仕事は優先です。①
「あたしとゴード兄は、この先のオアシスを挟んだ反対側にある村の人間なんだ。今は二人でトレージャーハンター協会のザングリ支部で働いてるの。そこまではいいよね?……っていうかこの、バフっての?すごいね!どうなってるの?」
「ん?うーん、イメージは身体にバフの膜を張って、外側に熱を出したり、外側から熱が伝わってきたりするのを調整してくれてる感じかなあ。……細かいことは正直わからないんだけど」
小首を傾げたアーラに答えると、彼女はへぇと笑った。
「とにかくお兄さんがすごいんだってことはわかったよ!」
「……えっ、そうか?ありがとう」
素直に褒められたことがむず痒くて、何となく頬を掻く。
何か新鮮だ。
「ふふっ、どういたしまして!」
アーラはにこにこしたまま、話の続きを紡ぎ出した。
「……えっと、それでね!貧しい村に嫌気が差して、ザングリまで、ゴード兄と友達数人と一緒に出ることにしたの。トレージャーハンターになりたくてさ。村を出て戻ってこない人だって多いし、それならあたし達も出来る……一攫千金、それであたし達は変わるんだって思ってた。……砂漠では、そんな子供の浅はかな思惑は上手く行かなくて」
彼女は熱い砂漠の空気を吐き出した。
見渡す限りの砂の海を見渡し、当時を思い出しているのか、声が少しだけ低くなる。
「サンドワームの群れに捕まった。友達も何人か、やられた。……村に戻ってこなかった人達の何人かは、ああやってやられていたんだろうって、そこで初めて思い当たったんだよね」
さらりと吐かれた内容に、誰かの咽がごくんと鳴った。
俺は予想外な展開に、少し戸惑う。
これは、アーラの辛い思い出なんじゃないだろうか。
「その時はね、助けられたの、裏ハンターに。それで、あたしとゴード兄が裏ハンター候補になったみたい。あたしたち兄妹は、砂漠で生きるために早くから戦闘を教わってたからだと思うな。……でもね、あたしはその試練に落ちちゃったんだー。……仲間の命と仕事を篩にかけたから」
アーラがそう言って、振り返る。
……。
ぞっとするほどの冷たい眼が、俺を射貫く。
でも、絶望しているような顔じゃない。
「仕事をしないと、飢える。仲間を助けることで、命を落とすことがある。……あたしは飢えるのも死ぬのも嫌だ、だから仕事を取るって言ったら、落とされちゃったんだ!まあ仕方ないよね。……砂漠は、残酷だよ」
そこまで話すと、彼女はすぐに温もりを宿した眼に戻り、にっこりと微笑んだ。
……あの冷たい眼。
俺にはわからないけど、切り捨てることを知っている人のそれなんだろうって思う。
それでも絶望しているわけじゃないのは、生への執着からなのか。
それとも、諦めを知っているからなのか。
どちらにせよ、まだ幼く見えるアーラが抱えているものは、暗くて冷たいものなんだと思った。
ちらと見ると、皆、一様に複雑な顔をしている。
……そうだよな。
まだこんな、俺達よりよっぽど幼いであろう女の子が、そんな物を抱えているなんて。
アーラは、どうして話してくれたんだろう?
「……今回のあたしの1番の仕事は白薔薇をオアシスへと無事に連れて行くこと。その道中で、砂漠の異変を探すことは2番だよ。優先度が高いのは前者。異変らしきものがあっても、無事じゃ済まないと判断した場合は迂回するから、そこは従ってね。ええっとね、何が言いたいかっていうと、あ、そうだ。あたしは裏切ったりはしないからそこは安心して。裏切ってまで宝が欲しいとかじゃないんだ。あのね……仕事は優先ってこと!」
アーラはそこでぽんと手を打った。
「暗くて重い話はここまでにしよう!爆風のガイルディアのことが知りたいんだよね?」
けれど、ここで。
食い付くかなと思ったディティアが、落ち着いた声でアーラに問い掛けた。
「……それも知りたいんだけど、ねぇ、アーラちゃん」
「うん?何かなお姉さん?……えっと、くすぐったいからアーラでいいよ?」
「それじゃあアーラ。教えてほしいんだけど……今の話は、ゴードが話せって言ったの?」
「えっ?……ううん、違うよ。あたしが話しておかないとって思っただけ」
「うんうん、それはどうして?」
「どうしてって……白薔薇は裏ハンターでしょ?そこに、裏ハンターになれなかったあたしが同行するんだもの……何で駄目だったかちゃんと説明しておくべきだよね。後で「知らなかった、知ってたら組まなかった」ってゴード兄が責められたりしたら困るし。……仕事は優先、時には残酷な選択もあるってことは、知っていてもらいたかったしね」
……成る程。
アーラは、自分の話をすることで、ゴードを守ろうとしてるのかもしれない。
「ゴードを責めるようなことはしないから安心してね。……あと、アーラ」
「何かな?」
「無事に抜けようね。砂漠は初めてだけど、一緒に頑張るから」
にこりと笑ったディティアに、眼を丸くするアーラ。
「そうだな、そんなの、背負いすぎる必要はねぇよ」
グランが続けて、ボーザックとファルーア、そして俺も頷く。
アーラはそれを見て、心底面白そうにふふっと笑った。
「何となくわかってたけど、皆お人好しって言われないかな?」




