ノクティアは初めてですか。①
正装を用意するにも持ち歩くのも面倒だ。
だから現地調達することにした。
別にラナンクロスト国の使者ってわけではないけど、みすぼらしい格好はパーティーの名前を売る上でもよろしくないだろうしな。
幸い、ファルーアたっての希望の店は、高級ではあるけど、冒険者でもそのままの格好で入れるカジュアルレストランとやらだったんだ。
普段冒険している人達でも、ちょっとした贅沢が味わえるように計らってるんだってさ。
「いらっしゃいませ!」
お店は繁盛していてしばらく待ったけど、少し遅めだったのもあって早く入れた気がする。
テーブルに着くと、ウエイターが水を出してくれた。
「メニューはこちら……あ」
「ん?」
眼が合う。
濃茶の髪に緑の眼は、ディティアに近い。
綺麗に短く整った髪に、つり目の少年は、頬を紅潮させて頭を下げた。
「あっ、し、失礼しました!……あ、あの、失礼を重ねてしまいますがっ、白薔薇の皆様でしょうか?」
「おお?そうだが…どうした?」
「…!」
少年はぱあっと笑顔になる。
つり目が笑うと優しい印象になった。
「う、うわあ!俺っ、いや、僕っ、闘技会でファンになりましたっ」
「んあ?闘技会で?」
「はいっ!」
ボーザックに嬉しそうに答える少年に、微笑ましい気持ちになる。
彼は改めてメニューを置いて、いなくなった。
「何かいいねーこういうの」
ボーザックが笑うと、グランもにやりとした。
「だな。この調子で行くか」
俺達は改めて、乾杯したのだった。
******
国境の街までは馬車で2週間かかった。
山脈の麓にある街で、ここを越えればノクティアだ。
ノクティアからの出入りも多いし、山越えの準備もあるから、この街は行商人も多く立ち寄る賑やかな場所になっている。
もちろん、ギルドも大きいんだ。
「何か良さそうな依頼とかあればやってこうぜ。ハルト!頼んだ」
「はいよー」
山越えの準備も多少はいるだろうし、お金だって無限じゃない。
このコツコツも大事なのである。
皆は先に宿を取っておいてくれることになった。
そんなわけで掲示板に目を通す。
もちろん、認証カード持ちの依頼だ。
「おっ?」
その中で、ちょっと面白そうな依頼を見つける。
『行商人の護衛任務、ノクティア王都まで』
ざっと見ると、報酬は行商人が成功時に払うものだった。
希望すれば一部前払いもOKってあるし、ある程度お金のある行商人なんだろうな。
平地ではあんまり護衛任務って無いけど、山越えともなると魔物も多いらしいし、こうやって依頼する人も出てくるってわけ。
…できればどんな人なのかは確認しておきたいなあ。
これで偉そうな貴族様とかだと、グラン達にどやされそうだ。
俺はとりあえず話を聞くべく、カウンターに向かった。
「こんにちは、ご依頼を受けますか?」
「検討中なんだけど、この依頼について教えてもらえないかな」
カウンターには小柄の女性がいた。
黒パンツに白シャツのギルドの制服に、赤いリボンを着けている。
ぐるっと見回すと女性はみんなリボンを着けていた。
このギルド特有の流行りなのかなあ。
目の前の女性は俺の持ってた依頼書を見て、すぐに追加書類を見せてくれる。
このスピード感は気分が良い。
「こちらは、ノクティア王都に店舗を構える商人さんですね。この街には年に数回はやってくるので、依頼の常連さんです」
「へえー、じゃあずばり聞くけど、人となりはどんな感じ?」
「そうですね、まさに商人さんですね。交渉事になるとがぜん頑張るタイプです。人柄は温厚で、ひとつだけ毎回言われているのが、絶望的な疫病神ってことくらいですね」
「うん、さらっとものすごく大事なこと言ったよね」
俺は逡巡した。
絶望的な疫病神ってなんだよ。
ギルド員はんー、とわざとらしい仕草で人差し指を口元に当てる。
「そうですねえ、でも誰も亡くなったりしてないし、不思議と達成されてるので、大丈夫でしょう」
「いやいやいや、不思議と達成?そんなひどいことが起こるのか?」
「そうですね、皆で遭難しちゃったとか、大型魔物にたくさん襲われるとか、そんな程度ですよ」
「程度の意味がわからないんだけど」
俺はため息をついた。
何か、一気に怪しい感じだし…。
「でもでも、王都でも有名なお菓子屋さんですから、お礼にお菓子が食べられるそうですよ!ナンデスカットって知りませんか?」
ナンデスカットって何ですかっと…。
心の中で呟いてしまってから、首を振る。
「ごほん。や、ごめん、知らない…」
「あらぁ、冒険者さん、ノクティアは初めてですか?」
「……そうだけど」
「それなら、お勧めですよー。初心者パーティーさんには難しいってだけで認証カード持ちの依頼にしてるので、多少弱くても熟せます」
……あれ、今さり気なく弱いって言われてないか?
俺は結局、情報だけもらって1度宿に向かった。
******
「ナンデスカットですって!?」
「ナンデスカットって言った!?」
案の定、我がパーティーの女性陣は食い付いてきた。
あ、やっぱ有名なんだ。
グランとボーザックの顔を見ると、何故かごほんと咳払いされた。
あー、今のは俺と同じやつだ。
「グラン、この依頼受けたいわ」
「私も賛成ッ」
一気にテンションを上げたふたりは、うっとりとお菓子に想像を巡らせてしまう。
これで断ったら、グランは相当叩かれるだろうなー。
それはそれで面白いけど。
「あー、そのナンデスカットってのは」
「何ですかっと…」
ボーザックがこそりと付け足すのをグランが殴った。
俺はじわじわきて笑いを堪える。
「ナンデスカットはノクティア王都で大流行中のお店よ。王族も御用達なんだとか!」
「ほろほろのクッキーに、柔らかいクリームをサンドしてるホロンとか、雪みたいな口溶けのチョコレートもあるんだって!…雪は食べたことないけど!」
女性陣はそんなのまるで聞こえなかったかのように、うっとりしたまま語る。
……絶対聞こえてたはずなのに。
兎にも角にも、もうどうしようもなかった。
絶望的な疫病神って部分は、ナンデスカットって単語に見事に上書きされたのである。
******
「あら、お帰りなさい。依頼、受けますか?」
ぞろぞろと戻ってきた俺達に、さっきのギルド員が気が付いた。
「受ける」
げんなりと俺が答えると、女性陣がぐいぐい前に来た。
「どんな方なんですか?もしかして創業者さんなんでしょうか?」
「実際にホロンとかを作ってる方なのかしら?」
ギルド員はにやり。
「創業者のお孫さんらしいですよ。そして、なんと職人さんです!……それでは、認証カードのご提示をお願いします!」
俄然やる気の2人を横目に、俺達は名誉勲章を出した。
それを見たギルド員は……。
「ぶっは!!め、め、めめ、名誉勲章!?ほ、ほ、本物ですかっ!?………ってェー白薔薇ァ!?あのーーー!?」
俺達とカードを何度も見比べて、絶叫した。
…そういえば、弱いって言われてた気がしたな-。
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