正義とはなんです。②
「はあ……」
……アマルスが、やがてため息をつく。
「そりゃ気にもなるよな……すまねぇ。……俺達は3人とも身寄りが無いのさ。ヤヌとは数年前、トレージャーハンター協会でたまたま出会った。エニルは2年前、仕事の途中、魔物に襲われた馬車を見付けて……何だ、その……生き残り、だったんだよ」
姿勢を正して、アマルスは項垂れた。
「いや、ちっせぇガキがさ、1人辛い思いをして……と思ったら、やっぱり放って置けなくて……。協会に保護させることも出来たのかもしれないが、別に支配力がある奴等でもないからな。……一緒に行くか?って聞いたら、こいつ、行くって……」
アマルスは、眠ったままのエニルを見て、頭を抱えた。
「……襲われた時も、最前線で剣を構えた。こんな小せぇのに。ヤヌは守ろうとしたが、俺はもう終わったと思ったね。……今でも思う。こいつを連れて来て良かったのか?ってな」
それを見ていたヤヌは、胡座をかいたその足元で、手を握ったり開いたりしながら呟いた。
「答えは無いと思う。……ただ、俺達はどうなってもいいが、エニルだけは……そう思っているのは本当だ」
優しそうな顔立ちが、ひどく歪んでいて……苦悩しているんだろう。
ファルーアが、じっとその横顔を見て、問い掛けた。
「落ち着いたようだからもう一度聞くわ。さっきの奴等に、心当たりはあるのかしら?」
ヤヌは顔を上げ、また下を向いてしまう。
アマルスがそれを見て、唸りと共に言葉を口にした。
「……わからないが……俺達の獲物を狙ってたんじゃないか?とは思うね。他の奴等とは違う方向に運ぼうとしていただろ?……狙いやすかったんだ」
「つまり、彼等は法を犯すハンターだと?」
ディティアが質問を重ねる。
ぱちり、と。
炎が爆ぜた。
「……本当に、わからない。そうかもしれないし、全く関係ない賊の類かもしれないから……」
ヤヌが答えて、額を押さえた。
その後は、震え混じりの声で紡ぐ。
「けれどあの……大剣の大男……。彼奴は、危険だ。貴方達が来なかったら、俺達は本当に殺されていた」
それを聞いたグランが、ぽんと膝を叩く。
ファルーアもディティアも、それを見て下がった。
「心配するな。俺達もいりゃ何とかなるさ。休むぞ。……ボーザック、ハルト。悪いが俺と3人で、交替で見張りだ」
「あ、それなら私も」
言い掛けるディティアを、グランは右手で制す。
「ディティア、お前とファルーアは山越えで必要な戦力だ。小回りが利くのと遠距離攻撃だからな。わかるな?フェンも一緒に休め」
グランは制した手でディティアの頭をわしわしと撫でると、ファルーアと眼を合わせて頷いた。
ファルーアも頷き返す。
「それじゃあエニルは私達が気に掛けておくわ。アマルス、ヤヌ。貴方達も突然のことで疲れたはずよ、今日は休みましょう。……フェン、エニルをお願い」
「がうっ」
……成る程。
俺はグランの意図に気付いて舌を巻いた。
エニルの傍にファルーアとディティア、フェンを付けて、同時にアマルスとヤヌの様子を見るんだろう。
……わかっては、いる。
彼等に不審な点があるのも確かなんだ。
装備を見るに、彼等は戦闘専門。
ただ、そうすると最前線はエニルってことになる。
エニルと会ったのは2年前だって言うし、そんな状態で旅をしていたのか?って話だろ。
ヤヌの盾は殴ってダメージが入るような造りだけど、見たところグランのように剣を隠し持ってるわけじゃない。
あれじゃトドメは刺せないだろう。
……まだちゃんと戦うところは見ていないけど、グランみたいに盾無しでも戦えるかというと……そうも見えないんだ。
俺は眼を閉じて考えるのをやめた。
俺達が彼等をまだ警戒しているように、彼等も、俺達を警戒しているはず。
ファルーアやボーザックの言う通り、落ち着かないと。
「ハルト、俺、ボーザックの順だ。頼むぞ」
グランの指示で、女性陣はエニルを運んでテントに入る。
テント内は風も凌げるし、冷える事は無いだろう。
俺は、一緒に見張ると言ってくれたアマルスとヤヌに休むよう言って、焚き火の前に陣取った。
アマルス達はやがて諦めて、礼を述べると毛布のような物を出してそれに包まり、テントの横で寝始める。
それを見届けて、ボーザックとグランも横になった。
「五感アップ」
自分にかけたバフで研ぎ澄まされた感覚が、夜の闇に息づく命達をぼんやりと感じさせる。
より濃くなった草木の匂い、焚き火で木が焼ける匂いを吸い込んで、俺はぐるりと視線を走らせた。
何もいないとわかっても、警戒を解く気にはなれない。
ヤヌが言っていた通り、獰猛な魔物みたいな男の姿が脳裏を過ぎるたび、彼奴は危険だと思って身体が緊張してしまうから。
裏ハンターであることを、俺達はたぶんアマルス達には話さないけど……彼等が普通のハンターであってほしいって思わずにはいられなかった。
樹海の街ライバッハの双子も、奇蹟の船ジャンバックの船長、副船長も、砂漠の街ザングリのゴードとアーラも。
裏ハンターとそれを知る人達は皆、あんな行為をしないはずだと。
何処かで期待している自分がいた。
******
鳥の声が聞こえ始めた明け方、俺達は出発した。
山越えは2日程の予定だ。
街道は山の中でもちゃんと続いていて、歩きやすかったからである。
「ハルト君、少しは休めた?」
ディティアが隣にやって来て、横から俺を覗き込む。
俺は笑って「大丈夫」と答えた。
彼女は安心したのか微笑むと、前を歩く、エニルを背負ったヤヌに視線を移す。
今日もヤヌを含めて全員に脚力アップを投げておいたから、曲がりくねった山道でも順調だ。
「エニル君、助けないとね」
囁くように、彼女が言う。
俺は真っ直ぐ前を見据えるディティアを見て、頷いた。
「……うん。なあディティア、もし……もしも、アマルス達が法を犯すハンターだったとしたら……」
そこまで言うと、ディティアの左手の人指し指が、俺の唇に当てられた。
「そこまでです、逆鱗のハルト。大丈夫、必ず、はっきりする。その時、『私達』で考えればいい」
疾風は、そう言って凛とした表情を俺に向ける。
宝石のようなエメラルドグリーンの眼に、俺は思わず息を呑んだ。
……しかし。
その表情はあっと言う間に驚いたようなものになり、やがてりんごのように真っ赤になって……。
「あっ、あれ?ご、ごめん、つい……」
そろそろっと外される人指し指に、俺は。
「ふはっ……あははっ、お前やっぱり可愛いな!」
感謝と、尊敬を込めて。
思わず、笑うのだった。




