砂の海は初めてです。⑥
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「爆風のガイルディアのことなら裏ハンターの自分に聞いてくださいよ……」
ゴードが不満そうに言った。
……確かにゴードに聞いてもよかったけど、全くそこに思い当たらなかったのでちょっと笑ってしまった。
そんなゴードに、アーラは楽しそうに笑いながらすっぱり言い切る。
「あはっ、聞いてる時間が勿体ないよ!あたしが裏ハンターじゃないことも含めて途中で話しておくねゴード兄!さあさ!行くよー」
それを聞いて、俺は首を傾げた。
アーラは裏ハンターじゃないのか?
まあ、話してくれるらしいし、待ってみるしかないけど……。
……そんなわけで。
「うっ、うわあー!山みたい!」
ザングリの町外れまでやって来て、俺達は初めて「砂の海」を眼にした。
一面の砂、砂、砂。
小高い丘のような、山のようなものが幾つも連なって、その向こう側まで見渡すことは出来ない。
緑は何処にも無く、ただただ、虚無の世界のように見える。
けれど、確かに何かが息づく神秘的な景色でもあった。
「こりゃ、すげぇな」
グランが顎髭を擦る。
「壮大だわ」
ファルーアも、ほう、と息を吐きながら呟く。
「凄いでしょ!この向こう側も、ずうっとこんな世界なんだよ!」
アーラはそう言って、口元の布を引き上げた。
「さあ!ローブについた布、皆も引き上げといてね。砂漠は砂塵が舞ってるし、あんまり吸い込まないほうがいいんだ」
「そうなんだ」
言いながら、ボーザックが布を引き上げる。
……けど……。
「なあ、フェンはどうしたら?」
自分の口元の布を引き上げながら、俺は足元にいる神々しい銀色を見た。
ふっさふさの尻尾が砂を撫でると、俺の足元に砂がかかる。
……こいつ、わざとやってるな。
「む、そこは考えてなかったなあ。……ねえこの子触っても噛まない?」
「わふ」
アーラはフェンが応えたのを見て、眼を見開いた。
「うわあ!この子わかってるの?頭いいねぇ!」
……そうか、フェンのやつ、こうやって上手く取り入るのか。
ちらりとこちらを見た神々しい銀色のフェンは、ふすっと鼻を鳴らす。
……可愛くない奴だなあ!
「はい、じゃあ…………ここを……こうして……よし。これでどうかなお兄さん?」
アーラは俺とフェンの攻防など気付かないようで、さっさとフェンの口元に布を当て三角にして形を決めると、長辺の両端と真ん中の3箇所に穴を空けて、それぞれ紐を通した。
両端から通した紐は、顎の下と頭の後ろでそれぞれ結び、真ん中を通した紐は耳の間から後ろへと持っていって、頭の後ろの結び目の辺りで一緒に結ぶ。
成る程、簡易的だけど鼻先に三角系の頂点部分が垂れて、ちゃんと口元を隠していた。
「へぇ、器用だな!」
褒めると、アーラはえへへと笑う。
フェンは少し邪魔そうにしていたけど、仕方ないと分かっているらしい。
ちゃんと大人しく歩き出した。
けれど。
「時間取れたら、ちゃんとしたの縫ってあげるからね……それまではごめんね」
申し訳なさそうなアーラに言われて、あからさまに尻尾を振って媚びていた。
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「じゃあ行くよー!」
アーラの号令。
俺達はひとり1頭の砂牛にたくさんの荷物を乗せ、鼻先の手綱を引いて進む。
砂牛はフェンの指示に従うように、俺達のペースに合わせて悠々と歩いてくれた。
ざく、ざく。
砂漠は普通に歩いても足が少し沈む。
砂の重みは予想以上で、何時もより疲れそうな気がする。
……そして何より。
「あ、暑い……これ、こんな、ずっとなの?」
ボーザックが呻く。
「確かに、こりゃ……中々身体を、鍛えられそうだ」
グランもそう言って、しっかりと踏ん張った。
……重装備でいかついのグランの足跡は、他の皆より大きくて深い。
それだけ身体にかかる負担も大きそうだ。
「せめて暑さだけでもどうにかしたいね」
「そうね、この中を歩き続けるのは厳しいわ」
暑さはアイシャでは感じたことが無い程で、ディティアとファルーアもそう言ってローブの首元を摘まみ、ぱたぱたやっている。
ふ。
それを見て、俺は思わず、笑った。
「?……どうかしたの、ハルト君?」
いち早く気付いたのはディティア。
俺は、堪えきれなくなってぱっと手を出した。
手の上には、練り上げたバフ!
「この時を待ってたんだよ!……昨日、寝不足気味になってまで練習した甲斐があった!」
俺は訝しげにこっちを見ている皆に、さっとバフを投げる。
「体感調整!!」
「これ何ハルトー?初めて聞く……って、あれ、あれれ!?」
ボーザックはすぐに気付いたらしい。
眼をきらきらさせ、俺に向かって飛び跳ねて寄ってきた。
「これ、何!?暑くないんだけど!!」
……そう。
これは、暑さや寒さを凌ぐために作られたバフなのである。
「おお!ハルト良くやった!こりゃいいな!」
「すごいハルト君!!」
「やるわね、ハルト」
暑いと分かった時から覚えておこうと思っていたから、俺としてもこのバフは充分な価値がある。
フェンの口の中にも放り込んでやると、銀狼は尻尾をぱたぱたさせた。
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1つの砂の丘を越えて眼前に広がる一面の砂の海を眼にした時、俺達は絶句せざるを得なかった。
広い。
海とはよく言ったもので、ひとつひとつが丘のような、山のような場所が巨大な波のようにいくつもいくつも連なっている。
「これが……砂漠」
思わず呟くと、先頭のアーラが少しだけ振り返った。
「……そう。あたしとゴード兄が育ってきた、残酷で神秘的な恐ろしい場所だよ」
黒い眼は何を映しているのか。
砂漠の奥を見詰めながら、アーラは話し出した。




