ノクティアは初めてですか。③
王都いちのお菓子屋ナンデスカットはナンデスカが創業し、50年続く有名な店。
見目麗しく味と食感にこだわった数々のお菓子が、店頭に毎日並ぶという。
それを作る職人達は、朝から夕方まで、お菓子を作り続けるんだとか。
「……僕は年に何度かラナンクロストまでやってきて、流行のお菓子やラナンクロストの文化に触れ、新作を作るのが仕事です」
ナンデストは自分の仕事について教えてくれた。
俺達は名前だけ名乗り、パーティー名も2つ名も伏せることにした。
うん、特に意味は無いんだ。
ファルーアとディティアが相手をしてくれるので、俺達もナンデストも喜ばしいことこの上ない。
ただ、聞かなければならないことがある。
「あのさ、絶望的な疫病神って呼ばれてるって聞いたんだけど、何があったんだ?」
ナンデストは大きな眼をぱちぱちさせて、笑った。
「いやあ、僕は余り気にしたことないんですけどね、前は山脈で地割れにはまりました。最近地震が多いんですよ。で、その地割れが結構深かったので、冒険者の皆さんに引き上げてもらってる間に魔物に遭遇したりとかで、慌てた冒険者の皆さんも落ちてしまったんですよ」
うわー、笑えない-。
「その前は、大型魔物の群れが山脈を移動してるところに遭遇しちゃいましてね。しかも、はぐれた子供を前日に料理してしまったので…臭いがついてましてね。追い回されました」
……。
「極め付けは、すごいですよ!飛龍タイラントが頭上を飛んでいったことがありまして!驚いた地上の魔物達の暴走に巻き込まれました」
………う、うわぁ。
それでよく生きてられたなぁ…。
「そういえば飛龍タイラント、ラナンクロストで討伐されたんですってね。その時の様子が分かれば、お菓子に盛り込める気がするんですけど!皆さんは知りませんよね。ふへへ」
ざわぁっ
ギルド内がざわめく。
もちろん、俺達が白薔薇と知っている冒険者達が立てたさざ波だ。
俺達は彼らに生温い笑みを送って、ナンデストの続きを待った。
「あ、では皆さん、今更ですが王都までどうぞよろしくお願いしますね。大丈夫です、魔物達に遭遇しても戦わず逃げれば大半はなんとかなりましたしね」
******
翌日、俺達はノクティアへと移動を開始した。
ナンデストは昨日と同じ、謎のケーキマークの黒服だ。
装備……らしいものは無く、大きなリュックを背負っているだけである。
これは戦闘の時にかなり骨が折れそうだなぁ…。
普通の商人でも、長旅の時は護身用のナイフ持って厚手の革服くらいは着てるイメージなんだけど。
「ナンデスト、リュックには何が入ってるのかしら?」
ファルーアが隠しきれない不安を滲ませながら聞いてくれた。
少し…かなり眉間にしわが寄ってるぞ。
「これはお菓子を作る調理器具と大まかな材料ですよ!道中で簡単なケーキくらい焼きますから楽しみにしててください」
……あっ、餌付けされた。
ファルーアとディティアの顔がぱっと明るくなったのだ。
俺はグラン達に首を振った。
グラン達も、肩を落としている。
山越えには最短距離で1週間らしい。
そこから、王都までが3週間。
山を下りて馬車がつかまれば1週間かからないくらいだな。
さて……疫病神様のお手並み拝見と行きますか…。
山は木々が鬱蒼と茂る樹海から、だんだんと岩場に変わっていく。
最短距離で登ろうとすると切り立った崖や谷に行く手を阻まれるため、昔から使われている道を行くんだけど。
高さに身体を慣らすためもあって、緩やかに山脈伝いになっている道はそんなに広くなく、獣道みたいな場所もある。
俺達は真ん中にナンデストを挟むようにして歩いていた。
五感アップをボーザックとファルーアにかけて、ディティアには反応速度アップを。
俺とグランは何もせずに、とりあえずそのままで歩く。
今日は中腹にある山小屋まで目指す予定だったんだけど。
出るわ出るわ、魔物達が。
何故か、出会い頭に飛び出しちゃったような感じで鉢合わせるんだよなあ。
ディティアにも五感アップを重ねて警戒させると、すぐに次の魔物。
「次、左からくるよ」
「前方にも何かいるー」
ディティアとボーザックが同時に索敵。
俺達はさっきからずっと武器をしまえないでいた。
「左はまかせてね」
「ボーザック、俺と前だ。ファルーア、ハルト、そいつを頼むぞ」
「わかったわ」
「はいはーい」
幸い、出てくる奴らは弱かったんで、今のところは何とでもなる。
ディティアがあっという間に草型の魔物を切り裂くのを、ナンデストは感心したように見ていた。
「はあー。彼女は強いですねぇ!冒険者には有名な女性の双剣使いがいるそうですが、中々いいところまで認めて貰えるんじゃないです?ふへへ」
「うん、参考までに聞くよ。そのすごい双剣使いの名前はわかるのか?」
「もちろん!と言いたいところですが……何でしたかね、順風満帆みたいな感じでしたかね、順風?威風?」
そっか。
一般の…いや、有名な菓子職人からすると、冒険者なんてそんなもんなんだなあ。
ディティアが聞いていたのか思いっきり苦笑いしてる。
そうしてる内に、グラン達はでっかいイノシシ風の魔物を仕留めた。
「今日の晩御飯には十分だねー」
ボーザックが手を振る。
ところが。
「待って……左からまだ何か来る」
「後ろからも来てるみたいだわ」
またもやディティアとファルーアが反応した。
「ええ、後ろから?」
俺は仕方なくファルーアよりも後方に出る。
「ハルト君、大丈夫?」
「危なかったら頼む、左のは任せた」
「うん!」
やって来たのはグラン達と同じ相手だった。
イノシシ風の魔物で毛が長く、口元から2本の牙が上に向かって突き出ている。
余裕があれば毛皮を剥いで売るといいんですよーとナンデストが呑気に言った。
「あら、毛皮を剥いだり出来るの?」
「僕は無理ですよ」
「想像通りね」
「ふへへ」
気の抜ける会話を続ける2人をとりあえず意識の外に置く。
とりあえず何かあっても、ナンデストはファルーアが守るはずだからいいよな…。
魔物はどうも気が立ってるらしい。
よだれをこぼし、目を血走らせている。
……何か嫌な予感がする。
俺は双剣をかまえ、肉体強化のバフをかけた。
イノシシ風の魔物が突進の準備を始めたので、先に仕掛ける。
1回スピードに乗るとそうそう曲がれない奴だから、ファルーアとナンデストが危なくなるし。
魔物は俺が肉薄すると角を振った。
ギィンッ
双剣でいなして、顔を蹴飛ばす。
魔物はよろめいて後退。
さらに追いかけて一撃。
その時、魔物が俺じゃない何かに気を取られたのがわかった。
「…っ」
咄嗟に、その視線を追う。
魔物は斜面の上の方を見ていた。
明らかに怯えるその仕草に、不安が募る。
ザザッ
一瞬の隙に、踵を返した魔物が麓の方への茂みに駆け込んでいった。
「…何だったんだ?」
目をこらしても、斜面の上の方に続く茂みには何も見えない。
五感アップを二重にしてみたけど、わからない。
「ハルト君!大丈夫!?」
「…あ、うん」
俺は双剣を握ったまま、ディティアに答えて皆と合流した。
本当に、何か嫌な予感しかしなかった。
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