正義とはなんです。③
順調に進むこと半日。
俺達は休憩と昼食を兼ねて、開けた場所で1度止まった。
木々の間から山頂が覗いていて、薄らと靄がかかっているのがわかる。
ふと見ると、ヤヌはエニルの様子を見て、心配そうにしている。
アマルスは何かを考えているようで、空を見上げ、難しい顔だ。
「ボーザック」
「うん?どうかしたー?」
「バフ。……五感アップ」
俺はそれを横目にボーザックに駆け寄ると、小声で五感アップを重ね直す。
脚力アップに加えて道中も何度かバフを重ねたけど、アマルス達には見せないようにしてたんだ。
「……ありがとう。今のところ近くに魔物や人はいないみたいだけど、ちょっと気になることがあるんだよね」
ボーザックは山頂の方を向いて、眼を細めた。
「まだよくわからないんだけど……何かいそう」
「何かって?」
俺もボーザックの視線を辿る。
見えるのは靄がかかる山頂だけだけど、ボーザックが言うんだから……何かいるんだろう。
「少し思ったんだよね、ガリラヤが平原に下りていったのは、山脈にいられなくなったからじゃないかなって」
ボーザックはそう言いながら、どかりと座った。
……昼は簡単に済ませることになっていて、俺達は乾パンと乾し肉を手にしている。
ボーザックはそれを口に詰め込みながら、山脈からは眼を逸らさない。
「……つまり、何かが来たから……ガリラヤは平原に下りざるをえなかった、ってことか?」
「んぐ。……うん」
俺も乾パンと乾し肉を口に放り込んで、眼を凝らす。
自分にも五感アップを重ねればいいんだろうけど、アマルス達がいるしな。
あんまり迂闊な行動に出るのはやめておこう。
――俺は後に、それを大いに後悔することになる。
******
山頂付近で日が暮れた。
ファルーアの作った炎の球が照らす中、アマルス達の案内で、俺達は山道から少し外れた岩場にある空洞へと辿り着く。
アマルス達がこっち側に来る時に利用したという、雨風を凌げる良い場所だ。
俺達全員が入ってもまだ広い。
うん、ここならひと息つけそうだ。
けれど、その中に入る前に、ボーザックが足を止めた。
後ろにいた俺は、思わず辺りを確認する。
ボーザックはその間もぴりぴりしていて、気付いたグランが声を掛けた。
「どうした、ボーザック」
「……わかんないけど……何かやっぱり変だ」
「変って……何か感じるの?」
ディティアも傍に来て、視線を巡らせる。
グランが無言で盾を前に持ってくると、ファルーアとフェンが、何かを察してアマルス達の方へ行ってくれた。
……見えるのは空洞を形作る剥き出しの岩肌と、所々に生えた苔。
背後には寄り添うように伸びた木々と、根元を覆う低木達。
すぐ先はもう真っ暗で、静まり返った空気が緊張を高める。
「ボーザック、とりあえず中に入ろう」
俺が促すと、ボーザックは必死な顔であちこちに視線を這わせて言った。
「……ハルト、ねえ、五感アップを……」
「おい、どうした、入らないのか?」
アマルスが気が付いて、こっちにやって来る。
その奥で、エニルを下ろしたヤヌが不思議そうな顔をしているのが見えた。
瞬間。
「……っハルト!」
ボーザックが大きな声を上げて、大剣を素早く構え、左手で俺を突き飛ばす。
俺はその勢いのまま、反射的に横っ跳びに転がった。
ガキイィンッ!!
「ひっ……!」
アマルスが、息を呑んだのが聞こえる。
俺は体勢を立て直し、突き立った物を見た。
上空から『落とされた』のは、大剣。
武骨な、真っ黒な塊。
鋭い刃が鈍く光っていて……禍々しい程だ。
そして。
「……外したか」
滾る殺気を含んだ、冷たい声。
「……ッ!!」
ゾワアッと。
首筋が、背中が、腕が、粟だった。
…………戦慄。
何で、どこから?……頭の回転が追い付かない。
ドッ、と。
重たい音を立て……そいつは、俺達の前に降り立つ。
空洞がある岩場の上から、俺達を跳び越えて着地したのだ。
俺達の後ろは空洞、その中に意識のないエニル、アマルス、ヤヌ……そしてファルーアとフェンがいる。
『そいつ』の向こう側へは、回り込むことが出来そうになかった。
「ボーザック!!」
ディティアの声にはっとする。
ボーザックは左腕から血を流し、それでも右手で大剣を構えていた。
俺を突き飛ばした時、負ったものだろう。
滴る血が、傷が軽くないことを物語っている。
「大丈夫」
それでも、不屈のボーザックは冷静に返す。
「下がれ、ボーザック!」
豪傑のグランがその前に出て、隣に疾風のディティアが立つ。
俺はそこに走り寄り、ボーザックに向けてバフを投げた。
「……治癒活性!」
じわじわとだけど、傷が塞がっていく。
「ありがとハルト」
「……馬鹿言うな……俺のせいだろ」
……五感アップをかけていれば、気付くことが出来ていた。
俺が、怠った結果だ……!
その、『獰猛な魔物みたいな男』は、突き立った大剣を引き抜くと、紅い眼をぎらぎらと光らせた。
「次は逃がさねぇよ」




