正義とはなんです。①
山の麓に着いた頃には真っ暗。
木も多くなり、茂みも深くなっていた。
濃い草木の匂いに満ちた街道は、ともすれば暗闇から魔物が飛び掛かってきそうだ。
ファルーアが作る炎の球が、辺りを朱く照らしている。
そんな中、街道沿いに焚き火のあとが残っていて、キャンプするならここだろうという開けた場所を見付けた。
俺達はエニルの状態を確認し、危険な夜間の山越えをどうするか話し合う。
「……本音を言うと、進みたい。エニルは俺達にとって家族同然だから」
ヤヌは毛布を敷いて横たえたエニルの隣に膝を突き、頬をそっと撫でてそう言ってから、息を吐き出した。
エニルの頬は血の気が無いまま。
呼吸も、殆ど感じないほどに弱々しい。
「だが、それは愚策だ。全員がやられたら元も子もない。明け方までは休むべきだ」
それを聞いていたアマルスも、項垂れたまま頷いた。
「その通りだと俺も思うね。エニルを早く運ぶためには、逆に効率良く休むことを考えないとな」
……口調こそ軽いけど、苦渋の決断なんだろう。
噛み締めた唇は白くなる程で。
俺は、エニルを思う2人の気持ちは本物だと感じた。
「……お前らの決意は受け取った。……ファルーア」
グランの声に、ファルーアが龍眼の結晶の杖を掲げる。
「燃えなさい」
ぼっ……
焚き火のあとが、再び燃え上がり、辺りが照らされる。
「エニルを火の傍へ。あまり冷やさない方がいいわ」
「あ……ああ」
ヤヌが、ファルーアに従ってエニルを運ぶ。
「明け方に出る。飯食って休むぞ」
グランは背負っていた荷物を下ろし、簡易テントを出し始める。
「じゃあ俺達は薪拾ってくるね。……ハルト!」
「おう」
俺はボーザックと一緒に、薪集めに行くことにした。
「灯りがいるでしょう、私も行くわ」
そこに、ファルーアが合流してくれる。
「すまねぇ……俺達は飯を作る。ヤヌ」
「わかった」
「あ……手伝います」
アマルスとヤヌも動き出してくれて、ディティアは手伝うことにしたようだ。
眼が合うと、しっかりと頷いてくれる。
俺達は少し離れて、枝を拾い集めた。
「……どう思う?ハルト、ファルーア」
「あの3人か?」
「まだわからないわね……」
俺は少し考えて、枝を拾いながら応える。
「どっちにしても、相手はやり過ぎだったろ……あんなの。……それに黒ローブの女……バフ使ってたし。俺は許せな……いてっ」
ファルーアが、俺の背中を杖で叩く。
「ハルト。……確かにエニルは幼い。でも、もし彼等が裏切り者だったとしたらどうかしら。それで命を落としたハンターが別にいたとしたら?……まだ見えないわ。だから落ち着きなさい。……あと、バフは残念だけど関係ないわよ?」
「う……」
ボーザックが、それを見て笑う。
「ファルーアは容赦無いよねぇ……俺もやり過ぎだろって思うけどさ。……判断は間違えちゃいけないって思う。一緒に考えようよハルト」
「……うん、ごめん」
わかっていないわけじゃないけどさ。
気に入らなかったんだ、本当に。
指摘してくれる仲間がいるのは本当に大事だと思うし、その通りだって俺も思うから……俺は2人に謝った。
「あんた、本当素直よね」
ファルーアが笑って、俺の背中をぽんと叩いた。
「そういうところ、気に入ってるわ」
…………
……
「美味しい……!」
ボーザックが驚きの声を上げた。
確かに旨い。
「そうだろう?ヤヌの料理は天才的だ」
アマルスがにやにやとヤヌを褒めると、ヤヌは……おお、はにかんでる。
元々優しそうな顔立ちの好青年だ、はにかめば尚のこと優しそうに見えた。
「まあ、そうおだてるな。照れる」
「でも本当に美味しいです……」
ディティアも眼をぱちぱちさせている。
食事は、鍋にたくさんの肉を入れて煮込んだものだ。
とろとろになったこの肉は、件の兎型の魔物、ガリラヤとのこと。
下処理を済ませてあるので、暫くは保つんだと言う。
「ヤヌ、これお店開けるよ!」
ボーザックが嬉しそうに言って、肉と一緒に煮込まれた小さな根菜を口に放り込んだ。
「……はは、そうだろう!ヤヌは金を貯めて店を開くのが夢なんだからな!」
「あ、アマルス!恥ずかしいからそういうことは言うなと何度も……」
「へえ、貴方料理人になりたいの?素敵ね」
2人の会話をぶった切ってファルーアが妖艶な笑みを溢せば、
「そ、そんなことは……」
「へへ、そうだろう?」
ヤヌも、アマルスも、デレデレ。
ふーん、ファルーアねぇ。
思わず見ていたら、眼が合った。
『消し炭になりたいの?』
そっと、唇だけ動かして音無く告げられた言葉に、俺は戦慄を覚える。
思わずぶんぶんと首を振ると、向かい側で生肉を頬張っていたフェンと眼が合った。
「ふすぅ」
……馬鹿にされている。
すると、グランが髭を擦りながら言った。
「アマルス、ヤヌ。お前らは家族同然って言ってたが……エニルはまだ小せぇよな。どうやって出会ったんだ?」
……その言葉に、はにかんでいたヤヌも、鼻の下を伸ばしていたアマルスも、ふっと真面目な顔に戻る。
空気が張り詰めたような気がした。
「俺からすると、旅するには若すぎるように見えてな。言いたくねぇならそれでもいいが……それともそれくらいの年齢で旅に出るのは普通なのか?」
どっしりと構えるグランの言葉は、只でさえ厳つい外見からすると脅しみたいに聞こえなくもない。
けれど、落ち着いてゆっくりと話すグランは、ごく普通の、当たり前なことを聞いているわけで。
俺達白薔薇は、黙って彼等の言葉を待った。




