過去の栄光です。⑦
「……っ!!」
頭を抱えるように何とか腕を動かし、グランと身を寄せた。
流れ込んでくる水にあっという間に押し流されるとしても、この先は空洞だ。
そこまで耐えることが出来れば、まだ勝算はある……きっと。
それに備えて、俺は息を吸い込み、止めた。
…………しかし。
ダダダッ……がっ!!
駆け寄るような音と共に、いきなり、ぐいっと肩を掴まれて、俺とグランは仰向けにひっくり返された。
「……ぶはあっ……!?」
止めていた息が、反動で漏れる。
「…………!」
眼が、合った。
……彼女は、蒼い光に照らされた美しい金色の髪を俺達の上に垂らし、サファイアのような澄んだ蒼い眼に涙をいっぱいに溜めていた。
見たことがない表情だったから、俺は目を見開いたと思う。
少し震えた細い手が、俺とグランの肩を掴んでいる。
俺達をひっくり返したのは、伝説のメイジと謳われる爆炎のガルフから炎の2つ名を継いだ、俺達の仲間。
光炎のファルーア、であった。
「……よ、よお」
グランが、思わずと言った感じで何故か挨拶をする。
ファルーアは口を開きかけ、ぎゅっと引き結ぶと、ぺたりと後ろに座り込んでしまった。
「あぁ……もう……何よ、間抜け面ね……」
言って、彼女は顔を覆ってしまう。
「…………」
肩が、震えていて、俺は口を引き結んだ。
ディティアと一緒に、3人を置いて逃げなくてはならなかった時のことを思い出して、胸が苦しくなる。
ファルーアもあの気持ちを感じていたんだろう。
「……ファルーア」
グランが、転がったまま何とか腕を上げようとしているのがわかる。
そこに。
「ファルーア!大丈夫!?…………ファル……」
ディティアの声と、軽い足音。
そして。
「ハルト君……グランさん……?」
彼女は、驚きの表情で、俺達の傍までそろそろとやって来た。
眼が合って、思わず苦笑する。
「……一応平気だよ」
「……、……っ!!」
「うわ!?」
どーん!!と。
彼女は声にならない声をあげて、俺達に飛び付いてきた。
「……生きてる……生きてるよね……?……やだもう、心配ばっかりかけて……」
べたべたと俺とグランを触って、生きていることを確かめた後、彼女はファルーアと抱き合って泣き出してしまった。
ファルーアは既に涙を拭っていて、こっちを見て苦笑して見せる。
慰めようにも身体が動かなくて、俺は少しだけやきもきした。
グランを横目で見ると、何とも困惑した顔である。
……俺達、格好悪いぞ……。
さらに、ざく、ざく、と足音。
ふたりの後ろから、ボーザックがひょいと顔を出した。
「……ここで俺も泣いちゃったら、格好悪いかな?」
軽口を叩くボーザックと、その横で目元を覆って明らかに泣いているアーラ。
そこでフェンが飛び乗ってきて、俺とグランは呻いた。
「う、うげ!フェン!!待て!!う、動けねぇんだ、おい!」
「いいわフェン、好きなだけやりなさい」
「馬鹿言うなファルーア!おい!フェン!」
フェンは嬉しそうに、グランの上を蹂躙した。
「っていうか、ふたりとも何で転がってるのさ」
それに少し笑いながら、ボーザックが俺達を見下ろす。
俺は潤んでいるボーザックの眼を見て、何となく照れ臭くて笑った。
「泣いてもいいぞボーザックー。はは、5重バフが切れたとこだからな」
「ハルトのためと思われたら心外だからやめとこうかなー」
「うわ、酷いなお前!」
「へへ」
心配してくれて、ここまで辿り着いてくれたんだ。
そう思ったら、胸の奥が熱くなる。
やがて、光っていた扉がゆっくりと色を失っていき、同時に閉じていった。
完全に暗闇になる前には、ファルーアが小さな火の玉をいくつか作ってくれる。
道が狭いから、大きな火の玉だと熱いのかもしれない。
「とりあえず俺達は動けねぇし……お前ら奥見て来いよ。……すげぇぞ」
転がったままグランが言うと、皆顔を見合わせた。
最初に、ファルーアがゆっくりと立ち上がる。
「ティア、少し落ち着いたかしら?行きましょう」
「……あ、うん」
ディティアは涙を拭って、こっちを見た。
安心させようと思って俺が笑うと、ちょっと困ったような笑みが返ってくる。
あ、そうか。
笑顔のこと、ちゃんと伝えられてないんだった……。
すると、ファルーアが、転がる俺とすれ違いざまに軽く蹴飛ばしてくる。
〈しっかりなさい〉
そう言われた気がして、何とか頷いて見せると、妖艶な笑み。
……悔しいけど、やっぱり頼りになるよな。
「……俺、残るよ。3人とフェンで行ってきてくれる?」
それを見ていたボーザックが言うと、黙っていたアーラが頷いた。
「わかったよお兄さん。……逆鱗のお兄さんと厳ついお兄さん、皆本当に心配してたんだからね!反省してよね!」
「ああ、悪かったな、助かったぞ」
答えるグラン。
俺は眉をひそめる。
だから、何だよその逆鱗のお兄さんって……。
******
残ったボーザックは、皆が見えなくなった頃にその場にへたり込んだ。
ファルーアが離れたんで灯りも無くなったから、ボーザックは俺が何とか練り上げた浄化のバフで銀色に光っている。
「っ、あー!!……もう、何だよ、本当に心臓止まるかと思ったからね?俺」
言いながら、俺達を何とか起こし壁に寄り掛からせて。
ボーザックは、言葉を詰まらせた。
「……俺、頑張ったかんね……」
それを見て、グランが満足そうに眼を閉じる。
「わかってる。……頼りにしてるぞ、不屈」
「やっぱお前、格好いいわ」
俺も応えて、笑った。
「……あーもう!グランもハルトもずるい!」
目元を擦る小柄な大剣使いは、どかりと胡座をかいて鼻を鳴らしたのだった。




