有名になりませんか。②
海都オルドーア。
海に面した巨大な港町は、色々な大陸の情報が集まる場所でもあった。
そのため冒険者が多く集い、ギルドも相当な賑わいを見せている。
6年前、俺達が旅立って最初に向かったのが、この海都だった。
その懐かしさもあって、何となく感慨深い。
「名を上げるにはまず、大きい依頼をこなしてかないとだな」
グランの指示で、俺はめぼしい依頼を物色している。
隣には疾風のディティア。
ここまで大きいギルドだと、さほど注目も無かった。
それでも視線はちくちく感じるけれど。
「この討伐依頼とかどうかな」
大型魔物の討伐依頼を指さすと、ディティアは小首をかしげて唸った。
「うーん、少し簡単すぎると思うな。どうせならカード持ち専用掲示板を見ない?」
「それもそっか。…俺達パーティーはそっちの依頼は殆どやらなかったから」
「そうなんだ?あんな強いのに?」
歩き出した彼女に付いていく。
「強いっていうか…ディティアが来るまでは結構隙が多かったと思うよ」
「ああ、大振りな前衛だもんね」
さすがと言うべきか、ディティアは的確に弱点を指摘してくる。
彼女自身の強さと、そういう聡明さもあって、有名になったんだろう。
「私は…」
「うん」
「カード持ちの依頼ばっかり受けてた、よ」
言って、少し肩を落とす。
俺はそんなディティアの頭に、ぽんと手を置いた。
「俺達パーティーでさ」
「うん」
「有名になろうって、グランが言ってるから」
「…うん」
「いつかは、皆で2つ名持って、ディティアだけに頼らないようになるよ」
「…うん、皆、優しいね」
前を向く彼女は、まだ立ち直っていない。
それでも進もうとする意思が感じられた。
一緒にいるからには、もっと強くなる必要があって、それはグランが言うように「有名になる」ことでもある。
小さく拳を握って、よし、と気合いを入れると、俺はカード持ちの依頼に目を通し始めた。
******
「それで受けたのがこれ」
ばし。
宿に戻り資料を叩きつけると、
「魔物の生息地での採取…か」
グランが髭をさする。
海都オルドーアに着くまでに少し伸びていたけど、既にすっきり切り揃えてあった。
いかついけどそういうところは細かいんだよな。
「うん。カード持ち専用だし、そこそこの強さの魔物がいるらしいよ。採取するのは薬草」
情報を伝えると、ボーザックが資料を指差した。
「…たった3本って書いてあるけど?そんなんでいいの?」
「その薬草、少ないらしいんだ。魔物の巣に近いほど多くなるらしいけど、近寄りすぎると危ないって配慮らしくてさ」
「成る程。あわよくば…って考えてるのね?」
ファルーアが足を組んで妖艶な笑みをこぼす。
背中に流れる長い金髪に青い眼。
色白で儚そうな雰囲気とは正反対のさばさばした性格の姉御肌。
背は、たぶん高い。
170くらいあるだろうから、ボーザックとそう変わらないか少し高いように見える。
その身体は柔らかい素材のぴったりした水色のローブで包んでいるが、彼女の趣味なのか深いスリットが入っているため、足が出るのだ。
ディティアはその隣で紅茶を飲んでいた。
肩までの濃茶の髪とエメラルドグリーンの眼。
背は160無いくらいで、腰に双剣を差し、動きやすい軽いタイプの革鎧に短いパンツにタイツを履いて、膝下のブーツ。
双剣を包む鞘には装飾があって、きっとかなり上等な業物なんだろう。
「そう。俺達パーティーで楽にやれるなら、たくさん採ってギルドに名前を売るつもり」
「あははっ、ハルト、俺達パーティーに名前無いよ?」
ボーザックが笑う。
黒髪黒眼の爽やかな雰囲気を持つボーザックは、周りに気を配って笑いをとってくれるムードメーカーみたいな存在だ。
170前後と多少小柄なせいか、背中に背負った大剣の大きさが際立って強そうに見えるはず、と開き直っている。
着込んだ鈍色の鎧は、程良く鍛え抜かれた身体に映える。
「パーティー名か…確かになぁ」
グランはその燃えるような紅髪と紅眼に鍛えた体躯が相まって、ぱっと見からしていかつい。
どっしり構えて対応する、俺達パーティーのリーダー的存在は、眉をひそめて考え込んだ。
ちなみに髭も同じ色だし、鎧も紅い。
背中の大盾は何で出来ているのか、くすんだ乳白色。
「…その依頼、終わるまでに考えるか。各自意見出せよー」
『はーい』
返事をしながら、俺は自分の装備を確認した。
金に近い茶髪に青い眼、濃紺のシャツの上にディティアと同じような革鎧。
汚れが目立たないように黒パンツにしているので、ぱっと見は地味。
腰の左右に分けて双剣を装備し、腰の後ろにはバックポーチをセットして薬や応急処置用品を入れてある。
…うーん。
ディティアの装備と違って、俺達の装備はだいぶ古い感じがする。
やっぱりゆくゆくは皆の装備ももう少し変えてかないと、強い魔物に対峙するには心許ないかもしれないな。
******
薬草の群生地は、オルドーアから海沿いに2日の距離。
岩場に生えているらしく、足場が悪いのも難易度を上げている。
「あの辺りか?」
高台に登って場所を確認する。
視力がだいぶいいボーザックが手を額に当てて見下ろす。
「ああ、いるね。日なたぼっこするトカゲみたいな奴」
「何体見える?」
「こっからは3体。その向こうに洞窟みたいなのがあるからそこにも居るのかも」
「洞窟の前はそれなりに広そうだな」
「そだね、あ、薬草発見。やっぱり洞窟の前にいくつかあるね…」
「とりあえず、1体やってみるか。ボーザック、はぐれてる奴を探してくれ」
「了解」
ボーザックとグランで偵察する間、俺とファルーア、ディティアは魔物についておさらいをしておく。
トカゲみたいな魔物の名前はガイアシャーク。
硬い皮膚に、牙がずらりと並び大きく開くことが出来る口を持つ。
動きは遅いが飛びかかって噛みついてくるので、注意が必要だ。
「前衛には肉体強化で筋力を上げるつもり。ディティアには陽動してもらいたいから、いつも通り素速さを。ファルーアは、魔法の威力と持久力、どっちがいいかな?」
「そうね、まずは持久力をもらえる?そんなに強くなかったら威力に変えてもらうわ」
「わかった」
******
「そら、こいやぁ!」
グランが大盾でガイアシャークをぶん殴る。
ボーザックと同じくらいはある魔物は、キシャアァ!っと威嚇音を発してグランに向かい合う。
「ほらほらどうした!」
グランは心持ち楽しそうだ。
俺は周りを警戒しながら、これなら楽に勝てそうだと考えていた。
ガイアシャークがグランに向かって口を開き飛びかかる。
「待ってましたぁ!」
そこをボーザックが大剣で斬り伏せた。
その時だった。
キィィィィィ!!
物凄い高音だったと思う。
斬り伏せたガイアシャークが、突然何度も鳴き出したのである!
「っ、やばい!仲間を呼んでるんじゃないか!?グラン!早くトドメを!」
俺は辺りを見回し、ファルーアの近くに寄った。
様子を見ていたディティアは、グラン達と俺達の中間くらいに位置をとる。
「おおおっ」
グランは大盾の裏に、太い短剣を隠している。
ガイアシャークの頭を、気合いと共に短剣で貫くと、断末魔のような声がやんだ。
…しばしの静寂。
俺達はじりじりとディティアに近付いて、パーティーで背中合わせになった。
「…仲間を呼ぶなんて情報あったか?」
グランの額に汗が浮かんでいる。
足場が悪い。
俺達の居る岩場は一段低くなった場所で、周りを岩壁に囲まれている状態だった。
嫌な空気では、ある。
だけど…絶望感は全く無い。
「…囲まれてる」
ディティアが呟くと、その岩壁から少なくとも5体の巨躯がぬっと顔を出した。
さっきの個体より幾分大きい。
「ああ…しまったな、子供だったのか」
吐き捨てるグラン。
さっきの声は、子が親を呼ぶものだったんだろう。
キシャアァーーッ!!
あちこちから威嚇音が轟く。
「正直に言ってもいいかな」
「おう、言え、ボーザック」
「ピンチな感じはしてるんだけど、負ける気がしない」
思わず笑う。
「ははっ、だそうだけど、疾風としてはどう?」
「ふふ、もちろん。こんな強いパーティーで負けるわけないよ」
「それじゃあ、最高のバッファーの力を見せなきゃな」
俺はグランに頷いてみせる。
「よし、まずは離れてるあいつを一気に叩き潰す。その後は疾風、撹乱を頼む。ボーザック、ファルーア、ターゲットの指示を出すから順に倒すぞ。…ハルト」
「おう」
「三重を試したい。どうだ?」
「…ま、最低でもそれくらいは必要になるよな」
「え、じゃあ俺もー」
「ハルト君、私もやってほしいな!」
「私はとりあえず二重でいいわ」
俺ははいはい、と頷くと、バフをかけ始めた。
「うおぉ!!」
ガイィンッ
派手な音を立ててガイアシャークが吹っ飛んだ。
「おおー、すげぇなこりゃ。だいぶ力が出るぞ」
「おりゃあぁーっ!…ひゃっほう!俺強い!」
そりゃ、肉体強化を三重にしたんだからそうでないと困る。
グラン、ボーザックは余裕で一体ずつを屠り、疾風のディティアが2匹の意識を引きつける。
「ティア、行くわよ!」
ファルーアの魔法が飛んだ先でディティアが一体を踏み台にして飛び上がる。
速度アップのバフを二重に、肉体強化のバフをさらに重ねている彼女の動きはいつにも増してしなやかだった。
魔法はディティアを追うように口を開けたガイアシャークの中で炸裂した。
口から煙を吹き出して崩れ落ちるそいつを確認して、
「肉体強化!」
俺は瞬時にディティアにかけたバフの1つを上書きする。
くるくるっと回った彼女の双剣が、鮮やかな軌跡で踏み台にしたガイアシャークを切り裂いた。
「よし、トドメだ!!」
ボーザックが飛び出した。
肉体強化から速度アップに上書きしたバフで瞬時にガイアシャークに迫り、ステップで離れたディティアの横をすり抜けるように、大剣が振りかぶられる。
「肉体強化!」
再度上書きしたバフで、ガイアシャークは両断された。
「ふうぅー」
グランが息を吐き出した。
「バフが切れる前に安全な場所まで移動しよう、どれくらい身体に負担があるかわからないし」
俺が提案すると、腕を回しながらボーザックが答えた。
「んー、想像してたより大丈夫そうだよ、ハルト」
「そうだね、今のところいつものバフと似たような感覚かも」
ディティアも同意するので、俺は首を傾げた。
「そんなもんなのか?…そっか、鍛えてれば多少は耐えられるのかな」
「でもまあ、ここを離れることには賛成ね。私達、まだ薬草を1個も採ってないのよ?」
ファルーアが呆れた声をあげる。
俺達は「おお」と、声を重ねた。
そうだった。
討伐依頼じゃなく、採取依頼だったな。
******
ガイアシャークの住処と思われる洞窟みたいなのが見える高台に戻った俺達。
バフは2つ切れていたけど、グラン、ボーザック、ディティアは大丈夫そうだ。
「身体に問題は?」
「うーん、普段よりは多少疲れてるかな?ってくらい」
聞いてみると、ディティアが腕をさする。
「ハルト君が言ってたより、ずっと平気よ」
「やっぱり鍛えてると違うのかもな。うーん、ちょっとずつ試した方が良さそうだ」
「そしたら、実験台になるね」
「実験台って…なんか怪しいわね」
「うわっ、ファルーア!脅かすなよ」
そこに、ファルーアがお茶の入ったカップを持ってきてくれる。
日はまだ高いため、昼食を取ることにしたのだ。
グランとボーザックは平らな岩場に座って戦闘についてあれこれ話し合っていた。
そこにディティアが交ざっていったのを眺める。
「なあ、ファルーア」
「あら、どうかした?」
「ファルーアも有名になりたいの?」
「あははっ、突然どうしたのかと思ったら!」
ファルーアは程良い岩場に座ると、ディティアを眩しそうに見た。
「有名になりたいのとは少し違うのかも。単に、ティアといるなら有名にならなくちゃと思ったのよ。ハルトもでしょう?」
俺が黙ってその場に座ると、ファルーアは微笑んで言葉を続けた。
「パーティーメンバーを亡くしたことは私達はないけれど、あの子は有名なばっかりにそれも背負ってる。同じくらいの立場で考えて、行動できる仲間が必要だって思っただけよ」
「そっかあ…」
「まあ、冒険者たるもの、自分の名前くらいはどこかに残したいなって願望はあるわよ?」
「おお、何かファルーアっぽいなー」
納得すると、金髪をさらりとはらって、彼女は立ち上がる。
「疾風のディティアのおかげで、どうしたって私達にも注目が集まってるし。折角だから、乗っかりましょう」
拳をコツンと合わせ、俺達は昼食を取るべく、3人の所へ向かった。
******
「いないな」
「いないね」
洞窟前まで降りてきたが、ガイアシャークの気配は無かった。
さっき倒しちゃったので全部なのか、洞窟の中にいるのか。
洞窟は下に向かって口を開けていて、覗いてみたが真っ暗だ。
見晴らしの良い開けた岩場なので警戒も楽に出来る。
「まあ、目的は薬草だしね」
ファルーアがさくさくと薬草を摘み取っていく。
10本以上は生えていたので、この依頼は大成功だな。
そんなことを考えて、この洞窟をどうするかとボーザックと話していた時、それは始まった。
「……?おい、何か…」
グランが言葉を発したのとほぼ同時。
ごご…っと地面が唸った。
「なっ、んだ、これ!?地震!?」
咄嗟に、全員に反応速度アップのバフを飛ばす。
からからと岩場から小石が転げ落ちるのが、段々と大きな石になる。
今や地鳴りは大きくなり、俺達は揺れに耐えながら行く末に備えるしかなかった。
「っ、やっば!」
ガラガラガラッ!
洞窟の入口の足下部分が、崩れて広がっていく。
近くにいた俺とボーザックは離れようと足元を蹴った。
…が。
「しまっ……」
一瞬、遅かった。
ボーザックが無事に着地したのが見える。
「ハルト君!!」
足元が崩れて、俺は洞窟を転がり落ちた。
出来たことといえば、肉体硬化のバフを重ねがけしたくらいだった。
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