珍しい魔物です。②
その日、俺達はサルーヤさんの計らいで、ナーラさんの家に泊めてもらえることになった。
男女一部屋ずつを借りることが出来て、贅沢なことにお風呂も使えると言う。
水が貴重な砂漠の街ザングリにいた間では考えられなかった待遇だ。
爆風のガイルディア……それから珍しい魔物のガリラヤの情報は得たけど、詳細は不明。
ここ、ダルマニから西のカーマンって街にはトレージャーハンター協会支部があるそうで、そっちに行けばより詳しい内容がわかるかもしれないとのこと。
ただし、カーマン経由で北東に山脈を越えると、直接行くよりは数日遅くなる。
早さを優先するかどうか、その辺りが問題だ。
サルーヤさん達はそれぞれの家に帰り、ナーラさんとシャーラさん夫妻はゆっくりしてねと言って居なくなった。
今は、俺達の部屋にディティア、ファルーア、フェンがやって来て思い思いに座ったところである。
部屋は普段は使ってないらしいけど、掃除が行き届いていて綺麗だ。
ベッドも3人分ちゃんと並んでいて、大家族だったのか宿だったのかもなと思う。
「どうしようか?」
ボーザックが、ぐるりと見回して問い掛ける。
グランは早速髭を整えるための手入れセットを取り出し、顎を擦りながら唸った。
「仕事として受ける方がいいんだろうが……その何だ?兎型の魔物か?そいつの情報がもうラナンクロストまで入ってるとなると……なあ?」
「そうね、時間が経っているだろうから、早く行くに越したことはないかもしれないわ」
ファルーアが補足してくれて、俺は成る程と頷く。
数日あれば、かなり移動出来る。
カーマン経由だと、もし討伐依頼……トールシャで言う仕事が終わってたりしたら、爆風からはだいぶ離されてしまう。
俺は、言葉を紡いだ。
「俺は直接向かってもいいと思う。裏ハンターが動いてるなら、尚のこと早く行って手伝うべきじゃないか?……まあ、手伝えるのかはわからないけど。……それに、この仕事自体がもう終わってる可能性だってあるしさぁ」
「仕事として受けるのと違って、報酬は見込めないだろうけどねぇ。俺はそれでもいいよ」
俺の意見に、ボーザックが同意して笑う。
ディティアは少し考えてから、そっと口にした。
「もし違法な行為が行われているとしたら、早く行った方が……とは思います。助けられる人も多いだろうし」
爆風のガイルディアも気にはなるんだろうけど、敢えて言わないで裏ハンターの仕事をちゃんとしようとしているんだろう。
「ディティアは偉いな」
手を伸ばし、その頭をぽんぽんしようとしたら、フェンが『邪魔よ』とでも言いたげに俺の腕を押し退けた。
「……フェン、お前なぁ」
「わふぅ?」
フェンの馬鹿にしたような態度に、俺はため息をついた。
……確信犯だな、こいつ。
仕方ないから、押し退けられた手でそのままフェンをもふろうとしたら、逃げられた。
それを見ていたディティアが笑う。
「そうだな、幸い懐はまだ余裕がある。とりあえずここから直接向かう方向で考えて、出来るだけの情報を集めに出るぞ」
グランはぽんと膝を叩いてそう言うと、いそいそと道具を手に取った。
……髭、整えてから出るんだな。
******
小さい村だし安全だろうってことで、各々が自由に情報を集めてくることになった。
俺はふと思い立って、迅雷のナーガの母親、シャーラさんに会いに行くことに。
調理場にいるよとナーラさんが場所を教えてくれたんで、勝手に歩いていいのかなと思いつつ向かう。
言われた通り廊下を進むと突き当たりが部屋になっていて……そこは、大きな乾し肉、赤や緑の調味料、それから何かの穀物みたいなものが保管された、調理場兼貯蔵庫だった。
嗅いだことがあるような無いような香りの中、シャーラさんは高く結った髪を揺らしながら、テーブルの上で何かを捏ねている。
「シャーラさん」
「あら?どうかした?」
「えっと……ちょっと聞きたいことが……」
俺の話に、シャーラさんは優しそうな顔で微笑んだ。
……迅雷のナーガも、こんな顔で笑うのかもなあ……。
…………
……
「おっ、いたいた!おーい、ディティア、ファルーア!」
「あ、ハルト君!」
シャーラさんと話を終えて外に出た俺は、2人を探していた。
漸く見付けて呼ぶと、ディティアが手を振ってくれる。
外はまだ日が高くて、じりじりと暑い。
砂漠よりはマシだけど、ディティアもファルーアも、もちろん俺も白いローブを纏っている。
彼女達は日陰で涼んでいた。
……まあ、この暑い中外にいるのは子供達ばっかりだ。
微妙な距離でちらちらと彼女達を覗っている子供達が見て取れる。
皆、男女問わず口元を布で覆っていて、表情はよく分からなかったけど……きっと来訪者は珍しいんだろう。
「何かいい情報あった?」
フードの内側、ディティアがふわりと微笑む。
長くなってきた髪が数束、フードから外へと垂れていた。
「そりゃあもう中々の収穫」
笑ってみせると、ファルーアが胸元を摘まんでぱたぱたしながら「やるじゃない」と妖艶な笑みを溢す。
その瞬間、子供達……主に年頃の少年達からちょっとざわざわした空気が。
……あぁ、彼奴らファルーアを見てんのか。
「…………」
……ファルーアねぇ……。
思わず眺めていると、彼女は鼻を鳴らす。
「ハルト。あんた、顔に出てるのよ。消し炭になりたいの?」
「えっ!?別に、いや、その…………すんませんでした」
「えー!ハルト君、そこはファルーアが綺麗だって褒めるところだよー!こんな美人さん前にして失礼なんだから!」
それを聞いたファルーアは額に右手を添えて唸った。
「……ティア……私はそれも違うと思うわ……そこは貴女を……いや、もうやめときましょう」
「えっ??ええっ??」
驚くディティアを余所に、ファルーアは腕組みをして俺を見た。
「それで、どんな情報?」
「ん、情報っていうか……髪が伸びてきたから切りたいって言ってただろ?」
「あら、ハルトにしては珍しいわね。確かに私もティアもそんな話を……待ってハルト。もしかして……?」
「おう、シャーラさん、人の髪を切ったりも出来るってさ!この村の女性はシャーラさんが切ってあげてるんだって」
笑うと、ファルーアが珍しく驚いた顔をする。
「おかしいわ……雨が降るのかしら」
「はあ!?何だよそれ」
失礼なのはどっちだよ!
突っ込もうとしたら、ディティアが手をぱちんと叩いて笑った。
「すごい、嬉しいハルト君!覚えててくれたんだ?ありがとう」
俺はそれを見て、言葉を呑み込んだ。
「……あ、うん」
「そしたら、すぐ切ってもらえるのかな?やったあ!行こう行こう!」
さっさと歩き出す彼女に、俺は思わずごしごしと口元を腕で擦った。
何か、こう、緩む……。
「……あら?ふふ、にやにやしてるわよ?」
ファルーアが俺を覗き込んで笑う。
「う、うるさいぞ!……何か、予想以上に喜んでるからちょっと……驚いただけ!」
そう、ディティアが、思った以上に嬉しそうに笑ったんで、不意打ちだったのである。
……あれだけ喜んでくれるなら、聞いた甲斐もあったよな。
俺達は、ディティアの後を追って歩き出したのだった。




