銀狼は美しいので。③
ノクティア側の国境の街、タパはトラディスとよく似た雑多な街だ。
冒険者だけでなく行商人も行き交う交易の街は、文化が混ざり合うらしい。
眼下に広がる街を見つつ、ザラーン達討伐部隊が先に行くのを見送ることにした。
「白薔薇、本当に世話になった」
ザラーンははげかけた頭を律儀に下げて、にやりと笑う。
「また会うことがあれば、俺達でよければ力になる。それから、ギルドにも報告しておくからな」
他の冒険者達も、思い思いに礼を述べて、山を下りていく。
残った俺達は、ナンデストと白い狼、それからちびフェンリルと共に、思い思いに今回の討伐について考えていた…はずだ。
「それで、どうすんの?」
俺はグランに聞く。
グランは、眉間にしわを寄せながら唸った。
「どうするもなにも……お前ら、どうして着いてくるんだ?」
話しかけた先には白狼とフェンリル。
彼らはすまし顔でお座りしている。
そうなのだ。
何故かこの魔物達、山脈越えの間ずーっと一緒にやってきた。
思い思いに狩りをして、獲物を分けてくれることもあったりする。
大抵はそのまま引きずられてきた猪型の魔物。
ごく稀にはウサギも獲ってきてくれた。
もう街なんだけど、俺達から離れないので、ザラーン達を見送ることになったってわけ。
「もういっそ、俺達の魔物ってことにする?」
ボーザックが白狼を撫でる。
そう、一応冒険者には、魔物使いなる職業の奴がいたりするんだけど。
なんてったって俺達バッファーより少ないんだぞ?
希少も希少。
大抵は森や山で暮らす狩猟民族から冒険者になった人達で、魔物と旅をするらしい。
「……そうは言ってもなあ…、こいつら、それだと可哀想じゃないか?」
グランは髭を擦った。
「そうね、自然で暮らす方が幸せなんじゃないかしら」
ファルーアも憂い顔。
聞いてた俺は、白狼とフェンリルの前にしゃがんで話しかけた。
「おい、一緒に来るか?」
するとどうだろう。
白狼達はすくっと立ち上がって、尻尾を振った!
「えっ、何、お前達実は犬なの?」
「喜んでますねぇ」
ナンデストも感心している。
「3匹かあ、宿とかどうするのかな?」
「魔物使いって泊まれないことあるんだろ?」
「でも大型犬ってことにしたら?」
「いや、でかすぎるだろ……」
ボーザックとグランが会話してるのを聞きながら、俺は地面にあぐらをかいた。
「なあ、俺達といても、街とかも寄るし、楽しくないかもしれないぞ?」
白狼は、頭を垂れる。
その瞳は、爛々と俺を見ている。
「あとは、他の魔物とたくさん戦うし、お前達の仲間もいるかもしれないぞ?」
白狼達は耳をぴんと立て、話の続きを待っている。
「誰か噛んだりしたら、殺されちゃうかもしれない。言うことも聞いてくれないと駄目なときもある」
尻尾は振られたまま。
「それじゃあ最後な。お前達、俺の言ってることを理解してるんだな?」
『がうっ』
……おお。
ちょっとした感動が俺を包む。
瞬間、ディティアが白いもふもふに文字通り突っ込んだ。
「グランさんー、私面倒見ます!もふもふなんです、もふもふなんですよ!!」
「お、おう……」
こうして、俺達はファインウルフとフェンリルを連れて、山を下りることになった。
ま、名誉勲章も持ってるし、なんとかなるだろ!
*****
ざわざわ。
ざわざわざわ。
俺達は人集りに囲まれているけど、その距離感はすごーく遠い。
ファインウルフとフェンリルは、なんて言うか堂々とした歩きっぷりで、ことフェンリルに関しては本当に気品がある。
いつも俺に喧嘩売ってくるやつには見えない。
美しい毛並みと、後ろに誇らしげに控える両親が、なんて言うかやばい。
神々しい。
「わー、俺達大人気ー」
ボーザックが遠い目をしながら呟くのを、ファルーアが鼻で笑う。
「私達が付き人みたいだわ」
うん、確かに注目を浴びてるのはファインウルフとフェンリルだ。
まあ、本人?達はむしろもっと見て!って感じだけど。
一緒にいるナンデストも笑った。
「今までで1番幸運な山越えだったかもしれません」
あー、そういえば絶望的な疫病神だったっけ。
あんな依頼に巻き込まれたしなあ。
あながち不幸は舞い込んできたような気もする。
前を歩くフェンリル達を思えば、幸運だったとも言えるけど。
「僕の疫病神っぷりを塗り替えるほどの幸運の持ち主がいるのかもしれませんねぇ」
言いながら、ディティアを眺めているナンデスト。
……それ、ディティアには言わないでほしい。
「ナンデスト、その言葉は…」
「疾風のディティアさん、貴女は幸運の女神ですね!」
俺は、頭を抱えた。
ディティアは驚いた顔をする。
「えっ?幸運??」
「おい、ナンデスト……」
小声で呼ぶが、我関せず。
ナンデストは見事に地雷を踏み抜いてくれた。
「貴女のような人がいれば、大規模討伐依頼も文字通り快勝なんでしょう?」
「ナンデスト…!」
俺は目を見開いたディティアを横目に、ナンデストを引っ張った。
グランとボーザック、ファルーアが、それぞれ鬼のような形相で見ているのに気付き、ナンデストは漸くやらかしたことを悟った。
「あ、あれ?」
「あのさ……」
説教してやろうと思ったら、先に声がかかる。
「ナンデストさん」
はっとする。
ディティアが、困った顔で笑っていた。
心臓が、ぎゅっとする。
「私、前の仲間を大規模討伐依頼で亡くしてます…だから」
せっかく、楽しそうに笑うようになったのに。
「幸運っていうのは、ちょっと違うかなあ…」
瞳を伏せてしまう双剣使いに、ナンデストが絶句する。
彼女に、小さな銀狼がそっと寄り添った。
******
ギルドに到着し、珍しいフェンリル達をファルーアとディティアに任せる。
ギルド員と話をするのに、ナンデストも連れてきていた。
「……すみません」
しょんぼりと肩を落としているその姿は、ちょっと可哀想なくらい落ち込んでいる。
…だから、俺達が重ねて怒ることはしない。
知らなかったことだし、こいつは褒めようとしていたんだし。
「……仕方ない部分もあったからな、次は気をつけろ」
グランも、デカイ手でナンデストの肩をばしりとやるくらい、しぼんでいる。
「とりあえず、報告しちゃおう」
場を取り持つボーザックに、俺達は頷いた。
「あのー」
「はい、ご用件はなんでしょうか?」
「あそこのフェンリル達、俺達の魔物なんだけど…登録とかあるのかな?」
聞くと、背が高めのギルド員は目に見えて驚いた。
「!、貴方達魔物使いですか?珍しいですね……しかもフェンリル…?」
「まあ、魔物使いではないんだけどね」
ボーザックが付け加えると、ギルド員は首を傾げる。
「そうですか……とりあえず、躾も出来てるみたいですし、パーティーの所有物としての登録は出来ます。物扱いで申し訳ないんですけど、いいですか?」
「まあ、仕方ねぇだろ」
グランの同意を得て、俺も頷いた。
「それでは認証カードと、出来れば、所有の証が欲しいです」
「所有物の証?」
「ええ、なんでもいいんですが、その、首輪とか」
首輪……。
あ、そういえば?
俺は紅い腕輪を五人分取り出した。
「龍革の首輪とかどうかな」
作ったけど、渡しそびれていたものだった。
「おー!いいじゃん!」
ギルド員とナンデストが、「龍革…?」と首を傾げる。
俺は名誉勲章を引っ張りだし、ギルド員に見せた。
「……あっ!」
ギルド員は小さく声を上げて、そのままお待ちください、と席を外したのだった。
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