仕事は優先です。⑥
アーラは砂牛の荷物を下ろし、ロープを5頭の砂牛達に繋いだ。
砂牛の脚力は凄まじく、アーラひとりくらいなら一頭でも楽々支えられるらしい。
それを5頭繋いでいるのだから安心感も増すというものだ。
残りの一頭には水と食糧を背負わせたままにしておくのを見るに、最悪なことになってもその砂牛を呼び寄せて命を繋ぐんだろう。
砂牛達はちゃんとアーラの言うことを聞くように育てられているようだったし、まあ今回は俺達もいるんだけど。
「様子を見てくる。あたしが填まっても、焦らないでね。足1つくらいなら、自分で何とか出来るから」
アーラはそう言って、3つに折りたたんであった棒を伸ばした。
「わかった。何かやれることがあったら指示出せ」
そこでグランが言うと、それを聞いた彼女は苦笑する。
「あのね、組んだ仲間にあんまり指揮権渡しちゃうと、宝をたくさん待って行かれちゃうんだよ、お兄さん」
俺達は顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。
それは、樹海の双子からも、散々言われたことだ。
「まあ、俺達はトールシャは不慣れだからな。仕方ねぇさ」
応えたグランに、アーラはふふ、と笑った。
「本当に、お人好し!」
俺達も、きっとアーラも。
少しでも、不安な気持ちを拭い去りたい気持ちがあったんだ。
…………
……
棒を前に刺しながら、アーラはゆっくりと砂丘を下る。
やがて、それがずぶりと深く刺さる場所に辿り着いた。
間違いない、流砂だ。
そうすると、規模はかなり大きい。
もし拡大を続けているのなら、周りの砂丘も後々崩れてしまう。
考えながら、アーラは『浮いている』物体達に視線を移す。
流砂の中央と思われる辺りに近い場所に、それはある。
誰かがあの辺りで流砂に填まり、その後に流砂が拡大していった可能性がありそうだ。
あの装備が誰のだったか分かればいいんだけど、よく見えないな……。
「逆鱗のお兄さん!バフって、視力上げられたりしないかな!」
声を掛けると、上から憤慨した声が返ってきた。
「げ、逆鱗のお兄さん!?誰だよそんなの教えたの!……五感アップ!」
「おっ、いいねいいね!ありがとう!」
教わったのは昨日の夜で、ティアお姉さんとファルーアお姉さんからだったけど、教えなくていいや、面白そうだもの。
アーラはそう思いながら、物体達をしっかり見た。
余裕がある訳じゃない。
もちろん、楽しくなんてない。
ただ、そういうことも考えてないと、心がやられてしまいそうだったのだ。
……あれは頭に巻く布。
それから、あっちのリュックは……ああ、大変。
何てことだろう。
「あれは、3組目に出たベテランパーティーの荷物だよ……そんな……」
アーラはそう言って、周りを見た。
足跡は見当たらない。
たぶんもう消えてしまったんだ。
連れていた砂牛達も一緒に飲まれてしまったのか、それとも、砂漠を彷徨っているのか。
どちらにしても、ベテラン達は流砂を全く警戒してなかったんだと思った。
確かにあたしだって、普段この場所で警戒しないかもしれない。
……砂漠は、残酷だ。
アーラは流砂に棒をしっかり突き立てて、バックポーチにしまっていた紅い布を取り出した。
それを棒の先にぎゅっと結び、流砂の目印とする。
「……行こう。これ以上は無理だよ。仕事を続けないと」
言ってみたけど、思った以上に声が固くなって。
アーラは、苦笑した。
******
ドゴアアァァッ!!!
腹の底へ響くような大きな音が轟く。
俺は空へと噴き上がった砂に、声を張り上げた。
「脚力アップ!脚力アップ!速さアップ!」
砂を蹴り、各々が砂丘を駆け上がる。
息が切れ、暑さにくらくらするけど、体感調整バフを重ねている場合ではなかった。
「はぁっ、はあ……っ」
布越しでは息が苦しい。
何とか砂丘を登り切って振り返れば、砂がまるで濁流のように渦巻いていた。
「行け!走れ!!」
アーラの声に、砂牛達がばらばらに走り出す。
……何が起きているのかはわからない。
砂柱が何度も噴き上がり、そこが渦になって周りの砂を呑み込んでいくのである。
突然始まったその現象に、俺達は必死になって逃げるしかなかった。
「砂丘の上を走って!!下は何処が流砂かわからない!!」
「わかった!」
アーラは道を示すために先頭で誘導してくれている。
フェンも先行して、砂丘を駆け上がった。
転げるようにして、俺達は駆ける。
ドゴオオオォッ!!
再度、後方で大きな砂柱が空へと打ち上がる。
「きゃ……っ!」
足を取られたファルーアをグランとディティアが引き起こしたところで、砂丘が崩れ始めた。
打ち上がった砂がばらばらと降り注いできて、視界が遮られる。
「っ!!登れッ!!」
グランの怒声。
ファルーアを引くディティア、上でアーラとボーザック、フェンが待っていて、殿を俺とグランが走る。
けど。
……くそ!
砂の流れは凄まじかった。
足が取られ、手を突けばそこから呑まれそうになる。
グランと俺は、もつれるようにして砂に押し流された。
くそ、これじゃあ……!
「ハルト君!グランさん!!」
そこに。
ディティアが、ロープを持って飛び降りてくるのが見える。
その端を、ボーザックとファルーア、アーラが握っていて、1番端をフェンが咥えていた。
けど、駄目だ。それは、駄目だ!
この流れで俺達がロープを掴んでも、皆が巻き込まれてしまう。
……ディティアも、このままじゃ……!
必死で脳を回転させる。
俺の腕力アップバフは、投げてももう砂丘の上までは届かない。
俺がもっと、広げられるようになっていれば……こんな。
「ハルト!!」
「……腕力アップ!腕力アップ、腕力アップ!!グラン!!」
グランの切羽詰まった声に、俺はグランと自分にバフを広げる。
眼が合った厳つい大男は、確かに俺と同じ事を思っていた。
……悪ぃな、と眼が訴えている。
俺もきっと、ごめんって顔をしていたはずだ。
俺達は、上がれない。
でも、今なら、彼女だけなら。
怒るだろうな、と思った。
泣いてくれるだろうな、とも。
一瞬が、とても長く感じた。
そして。
駆け降りてきたディティアを、俺はグランに向かって投げ上げた。
少しだけ感じた彼女の温もりを、しっかりと、心に刻む。
「…………え?」
ディティアの、思わずこぼれたような声。
投げ上げた彼女と眼が合う。
俺は、笑った。
「……ま、待っ……」
グランが、そのディティアをキャッチして……。
「おおおおっらあぁぁ!!!受け取れお前らあぁぁッ!!」
「だ、だめええぇ―――ッッ!!!」
砂丘の上に向かって。
グランが、彼女を投げた。
彼女の絶叫が聞こえ、砂が押し寄せて、俺とグランはあっという間に呑み込まれる。
……ごめん、ディティア。
……ごめん、皆。
この気持ちがどうか、俺が生きている内に届くように、と。
俺は口元を手で覆い呼吸するスペースを作るようにして、少しでも生き長らえるよう、抗うことを選んだ。




