られそうに無かった。
こんな奴の討伐がどんなものになるかは全く想像が付かない。
背中側にいる俺達は、ゆっくり、慎重に、壁伝いに広間を抜けた。
上から光がこぼれている。
上手いこと段になった岩場を登り切ると、俺が落ちた場所まで戻ってくることが出来た。
「……」
しばらくの間、全員無言。
緊張のためか、息すらつめていた。
「……なあ、でかかったな」
グランが、最初にぽつんと言うと、その緊張がぷつりと切れる。
「うわあ、俺達、なんかすごいの見付けたな」
息と一緒に思いを吐き出して、各々が岩場にへたり込んだ。
「はあーー、ハルト君、ほんとに無事でよかった…」
「まあ、落ちてくれなかったら、あれは見付けられなかったわね」
「確かに…ハルト見捨てるとか絶対無かったしね」
「ははっ、ボーザック、嬉しいこと言うなあ」
ほっとしたところで、最初にディティアが立ち上がった。
「とりあえず、薬草持ってオルドーアに帰ろう、いつドラゴンが動くかもわからないし急いだ方がいいよ」
******
ギルドの動きは早かった。
すぐにギルド員の偵察が出され、同時に俺達パーティーの発見ボーナス権利が確定される。
ただし、それが大規模討伐対象になった場合に認められる権利だけどな。
その近辺の依頼は全て中断されて、冒険者達も騒然となった。
俺達は偵察の結果を数日待つことになり、すっかり忘れていたパーティー名に頭を悩ますこととなる。
「どうするか。大規模討伐依頼の発行があるとして、発見したパーティー名が同時に公表されるのは想定外だ…」
ここは宿に併設されたバー。
まだ早い時間だけど、冒険者らしい人達でかなりの賑わいを見せている。
グランがお酒を片手に唸っているものの、すっかり出来上がったボーザックは既に夢の中。
調子よく飲み始めるのにすぐにこれだ。
「うーん、格好いいのがいいなあ俺」
「厳つすぎるのは嫌よ」
「覚えやすいのは大事じゃないかな?」
各々勝手を言いながら、あーでもないこーでもないと話していたので、俺はディティアに聞いてみた。
「例えばどんなのがある?」
「私が覚えてるのは…漆黒の剣、ライトニング、セイントウイングとかいうのもあったなあ…有名なのは閃光の2つ名がいるグロリアス…とか?」
「確かにグロリアスは聞いたことあるな」
頷いていると、投げやりになったのかファルーアがグランに聞いた。
「グラン、好きな食べ物は?」
「肉」
「話にならないわね。好きなお酒は?」
「ビール」
「……。好きな花は?」
「あ?……白薔薇」
「ぶっ…!」
「うおっ、馬鹿野郎ファルーア!きたねぇだろ!」
「あはっ、はははっ、ごめんグラン、ちょっと想定外だったわ!」
可愛らしいピンク色のカクテルを吹き出して、彼女はからからと笑う。
あー、ファルーアも酔ってるなあ。
「へえ、グランさん白薔薇が好きなんて素敵ですね」
にこにこしたディティアは状況を無視して話を進め始める。
「そうしたら、その白い大盾ってもしかして白薔薇モチーフなんですか?……あ、花びらの形とか?ふふっ、似てる気もします!」
これ、酔ってるのかなあ。
グランはファルーアが吹いたお酒を拭きながら、ちゃんとディティアの話も拾う。
「まあな……こいつは確かに白い薔薇の花びらがモチーフだ」
「え、そうなの?」
「そうだ。絶妙な曲線だろ?…おい、ボーザック…お前、酒かぶってるぞ、起きろ」
なるほど、言われて見たら確かに花びら……なのかなあ。
「あー、じゃあパーティー名、白薔薇にしませんか?」
何故か手をたたきながらディティアが言う。
ファルーアも笑い転げながら頷いた。
「あははっそうしましょ!気に入ったわ!」
「おーい、ハルトー、こいつらなんとかしろー」
俺は困り果てるグランに苦笑してみせた。
******
「大規模討伐依頼、決定です」
翌日、ギルドに呼び出された俺達はそう告げられた。
書類にパーティー名『白薔薇』と書き込む。
ボーザックだけは初耳だったけど、理由を聞いてぷるぷるしていた。
「笑いたきゃ笑えよ…」
グランは投げやりだ。
ギルド員は手続きを終わらせると、大規模討伐依頼の依頼用紙を持ってきた。
「……私達ギルドとしては、是非、疾風のディティアさんに協力してもらいたいです」
開口一番、ずばり言われた言葉に、ディティアの表情が強張る。
俺達も、想定はしていたことだった。
けれど、報された情報に、俺達自身も固まってしまう。
「今回の対象は飛龍タイラントです。彼の龍は数十年に1度、大きな街を襲っている記録があります。恐らくはその周期で狩りをしているものと。どうやら定期的に移動する性質を持ち、住処が特定されたのは初めてです。あの洞窟は最近現れました。頂いた情報から察するに、地震が原因で地表に穴が出来たのでしょう。元々ガイアシャークの群棲地だったので立ち入る人も早々いなかったので、今回の発見はかなり有益なものです」
内容を聞いて、ぞわりと鳥肌が立つ。
冒険者なら、養成学校で必ず学んでいるはずだ。
飛龍タイラント。
教科書に出てくるドラゴンは何体かいる。
それだけ危険な魔物だからだ。
その中でもタイラントは凶暴なドラゴンとして知られ、しかもまだ討伐出来てないことから、名を上げたい冒険者達がこぞって探すほどの魔物である。
1番最近で、確か俺が5歳くらいの時に狩りが行われた。
壊滅した街の名前は『バルア』だったと思う。
ここからはだいぶ離れた山岳地帯の街だ。
冒険者は飛行する龍に対応する術が無く、数時間で街はやられてしまった。
逃げ果せた人々もいたが、街の人口の半分にも満たなかったはずだ。
そこから、対飛行魔法なんかも数多く発達して、戦いの発展に繋がってきた歴史がある。
まさか、そのドラゴンを自分達が発見するとは思ってもみなかった。
「そんな大物…だったのか」
グランが、さすがに驚いたのか髭をさすった。
「発見ボーナスも相当なものでしょうね」
ファルーアが言うと、ギルド員は頷いて答えてくれる。
「はい。討伐に参加、かつ成功すれば、恐らくは発見ボーナスとして名誉勲章が出ます」
「め、名誉勲章!?」
ボーザックがひっくり返りそうになる。
名誉勲章はギルドが発行する認証カードの上位版だ。
名のある冒険者もそうそう持っていない、まさに夢のカードである。
これがあると、なんと国家間の移動で手続きが簡単になり、かつ国からの依頼を任されることもあるんだとか。
ギルド員はその反応に満足したのか、俺達を見回して、ゆっくりと告げた。
「皆さんで、有名になりませんか?」
続きは順次投稿していきます。
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