ノクティアは初めてですか。②
あれよあれよと個室に通される。
ちょっといたずら心で、俺はギルド員に声をかけた。
「この依頼、多少弱くてもこなせるんだよね?」
ギルド員はどばぁーーっと大量の冷や汗を噴出させる。
うおぉ、すげー。
「あっ、あっ、あの、そりゃあもちろん、白薔薇様でしたら難なく、難なくですよっ」
「ははっ、ごめんごめん。冗談だから心配しないで。ありがとう」
ぱたぱた手を振ってみせると、彼女は涙目で項垂れた。
「逆鱗のハルト様の逆鱗に触れたかと思いました…」
ぴくりと顔が引き攣る。
見ていたディティアが笑う。
「ギルド員さん、今の言葉が逆鱗に触れてますよ」
「ぅええええーーー!?もっ、申し訳ありませんっ」
そんなこんなで、しばらくお待ちくださいと彼女は慌てて逃げていった。
******
入ってきたのは細身のお婆さん…だった。
白髪をだんごにして、ふちの尖った眼鏡に鋭い瞳、例によって赤いリボンをつけたギルドの制服。
姿勢は素晴らしく、きびきびした姿に、先生のような雰囲気を滲ませている。
「初めまして皆様。私はトラディスのギルド長、タバサです」
あちなみにトラディスってのはこの国境の街の名前だ。
「白薔薇のグランだ」
代表でグランが握手する。
「どうぞお掛け下さい」
…そもそも何で個室に隔離されたんだろうな。
俺達は訳も分からず座った。
「皆様は、王都で依頼を受けられましたね」
「ああ。知ってるのか?」
「はい。国家からの依頼ですので、もし白薔薇の皆様をお見掛けすることがあれば万全のサポートをするように各地に伝達が成されております」
「…え、そんなに?」
ボーザックが目を丸くすると、彼女は眼鏡のふちをそっとなぞって、頷いた。
「私は、皆様にノクティアの作法をお伝えしようかと。ノクティアは初めてとお伺いしておりますわ」
「作法?」
「はい。冒険者としてのお立場故に、それほど固くなることはございませんが、やはりギルドの代表としていくらかは礼儀正しく振る舞っていただきたいので」
あ、恐い。
キラリと眼鏡が光る。
俺はさあっと背中が冷えた。
…これ、古代遺跡でザラスさんを初めて認識した時よりぞわっとくるぞ。
「そのため、よろしければ2日、お時間を下さいませ。皆様がお受けになるご依頼の出発には間に合わせますので」
これ、断れないやつだ-。
俺達に選択肢は無かったのである。
******
「ボーザック様、手の位置が違います」
「うう、はい」
「グラン様、笑顔が堅苦しゅうございますよ」
「うぐっ、…こ、こうか?」
「より堅苦しゅうございます」
「……」
スパルタ。すごいスパルタだ。
俺達は挨拶の方法と、簡単な知識を叩き込まれた。
すんなりこなしたのはディティアとファルーア。
ディティアはノクティアに行った事があるらしく、ファルーアに至っては天性のものなんだと思う…。
しかし。
「疾風のディティア様は、ノクティアでの大規模討伐依頼に参加されておりましたね」
「はい、3年くらい前になりますが」
「大剣やロングソードの方々より大活躍だったとお伺いしておりますわ」
「ええ、そんなことは…」
「ノクティアでは謙遜せずに御礼を述べましょう、そちらの方が喜ばれますよ」
「あ、あうう、はい…」
スパルタ。すごいスパルタなのだ。
ちなみに、受け答えに関してもファルーアはさらりとこなした。
タバサさんが感心したくらいだから、相当なもんだよな。
恐るべし、ファルーア。
こうして、2日間はあっという間に過ぎ去り、国境の街トラディス内でも俺達白薔薇の名前は広まっていた。
主に、タバサさんに教育されている姿を見られているわけだけど。
3日目、タバサさんにやっとOKをもらって、俺達は解放される。
グラン、ボーザック、俺にとってはげっそりする出来事だった。
そして、これからナンデスカットの依頼主と会うことになっている。
出発は明日のはずなので、顔合わせと、要望を聞く感じかな。
俺達はギルドの待合室のテーブルをひとつ確保して、しばしの休憩を堪能していた。
そこに…。
「あの!逆鱗のハルトさん、ですよね」
どこかで見たことがあるような、ないような、前衛のロングソード使いが声をかけてきた。
「えっと、そうだけど…」
「自分、タイラント戦に参加していた前衛です」
言われて、はっとした。
このロングソード使い、確か尻尾で弾かれた後に喰われそうになってた…!
「ああ!覚えてる!…大丈夫だったか?転がった時に怪我とかしなかった?」
思わず聞くと、彼は恥ずかしそうに頭をかいた。
「覚えてくださってたんですね…大丈夫でした…。あの時、バフくださって嬉しかったです。その、ずっと御礼を言いたかったんで」
俺は首を振る。
「いいよいいよ、あの時、実際にタイラントの注意を逸らしてくれたのはディティアとファルーアだし、動きを抑えてくれたのはグランやボーザックだ」
皆を見ると、彼は頭を下げた。
「白薔薇の皆さん、ありがとうございました!…実は、皆さんに助けられたこと、ちょっとした自慢にしてます。逆鱗のハルトさんにバフもらったっていうと、結構驚いてもらえるんですよ。自分のパーティーにバッファーはいないので」
俺は驚いて首を振った。
「そんな大したことじゃないよ!」
「そんな大したことなんだよハルト君」
ディティアがくすくすと笑う。
彼も頷くので、俺はそれじゃあと速さアップをかけた。
「おお」
「あの時はバフなんて感じる余裕無かっただろ、ちょっとは実感してほしいし」
二重にしてあげると、彼ははじけるような笑顔で喜んで、パーティーメンバーに見せたいと走って行った。
何となく嬉しい。
「有名になると、いいこと多いね」
ボーザックがその背中を見送りながら笑った。
待つこと30分ほどで、ナンデスカットの商人はやって来た。
うん、何の装備もしてない普通の格好は、ギルドだとよく目立つからすぐ分かる。
しかも、身体にフィットした黒い上着にはでっかいケーキのマーク。
その割に無地の茶色いパンツで、どういうわけか顔にクリームが付いていたから余計だ。
濃茶の髪と赤い眼の、ひょろっとした男性で、歳は俺達より下じゃないかな。
髪は短く刈ってあって、ぐりっとした大きな眼は猫みたいだ。
「初めまして、ナンデスカットのナンデストです」
ぶふ。
グランが吹く。
何ですと……?
「ふふ、覚えやすいでしょう?小さい頃はめちゃめちゃいじめられましたよ!」
ナンデストはにやりと意味深に笑い、つづけた。
「けれどお陰で知名度もすぐあがりました、まさに諸刃の剣ですよ!僕は思い直しました、こんなネタ満載の名前は売上になるんです」
すごい前向きさに、思わず感心。
でもやっぱり変な名前すぎた。
「ちなみに創業者はナンデスカです」
ぶーっ。
堪えられず、ボーザックが吹く。
「ふへへ」
ナンデストは変な笑い声をもらし、胸を張った。
「ノクティア王都いちのお菓子屋、ナンデスカット。よろしくお願いしますね!ところで、皆さんのお名前は?何か弱そうですね!」
ナンデストの台詞に、周りに居た冒険者達が一斉に振り返る。
信じられない者を見るような視線が突き刺さった。
うん、まさに、「何ですと!?」ってやつ!
「ん?あれえ?……僕、何か間違えました?」
きょろきょろして焦りだしたナンデストに、俺達は笑ったのだった。
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