銀狼は美しいので。②
唸り声をあげるフェンリル。
呆然と見つめる俺達。
「……か、可愛い……」
ディティアが思わずと言った様子で呟く。
後ろではメイジ部隊が崖下に向かってばんばん魔法を放っている音。
フェンリルは、崖上の敵を単独撃破しようとたったひとり?でやってきたんだろう。
「……こいつ勇気あるなあ」
俺も思わず褒めてしまった。
とは言え、これは討伐依頼。
こいつは、俺達に牙を剥いている。
フェンリルは、再度駆け出すと、今度はディティアにターゲットを変えた。
銀色の風が、疾風とぶつかる。
しかし、彼女は強かった。
牙をいなし、弾いて、何度も交錯する。
諦めない銀狼と、躊躇いがあるディティアは、恐らくほっとけば何時までもそうしてたんじゃないだろうか。
「ディティア」
グランの声に、ディティアはくるりと回ってフェンリルを叩き伏せた。
「ギャンッ」
悲痛な声をあげたものの、フェンリルは素早く飛び離れて距離をとる。
「ごめんなさい……」
「魔物だからなぁ、こいつも」
グランも、少し悲しそうな顔に見える。
こんな小さな奴でも群れを率いてたと思うと、やっぱり魔物であることに間違いは無いんだよな。
「ここでやらなくて、誰かがいつかこいつにやられたら。それは、恐いなって思う」
俺はそう言って、ディティアの前に立った。
……ディティアにやらせるのは、可哀想だと思ったんだ。
俺で敵うかわからないから、グランを見る。
グランは、頷くと大盾を構えた。
「ハルト君…」
ふうー…
「ふっ」
呼吸を整え、踏み切る。
フェンリルが呼応するように突進。
がちっ、と牙が双剣を捉える。
ディティアみたいに上手くいなせなかった。
くそ、やっぱり俺、まだまだ弱い……!
俺は振り払うようにして退けたけど、着地してからの銀狼は速かった。
「…っ」
ドッ!
グランが間に割って入り、盾で弾いてくれる。
俺は反動を利用して後退するフェンリルを追いかけて、着地を狙う。
が。
「おーっとあぶなーい」
ひょいと。
跳んできたフェンリルの首根っこを掴み、悠々と抱え上げたのは……。
「ちょっ、ええ!?ボーザック!?」
どっから出てきたんだよってくらい気付かなかったんだけど。
「よしよしーもう平気だよ」
フェンリルは一瞬抵抗したんだけど、何故かすぐに大人しくなった。
え、何だこれ?
呆然とする俺とグラン。
眼を丸くしたまま見つめているディティア。
「間に合った、ファルーア、いいよー」
「任せなさい」
さらに、メイジ部隊の横にはいつの間にかファルーアがいる。
そして。
「ハルト、威力アップ五重くらいにしてくれないかしら?」
戦慄する程の冷たい声で、ファルーアが言った。
こ、恐いんだけど!?
俺は必死に頷いて、できうる限りの高速でバフを重ねる。
ちなみに…五重は動けなくなりそうなので、三重にしておいた。
彼女は頷くと、崖下に向かって声をあげた。
「ちょっとさがりなさい、塵にするわよ」
たぶん、崖下の仲間に向けた台詞なんだろう。
けど、近くのメイジ部隊も、すすっ、と下がった。
よっぽど恐かったんだろう。
ズオオオォォ……
ファルーアの白い杖の上に、炎が聞いたこと無い音をたてて渦巻く。
熱いのは確かなんだけど、何故か冷や汗しかでない。
「燃え尽きなさい」
炎の塊が、崖下に沈んでいく。
……ガロンウルフは、あっという間に、文字通り塵と化した。
******
「もういいよ」
ボーザックの声に茂みから出てきたのは、2匹の真っ白な狼型の魔物だった。
狼じゃないってわかるのは、そいつらが2メートルくらいあったからだ。
「か、可愛い!」
ディティアが声を上げると、ボーザックが降ろしたフェンリルが、その2匹に駆け寄って甘えだした。
あ、もしかして…。
「お父さんとお母さん?」
ディティアが先に口にする。
戻ってきたファルーアが頷いた。
「そうよ、この3匹がガロンウルフの群れに虐められてたから助けたの」
「えっ?」
……事の顛末はこうだ。
この白狼はファインウルフ。
狼型の魔物にしては珍しく、交戦を好まない優しい性格をしているらしい。
そして、その間に生まれたのがちびフェンリル。
どうやら、ガロンウルフからじゃなくてもフェンリルは産まれるらしい。
こいつらは、たぶんフェンリルを警戒したのであろうガロンウルフ達に殺されかけ……もとい、虐められていたんだろう。
そのガロンウルフの群れに討伐依頼がくだり、逃げるフェンリルを追うガロンウルフを追う冒険者達って構図が出来上がったと。
そういうことらしい。
「ファルーアがぶち切れてガロンウルフを蹴散らしたら、フェンリルもびっくりして逃げちゃったんだ」
だから親と一緒に追いかけてきたんだー、と、ボーザックは呑気なことを言う。
……俺、危うく討伐しちゃうとこだったんだけど……。
っていうか、けっこう格好良いこと口走って倒そうとしたんだけど……。
うずうずしていたのか、ディティアは白狼にそろそろっと近付く。
「さ、触ってもいい……かな?」
話しかけだしたので笑っていたら、なんと白狼自らそっと鼻先をディティアに寄せるじゃないか!
「うわあぁーー、ふわっふわぁーーー!」
もふもふし出すと、白狼も心なしか幸せそうな顔。
……やばい。
俺も触ってみたいかも……。
ディティアに倣ってそーっと近寄ると、ひょこっと前に出てきたフェンリルに尻尾で叩かれて、フンッと鼻を鳴らされた。
「な、何だよ…」
「ハルト君、馬鹿にされてるね」
「……」
俺はフェンリルにさっと手を出した。
しゅぱっ
避けられて、
ばしっ
尻尾で叩かれる。
「……失礼なやつだな」
思わずこぼすと、美しい銀狼に笑われた気がした。
……そこに。
「僕も触っていいでしょうかっ」
メイジ部隊といたナンデストがさっと現れると、フェンリルは白狼の後ろに隠れてしまう。
「馬鹿にされてるぞ、ナンデスト」
腹いせに言うと、ナンデストは憤慨した。
「疾風のディティアさんの足元にも及ばない奴に言われたくないです」
「……なっ」
なんだよその言い方はっ!
事実だからこそ反論さえ出来ない。
俺が鼻を鳴らすと、フェンリルが顔を出してフスーッと鼻を鳴らしてきた。
「……このー!もふってやるからな!!」
フェンリルを追い回すと、風のように逃げ回られる。
……捕まえることは、出来なかった。
******
そうして、封鎖部隊と合流。
討伐依頼は無事に完了されたことを確認。
封鎖部隊の最前線を張ってくれたザラーンは大きな白狼と小さなフェンリルに若干引いていた。
そんなこんなで、白狼ファインウルフとフェンリルについては、俺達で預かることになったわけだけど。
そうは言っても、もうガロンウルフもいないしな。
ボーザックがもう大丈夫だと笑うと、彼らは嬉しそうだった。
フェンリルにいたっては、ことある毎に俺を尻尾で弄っては飛び離れていく。
「何だよ、遊んで欲しいのか?」
じり……。
ゆっくりと両手を広げて、近寄る。
今だっ!
しゃっ!
「あっ、くそー!」
逃げられた。
「ハルトさんは駄目ですねぇ、ほら、おいで」
ナンデストが張り合ってくるけど、フェンリルはぷいっとそっぽを向いてしまう。
俺には触れてくる分、俺の方が上だよな?
しかし。
「ふふふ、ほら、美味しいですよー」
ナンデストが差し出したのは、何かのチップス。
フェンリルは最初訝しげだったけれど、匂いをかいだが最後、ナンデストからチップスを貰って貪りだした。
「ふへへ」
やばい。
すげー悔しい。
そんな俺達を、皆が生温く見守ってくれているのだった。
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