過去の栄光です。①
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「あ、ああぁあ―――ッッ!!」
自分が絶叫していると、気が付かなかった。
呑み込まれるふたりが見える。
ハルト君は、私に笑った。
グランさんは、私を、皆のところに……投げ上げて……。
「ティア!!」
どっ!!
ボーザックが、私を受け止める。
砂の上に転がって、砂丘の反対側に落ちそうになるのを、アーラとファルーア、フェンが掴んでくれた。
でも、でも。
「ファルーア!!ふたりが!!」
飛び起きるように、反対側に戻ろうとすると、握り締めたロープが、フェンに引っ張られた。
砂まみれになった身体が、再び砂丘に突っ伏す。
脳裏には、ハルト君が口元へと手を持っていく姿が……押し寄せる砂に呑み込まれるその瞬間が、まざまざと浮かんだ。
それでも私は、ふたりが砂から這い上がってくるはずだと、砂丘の下を見下ろす。
……ねえ。
早く……お願い。
「……ねぇ……どうして、どうしてッッ!!」
握り締めた砂が、指の隙間から零れていく。
砂柱は新しく噴き出すことなく、砂漠は静まり返っていた。
……ふたりを呑み込んだから満足だとでもいうのか。
「……ティア」
どれくらいそうしていたのか。
ボーザックが、上半身を起こした私を覗き込む。
その眼は真っ赤になっていて、茫然とした私を映していた。
「……ボーザック……ハルト君が……グランさんが……」
呟くと、ファルーアが、私を後ろから抱き締めた。
ボーザックも、私達を包むように、そっと腕を回す。
「…………嘘だよね」
私の言葉は砂のように、ただ、零れていった。
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離れるわけにはいかなかった。
ふたりが砂の中に埋もれて数分間……いや、数十分しているのかもしれない。
急がなくちゃ、とは思うけど、どの位経ったのかとかなんてどうでもよかった。
ファルーアの魔法で掘り起こそうにも、それでふたりがずたずたになったりしたら大変だ。
何としてでも、助けないと。
指示をくれるグランがいない。
飄々としてるけど頼りになるハルトがいない。
俺の大剣は、ここじゃ全く役に立たなくて、手で、必死に砂を掻き出すことしか出来なかった。
……そんな中で、アーラが、これは元々流砂ではなかったかもしれないと教えてくれた。
触れた砂はさらさらしていて、濡れていた痕跡が無い。
それも、どうでもよかった。
暑さで頭がじーんとする。
砂漠が乾いているせいか、汗は出なかった。
「グラン……ハルト……」
思わず名前を呼ぶ。
ティアも、ファルーアも、一緒になって砂を掻き出している。
その傍で、フェンが砂に鼻を寄せ、ふたりを探してくれていた。
アーラだけが何も言わずに傍に居て、俺はそこで、いつの間にか砂牛達が戻ってきているのに気付く。
「アーラ……砂牛達で、砂を掻き出すことは……?」
「……ごめん、ごめんなさい、お兄さん。……砂牛では無理、この子達は砂を掻くことは出来ないの」
アーラの声は、震えていた。
キツくキツく握り締めた拳が、白いローブから覗いている。
俺はそこで、どうしたの、大丈夫だよと、笑い飛ばそうとしたんだ。
……でも、どうしてか、何時ものように笑えなかった。
「お……お兄さん……お姉さん……。ねぇ……ねぇ、聞いて。お願いだよ……もうやめて」
やがて、アーラはぽろぽろと涙を零し始める。
真っ黒な髪がフードから胸元へと垂れていて、膝を突いたアーラをなぞるようにして砂の上に流れていた。
ぽたり、と落ちた涙は、すぐに砂の中へと消えていく。
一瞬だ。
本当に、一瞬の出来事。
アーラの涙みたいに、ふたりは呑み込まれてしまった。
「……」
顔を上げたら、日はゆっくりと沈もうとしている。
そびえる砂丘の向こうに隠れようとする太陽。
これから空は紅くなっていくはずだ。
手を止めた俺に、アーラが縋り付いた。
「お兄さん…お願い、お願いだから……!」
俺は、そこで初めて、気が付く。
アーラの白い手のひらから、血が出ている。
キツく握り締めたせいで、爪が食い込んでいたんだ。
「アーラ、手が……」
「あたしはいい!あたしは、いいから……このままじゃいけない!!」
顔を歪めて訴える、小さな女の子。
「……あ」
俺は……。
俺は、何をするべきなんだろう。
何時もなら、グランが道を示してくれる。
皆でいれば、皆がいれば、何でも出来るようになるって思ってた。
でも今は。
ふたり、いない。
俺と……フェンと、ファルーアと……ティアだけだ。
じゃあ、俺はどうするべきだろう。
答えは出ていた。
守らなくちゃ駄目なんだ。
グランと、ハルトに、笑われたくない。
そう思ったら、自然と頭が冷えた。
俺は腰に提げていた水の入った革袋を引っ掴み、中身を口に流し込む。
ごくり、と咽が鳴った。
身体が水を欲していることにすら、気が回らなかったんだ。
「お兄さん……?」
「ごめんアーラ。もう大丈夫だよ。ファルーア、ティア。……水飲んで。ここで俺達が倒れるわけにはいかない」
言ったら、彼女達は悲痛な面持ちのまま、俺を見た。
「……飲んで。グランとハルトをこのままにして、俺達が倒れたら駄目なんだ」
「…………ボーザック、貴方……。そうね、そうよね。……こんな、取り乱すなんて。あのふたりに馬鹿にされるなんて御免だわ」
先に、ファルーアの眼に光が戻る。
彼女は横にいたフェンにも革袋を広げて差し出した。
「ごめんなさいね、フェン……咽が渇いていたわよね」
「あぉん……」
舌を垂らしていたフェンは、ひと声鳴いて水を飲む。
「悪かったわ、ボーザック」
「ううん。……ごめん、ファルーア」
言ってから、俺は自分の革袋をティアに差し出した。
「ティア。こっち見て」
「…………」
ぎこちないかなって、自分でも思う。
でも、俺は大剣を振り回すことで硬くなった手のひらで、そっと彼女の頭を、髪を、撫でた。
「ティア。俺も、ファルーアも、いるよ」
「……!」
ティアは、目を見開いて、口をへの字にし、眉を寄せて俯いた。
「……まだこれからだから」
「……うん……」
彼女は目元をローブでゴシゴシと擦った。
顔を上げた時……ああ。
その「疾風のディティア」の凛とした表情に、俺は思わず笑みを零す。
ティアは強くて、弱くて、綺麗だ。
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太陽が砂丘に隠れ、日陰になった場所で少しだけ休む。
その間、ファルーアは必死になって考えることを選んだ。
下から突き上げる砂柱。
流砂ではないのに渦になって吸い込まれる砂。
それは何故起こったのか。
ボーザックがあれ程に奮い立ったのだから。
私も応えなくてはならないわ。
その思考が、さらに集中を高めていく。
砂柱は、下から突き上げられて出来たように見えた。
それが立て続けに何カ所かで起こって、同時に、柱が噴き出した場所へと、周りの砂が吸い込まれていったのだ。
では、その砂は何処にいってしまったのか。
もやもやしていたものが実を結んでいく。
こうあって欲しいという願望に辿り着くまでを、ファルーアは描いていく。
そうして導き出した答えに、ファルーアはフェンにもたれて休むアーラに声を掛けた。
「……アーラ、教えて。砂漠は、地下に空洞があるかしら?」




