砂の海は初めてです。⑤
「砂漠に生息している大型の魔物はサンドワームが主流です。歩いていた砂牛や他の動物が補食されます。こいつらは群れで行動するので、オアシスとの中間に移動してきていると危険ですね」
「普段はどの辺りにいるんだ?」
「オアシスよりも北です」
「成る程……戦い方とかあるのか?」
「はい、砂の中に潜って口を広げています。注意深く見ていれば牙が砂の上に見えているので……そこに爆発物を投げ込みます」
サンドワームが食い付いた瞬間、ボン。
……う、うん。
想像して、ちょっと気持ち悪くなった。
「爆発物が無かったらどうするんですか?」
ディティアが追加で質問すると、ゴードは言った。
「何でも良いから投げ込みます。出てきたところを叩くんです。……自信が無ければ迂回してしまって、討伐隊が結成されるのを待つのも手ですよ」
「出しちまえば楽ってわけでもないのか?」
「楽は楽ですが……あいつら魔法使うんですよ。ブレスに近いんですけど……雷みたいな」
今度は、ファルーアが顔をしかめた。
とはいえ、ブレスや魔法であれば大丈夫なはずだ。
何せファルーア自身も雷の魔法を使うことがあるしな。
「報酬は1人2,000ジール、パーティーで10,000ジールです。一応お伝えしますが、これは強制ではありません。違う仕事もご紹介出来ます」
ゴードがそう言って、説明は締め括られた。
勿論、今更他の仕事なんて言うはずもないわけで。
けど、ひとつ気になることがあって、俺は口を開いた。
「あのさ、俺達は砂の海は初めてなんだけど……この場合、俺達は戦闘専門って扱いだろ?……そうすると、探索専門が他にいるってことだよな?その人達がベテランじゃないと心細いんだけど」
「うん、そうだね。流砂っていうのも見分けがつけられないもんね」
聞いたら、ディティアが同意してくれた。
……魔物は五感アップで索敵可能かもしれないけど、流砂ってやつは未知の現象だ。
いきなり放り出されることは無いだろうけど、ちゃんと確認はしておきたい。
すると、ゴードはにやりと笑った。
「それは大丈夫です。同行するのは妹のアーラですから」
******
結局、爆風のガイルディアのことを聞くのをすっかり忘れていた俺達は、紹介してもらった宿でそれに気が付いた。
「すっかり忘れちゃってたぁ」
肩を落とすディティアに、慰めにと髪を撫でてあげる。
「よしよし。また明日、アーラに聞いてみような」
「……うう~~」
「元気出そうぜディティア。近くなってるのは間違いないし」
「…………」
彼女はますます俯いてしまって、今度は覚えておいてあげようと思ってたら、ボーザックが呟いた。
「それは、既に落ち込んでるからではないと思うんだよねぇハルト」
「えっ?……ど、どうかした?大丈夫か?」
驚いて覗き込むと、彼女は真っ赤になっていた。
「…………ディティア?」
「よーし、ティア!皆も!ご飯にしようよ!俺何か食べたい!」
ボーザックが横からディティアを引っ張って、俺は首を傾げる。
「う、うん……」
弱々しく頷いて、彼女は熟れたりんごのような両方の頬を手で包み込んで唸った。
「私が慣れないといけないのかなぁ……これ……」
何となく心外な感じがするけど……指先に残った髪の感触に、俺はもうひとつ、別のことを思い出した。
そういえば、ディティアが髪を切ってもらえる場所、この町にはあるかな……?
******
次の日の朝、俺達はトレージャーハンター協会へとやって来た。
昨日の夜、思い立ってバフを練習していたせいで、ちょっと眠い。
そこでゴードが装備のチェックをしてくれて、砂の上は歩きにくいからと、ファルーアはブーツに履き替えることになる。
確かに、ヒールが砂に刺さりそうだ。
それに併せ、首から足元まで覆っていたピッタリした防水の服の足の方は脱ぐらしい。
確かに蒸れそうだよな。
ついでに、これで踏まれる痛みには少し希望が持てる。
……そもそも踏まれないように慎重を期すべきかもだけど。
そっと目配せをすると、グランとボーザックが頷いてくれた。
それから、俺達はジャンバックからもらった大きめの革袋を装備する。
これは水筒代わりらしい。
万が一の時はファルーアの魔法があるけど、戦闘の可能性もあるから温存するに越したことはないし、基本的には水は大切に使うようにとゴードから念を押される。
それから、白いローブもしっかりと纏ってあった。
「砂漠は日中暑くて夜は冷えます。ローブを着ている方が昼間は涼しいし夜は温かいです。間違っても昼間に脱いだりしないでくださいね」
言いながら、ゴードは角の長い大きな生き物を6頭指差した。
「こいつらが砂牛です。砂漠に特化した砂を掴める脚は強靱で、荷物を運べます。人は流石に乗れませんけどね」
砂牛……と呼ばれた生き物は、四つ脚で、身体には砂と同じような色の細かい毛がびっしり生え、黒い眼には睫毛がわさわさしている。
2本の角は少し波打ちながら空を目指して伸びており、尻尾の先が少しだけふさっとしていた。
首は長めで、地面から角の先まででグランと同じくらいの高さがある。
「可愛いですね!」
ディティアがそれを見てぽんと手を叩くと、ゴードは笑った。
「非常食でもあるので、感情移入はお勧めできないですよ!」
「あぉん……」
早速砂牛と鼻を突き合わせていたフェンがそれを聞いて、哀しそうな声を上げる。
「非常事態にならなけりゃいいんだろ?あんま心配するな」
グランがそんなフェンの頭を撫でたので、俺はふとディティアを見た。
そうそう、グランがするような、あんな感じだと思うんだけど……。
慰めてあげたいし、励ましてあげたいし。
「?」
ディティアが首を傾げるので、笑い返しておいた。
そこに。
「お待たせー!準備出来てるかなー!」
ゴードと同じくらいの背丈の白ローブの女の子が、右手を挙げながらやって来る。
フードを取ると、高く結った黒髪と、ぱっちりした黒眼。
「よろしくね白薔薇!あたしが砂漠の案内人、アーラだよ!……って、おお?何かなお姉さん??……おお??」
名乗った彼女に、いの一番にガイルディアのことを聞くため、ディティアが詰め寄るのだった。




