過去の栄光です。⑥
「あふ……ふあ、あ~……」
よく寝た、と思った。
辺りは優しい蒼い光でいっぱいで、俺は目元を擦って見回す。
「起きたか?ちと変われ、少し眠る」
離れたところでごろりと横になっているグランに言われて、俺は首を傾げた。
「……あー、グラン……ん?あれっ、悪い、いつの間にか寝てた!?」
「ああ。まあずっとバフかけっぱなしだったからな、疲れるんだろう?一日中は」
グランに苦笑されて、俺は首を竦める。
「まあそうなんだけど……ごめん、俺見張っとくよ」
「おう、頼む」
そのまま紅眼は閉じられて、グランはすぐに寝入ったようだった。
……たぶん、俺が寝てからずっと警戒してくれていたはずだ。
申し訳ないというか、俺の警戒心の薄さに情けなくなるというか。
グランには本当に頭が上がらない。
俺は胡座をかいて、革袋から水を飲み、少し身体を拭こうとすぐに立ち上がった。
ここに落ちる前に走って汗もかいたし、眼も覚めるだろうし。
歩くと、頭に付いていた砂がさらさらと落ちていく。
「五感アップ」
一応警戒のためにバフをかけて、そのまま水辺まで行く。
そっと手を差し入れると、ひやりとした水が一気に身体を目覚めさせた。
このまま泳ぎたいけど、飛び込むには冷たすぎるだろう。
澄んだ水は蒼く光る突き立つ岩によって、底の方まで見ることが出来た。
魚……みたいなのは全く見当たらない。
とりあえず、俺はバックポーチに入れていた布を引っ張りだして濡らし、さっと身体を拭う。
ついでに頭もごしごしして、ちょっとひと息。
5重バフをするなら、たくさん食べてからだな。
暫く動けなくなるはずだし。
考えながら革袋に水を汲んで、グランの所に戻る。
相変わらず、ここは静かで……蒼く、幻想的だった。
******
「よっしゃあ!いくぞ!」
「おお!」
俺達は鉄の扉の前、猛々しい砂牛のように吼えた。
……砂牛が吼えるかは知らないけどな!
「肉体強化!肉体強化!肉体強化!肉体強化!!」
俺はバフを広げる。
バンッ
グランがそれに合わせて、両手を扉に添える音がした。
「最後お!肉体強化!!」
精一杯息を吸って……。
「オラアァ!!押せハルトおぉ!!」
「任せろおぉー!!」
俺達は、2度目の喧嘩を、扉に売った。
…………
……
「ぜぇ、はあ、はあぁ……」
「はー、はー……何でだよー」
しかし。
結果は、惨敗だった。
哀しいかな、その閉じられた扉は、ぴくりともしなかったのである。
「この扉、向こう側埋まってんじゃねぇか……?」
グランの声がする。
真っ暗闇で何も見えないし、とうにバフが切れていたので、俺はぼやいた。
「そうだとしたら、とりあえず宮殿みたいなところを探索するしかないよな……」
身体はミシミシと軋むが、少しなら動かせる。
そう考えると、少しは強くなっているんじゃないか?なんて期待もあった。
けれど脳裏に、立ち上がり蹌踉めきながらもすぐに歩き出したディティアが浮かぶ。
……やっぱ全く届いてないな。
そんなことを思うと、早くここから出たい気持ちが湧き上がってくる。
その時だ。
ず、ごごご……
低い音が何処からか響いてきて、ぱらぱらと砂が降ってきた。
扉に寄り掛かって座り込んでいた俺の頭にも、容赦ない砂の雨。
「な、何だこりゃ!?」
「地震……いや、もしかしてまた穴でも空いたんじゃないか……?」
こんな狭い道で崩落とか起きたら、たぶん今度こそ……。
そう思うと、身体が震える。
……その内に音は収まり、砂も落ちてこなくなって、俺は懸命に手を握ったり開いたりを繰り返した。
ここから離れないと、と思ったのだ。
「グラン、身体は」
「多少動いてきたぞ。お前は」
「手は、何とか」
「上等だ、とりあえずこの通路から這ってでも出るぞ」
やっぱりグランも同じ気持ちになったんだろう。
俺達は必死で身体を動かす努力をする。
けれど。
ずごおおおおお……
ばらばらばらっ……
「うぷっ、ぺっ、くそ!」
再びの地鳴りのような音と、降り注ぐ砂。
天井が砂ってことはないだろうから、これは扉に付いていたものかもしれない。
「ハルト!動け!」
グランの足だか腕だかが、俺の太ももに気怠そうにぶつかる。
「そんなことっ……言っても!」
言いながら、腕を何とか前に出そうとして、俺は転がった。
グランも、同じように転げたのが蒼い光に照らされて……え?
「お、おい……ハルト」
「な、なん……」
ぱくぱくと口を動かしたけど、声にならない。
見えたのは、蒼い光。
……扉が、下から上に向かって……ゆっくりと光を放っていくのである。
これ……まさか、向こう側に水が流れこんできてるのか!?
「やべぇぞ、ここが開いたりしたら……!」
「どうする!?押さえるか!?それとも逃げる!?」
その間も、どんどんと扉が光を放っていく。
猛々しい砂牛の彫刻が、浮かび上がってくる。
「下がれ!離れろ!!行くぞハルト!!」
「わかった!!」
俺達はお互いをサポートする形で、地に這う芋虫のようにズリズリと移動を始めた。
やばい。
やばい。
心臓の音、俺の呼吸音、グランの悪態。
そればっかりが聞こえる。
横穴の中はどんどん明るく照らし出され、壁もぬらぬらと光を反射し始めた。
…………でも。
ギッ……ギィ…………バンッ!!!
「…………!!」
俺達の後ろ、扉が完全に蒼い光に包まれた時。
軋む音と共に、それは開け放たれたのだった。




