嘘みたいな本当です。①
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ファルーアが扉を開けてくれたのは、昼頃だったようだ。
俺とグランはしっかり休んだお陰で夜には何とか動けるようになった。
「それで、白薔薇の皆はコレ、どうするつもりなの?」
アーラは、聳える宮殿を前に俺達を見回す。
宮殿の大階段とでも言うべき場所を新しい拠点にし、今日は休むことにしたのが少し前。
……今は、外に待機させていたらしい砂牛達を中に連れて来て、ひと息ついたところだ。
皆、白いローブは脱いでいて、ここの澄んだ空気と心地良い温度を堪能している。
「そうだなぁ……調べたいとは思うんだが……オアシスに向かったパーティーのことを考えるとな……時間は取れねぇだろうよ」
グランは顎髭を擦って答えた。
さっき髭を整えようとしてたんだけど、まだ腕がちょっと怠いのか諦めていたんで、長さが気になるようだ。
擦る途中、長くなった髭を摘まんだりもしているのがちょっと面白い。
「確かにそうだね。白薔薇の仕事は、水汲みのパーティーの安否確認と、その理由の調査だし……流砂や崩落があって、実際ベテラン達の荷物もあったから、1度報告に戻っても良いのかもしれないなぁ」
アーラはそう言って、結った黒髪に手櫛を通した。
俺は、そこで休んでる間に色々と考えたことを口にする。
「……けどさ、グラン。この辺の地盤が緩んでて、流砂や今回みたいな崩落がたくさん起きたんだとしたら、他のパーティーでここに落ちた奴等は居ないのかな?」
「む……」
「それは有るかもしれないわね」
グランが唸り、ファルーアが同意してくれて、アーラも難しい顔になった。
「それなら、明日少しだけ見てみない?……どっちにしてもオアシスより近い所に水があったんだし……危険が無ければとりあえず水は汲めるんじゃないかな?それなら俺達が簡単にでも見ておけば役に立つかも」
ボーザックがそう言って、隣に寝そべっていたフェンを撫でる。
フェンは疲れたのか片眼を開けた後、また寝入ってしまう。
「……アーラ、お前はどう思う」
急にグランに話を振られたアーラは、驚いたのか髪を横に引っ張ったまま固まった。
「えっ?何であたしに振るのかな厳ついお兄さん」
「前も言ったが、俺達は砂漠の経験がねぇからな。ここに残って調査するのと、戻って報告するのと、どっちが水汲みに出たパーティーのためになりそうだ?……ちなみに俺は、明日少しここを見てみることも有りかもしれんと思った。落ちてきた奴等がいたとして、ひと月分くらいは食糧も持ってたんじゃねぇか?……それなら、水も有るしまだ生きてるかもしれねぇからな」
それを聞いたアーラは、眉を寄せて手を降ろした。
「あのさぁお兄さん……そこまで考えて何であたしに振るのかなぁ。言ったでしょ!宝があったら、取られちゃうよ??」
アーラは完全に呆れ顔だけど、そこに笑顔が足されている。
「あたしもそう思うよ。……全く……お人好しパーティーだね、本当に!」
俺達は皆で笑ったけど、ひとり。
ディティアが苦笑だったのに、俺は気が付いていた。
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皆が寝静まった夜。
俺は寝付けなくて、身体を起こした。
すると、ディティアの姿が無い。
見張りをしていたのはファルーアで、起きた俺に気付くと無言でカップを差し出してくれた。
……2つ。
中には、花のような香りのする温かいお茶が入っている。
「水場の方よ」
それだけ言うと、ファルーアは何事も無かったように座り直し、俺には目もくれない。
「……ありがとな」
俺はファルーアに頭を下げて、カップを手に、水場へと向かった。
…………
……
果たして、水辺には小柄な双剣使いが立っていた。
膝下まである靴とタイツを脱ぎ捨てて、彼女は浅いところで足まで浸かっている。
ぱしゃり、と水音が聞こえて、蒼い光の中、白い彼女の脚がよく映えた。
「……ディティア」
少し離れた所から、声を掛ける。
先に気が付かれたら、ちょっと気まずいような気がしたからだ。
「……は、ハルト君?……あ、えーと、眠れない?」
案の定、彼女は驚いたようで、しどろもどろに応えた。
「まあ、そんなとこ。……水、冷たいだろ?」
近寄りながら返すと、ディティアは慌てて水から上がった。
「あっ、うん、すごく」
俺は何だかそれが可愛くて、カップを手近な岩に置いて靴を脱ぎ、ズボンの裾を膝まで引き上げた。
「俺も一緒にやっていい?」
「えっ!?つ、冷たいよ?」
「うん、ならこれがある」
カップを取り上げて差し出すと、ディティアは眼を見開いた。
蒼い光の中でも、そのエメラルドグリーンの眼はとても綺麗で。
やっぱり、悔しい気持ちが湧き上がってくる。
爆風のガイルディアの話で見せる表情を、俺達にも見せてほしかった。
「ほら」
「あ……ありがとう……。あ、このお茶……ファルーア?」
「はは、そう。預かってきた」
彼女に水辺でお茶を渡して、俺はそのまま水に脚を差し入れた。
……氷のような冷たさが、つま先から足首、ふくらはぎへと伝わっていく。
「お、思った以上に冷たいな」
「……そ、そうだよね」
ぱしゃり、と。
ディティアもこっちにやって来る。
ふと見ると彼女は膝くらいまで浸かってしまっていたので、俺は慌てて引き返した。
「わ、こっちまで来るとちょっと深いだろ!?……とりあえずお茶しよう」
「……ふ、そうだね」
「……あ、笑った」
「!!」
ディティアは両手を持ち上げて顔を隠そうとしたけど、右手にカップを持っていたのでどうしていいか分からなくなったようだ。
困った顔で固まってしまった。
そうだな。
難しいことは苦手だし、このまま伝えたらいいんだ。
そう思って、俺は笑いかけた。
「ごめんな、全然上手く伝えられなくて。……爆風のガイルディアの話をする時にさ……お前、もっと嬉しそうに笑うんだ。気付いてないだろ?」
「…………え?」
「だから、俺……ちょっと悔しい気持ちがあってさ。俺達と居る方がもう長いのに、そこまでの笑顔、見たことない気がするんだよな」
「う、嘘……?わ、私そんな変な顔してた!?」
「ははっ、何で変な顔なんだよ!そうだなぁ、花みたいだ」
「はっ……花!?」
「……俺達の前でも見せてほしかったんだ。だから、もっと頑張ろうって思って。……上手く笑えてないとかじゃないから、そんな顔するなよ」
「…………!!」
ディティアは、急に後ろを向いてしまう。
耳が赤いのがちらりと見えて、俺は思わず笑った。
「ははっ、りんごみたいだぞ!」
「はっ、は……ハルト君!!ちょっと、そういうの、今は触れないでほしいところだからね!?」
それを聞きながら、思う。
彼女が安心出来る場所。
もっと、花みたいに笑う場所。
やっぱり、そういう場所になりたいって。
そこはきっと、グランも、ボーザックも、ファルーアも、フェンも、一緒に辿り着く場所なんだろうって。
……俺の手の中の温かいカップから、花の香りがふわりと舞った。




