迅雷は元気です。⑤
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大きな部屋に通されて、俺達は白いローブを脱ぎ、床に敷かれた布の上にそれぞれ座った。
ベテランパーティーも面白そうだからと付いてきている。
部屋はナーラさんの出て来た大きな家の中だ。
置いてあるのは小さな棚だけ、あとは本がいくつも積まれてそのままほったらかしになっている。
敷かれた布は民族衣装に使われているのとよく似た、たくさんの色が使われた模様の物。
きっとこれは、民族の伝統的な織物とか、そんな物なんだろうな。
「お待たせしたね。さあ、まずはお茶を。すぐに食事も運ばれてくる」
ナーラさんは何かの木で出来たお盆にお茶を載せて戻ってくる。
お茶は濃い色をしていたけど、飲んだらすっきりとした酸味とほんのりした苦みが感じられて、中々美味しかった。
丁度昼時なのもあって、食事は有り難い。
俺達はお礼を述べて、ナーラさんの話を聞くことにした。
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お元気でしょうか。
ご無沙汰しております、迅雷のナーガは、本日も我が君の元無病息災です。
さて、今回は我が君の依頼があり、頼みたいことが御座います。
恐らくそこに、白薔薇というパーティーが爆風のガイルディアを探しにやって来ることでしょう。
彼等は銀色の魔物を連れた冒険者達です。
もし、見付けることが出来ましたら、同封の手紙を白薔薇の彼に。
その2つ名は……。
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手紙を音読してくれたナーラさんは、にこにこと俺達を見回した。
「ふふ、こんなすぐに来てくれるとは。ありがとう!それで、逆鱗のハルト君はどの方だろうか?」
喜ぶナーラさんを見ながら、俺はたぶん、ものすごく顔を顰めていたはずだ。
……いや、ナーガがシュヴァリエを我が君とか呼ぶのは、まあ好きにすれば?って感じだけど。
ものすごく敬語なことも、うん、ナーガだしな、とか思わなくもないけど。
怪しいのだ。
その、まさに今差し出されている、手紙とやらが。
「……どうした、逆鱗のハルト?」
サルーヤさんがにやにやしている。
どうでもいいけど、彼は、頭に巻いた布を取ると彫りの深い渋い顔をしたイケメンだ。
……たぶん、現実逃避しようと脳がどうでもいいことを考えてくれてるんだろう。
周りをちらと見ると、憐れそうな顔をしたボーザックと眼が合った。
「ハルト、仕方ねぇ、受け取れ」
グランが苦笑いして俺に告げる。
……はあ。
手を、差し出す。
「君が逆鱗のハルト君か!ナーラだ。娘が世話になっている」
ナーラさんは柔らかい白い手で俺の手を握って、ぶんぶん振ってから手紙を乗せた。
うん、全然世話してない……むしろ話したことすら殆ど無い……。
手紙の封は蒼い蜜蝋。
厚い紙は恐らく高級な物なんだろう。
押された印を見て、ファルーアが肩を竦める。
「ご期待通り、これ、王国騎士団の印よ」
「ディティア開けてみる?」
「んー、遠慮しておくかな!」
「……」
差し出した手紙は笑顔で突き返された。
俺は諦めて、そっと封を開けた。
中からは、これまた上質な羊皮紙。
二つ折りのそれを取り出し、深呼吸ひとつ。
「すぅ……はぁー」
よし、いけ、ハルト!
覚悟を決めろ!
……
…………
『親愛なる白薔薇の諸君、そして、ふふ、元気かい?逆鱗の。
……ああ、閃光の、と付けてくれてもいいよ。
まさかこのような場所で僕からの激励を受けられるとは思わなかったことだろう。
安心するといい、逆鱗の。
その名は、僕の手によって広まっている』
「ぶはっ」
既にここまでで、ボーザックが噴き出した。
俺が睨むと、ボーザックは肩を震わせながら視線を逸らす。
くそ、覚えてろよ?
『さて、逆鱗のをからかいすぎても話が進まないだろう。
本題だが、商業の国ノクティアの王都にあるギルドから伝達龍がやって来た。
ギルド長タバナからだろう。
……君達への、裏の支援とやらを約束する内容だ。
ふむ、喰えないご婦人だな、トールシャのトレージャーハンター協会と繋がっているのだろう。
双子によろしくとある。
最後になるが、僕からもひとつ、君に支援をしよう。
爆風のガイルディアは、最近ナーガの故郷から山脈を越えた先で目撃されている。
情報を集めるといい、珍しい魔物が発見されたはずだ』
やっぱりシュヴァリエはシュヴァリエだった。
……話が進まないのは俺のせいじゃなくお前のせいだからな。
心の中、悪態をついておく。
俺はグランに手紙を投げ、腕組みした。
「そういや、ナチとヤチはアイシャに支援者がいるって言ってたな」
グランが手紙を眺めながらぼやく。
ボーザックはそれを覗き込みながら、頷いた。
「タバナさんも、タバサさんと双子だしね~」
うん、双子が関係あるのかどうかは全くわからないけどな。
タバナさんとタバサさんは白髪を頭の後ろで団子状に結った双子だ。
タバナさんはノクティア王都のギルド長、タバサさんはラナンクロストとノクティアの国境の街のギルド長である。
タバサさん、恐かったなぁ……。
みっちりとノクティアの作法を仕込まれたことを思い返すと、今でも身震いしてしまうほどだ。
「とりあえず、いい支援じゃない、逆鱗のハルト?」
ファルーアがくすりと笑いをこぼす。
「俺にじゃなくて、ディティアにだろ?」
はあ、とため息をつくと、ディティアが取り繕うように笑った。
「えっと、あはは……」
「お待たせしたわね」
そこに、ご飯が運ばれてきた。
運んできてくれたのはナーガそっくりの女性で、成る程、彼女がナーガの母親みたいだ。
俺達は食事しながら、ナーラさんとサルーヤさん達に、手紙の主との関係を話すことになったのだった。




