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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅠ
26/844

名前、くれませんか。⑥

血を流しすぎたのか、ボーザックは3日ほど意識を取り戻さなかった。


その間に、俺達白薔薇のメンバーはシュヴァリエに呼ばれていたが、ボーザックが起きるまで会う気は無いと突っぱねた。


アイザックや爆炎のガルフは、治療やら見舞いだと称してちょこちょこ来ていたけど、シュヴァリエが気にしていることをちらっと洩らしていったから、あいつなりに思うところがあったんだろう。


******


「……ねぇ俺、負けちゃったんだよねー?」


4日目の朝、目覚めたボーザックの一言目がこれだ。

ちょうど俺が付いてる時だったんで、一瞬言葉に詰まった。

「……うん、そうだな」

結局、真っ直ぐに認める。

「そっかぁ、仕留めたと思ったんだけどなあ」

意外にも、ボーザックは歯を見せてへへ、と笑った。

「お前」

「大丈夫だよハルト。聞こえてた。皆の声」

「……そっか」

「でも悔しいから、もっと強くなる。いつか優勝するよ」

「お前、すごいな」

「え?あははっ、逆鱗のハルトに誉められるなんて思わなかった!……でも、本当悔しい」

最後は、少しだけ声が震えた。

俺は背中を向け、ベッドに寄りかかる。

「皆呼んでくる前に、時間欲しいか?」

「……、…、ううん、大丈夫。…あと、おなかすいた」


俺はボーザックに笑って、席を立った。


******


いきなりそんな入るもんか?


疑うほど大量の料理をボーザックは胃袋に消した。

何だこれ、手品か?


皆も呆然と見ている。

「んぐ、もぐ……この肉もう少し食べたい」

「あんた…後で吐かないでよ?…マスター、お肉追加してもらえるかしら?」

ファルーアが呆れながら追加してくれる。

「ついでに茶もつけてくれーマスター!」

グランが手を上げた。


宿のそばにある食堂で、机を囲んでいる。

周りの冒険者が、俺達が白薔薇だって気付いて話題にしているのがわかった。

ボーザックの名前が聞こえる。


そこに、連絡を出しておいたアイザックがやって来た。

「おう、ボーザック!」

「もぐ、もが?……んぐ、アイザック!」

「大丈夫か?なんか皿の数すげーぞ」

「平気平気!治療してくれてたんだよね?ありがとう!」

「お、おお」

アイザックがこっちを見るので肩を竦めてみせる。

彼ははぁーっと息を吐くと、椅子を引っ張ってきて座った。

「あー、とりあえず先に言っとくぞ。明日、時間は取れないか?」

「ボーザックも起きたしな…閃光を待たせるのも飽きたからいいだろ。それでいいな?」

グランがため息をつく。

皆で頷くと、ボーザックだけが不思議そうな顔をした。


******


「よく来たね白薔薇の諸君。それから、逆鱗の。やっと来てくれてうれしいよ」

呼ばれたのはシュヴァリエの家だった。

だだっ広い敷地内にでーんと構える白い館で、俺達の養成学校くらいある。


何だこれ……これが貴族か?


所謂貴族街の一画でも、かなりの存在感だ。


「俺は会いたくなかったよ」

ふん、と吐き捨てると、シュヴァリエは困った顔をした。

「まあ、そう言わないでもらいたい。今日は、さすがに申し訳が立たないので呼んだまでだ」

「……」

まずは座ってくれと言われて、巨大なテーブルの隅に座った。

すかさずメイドがお茶を運んできて、焼き菓子が並べられる。

「う、うわぁ……美味しそう」

「ティア、これ通りにあった焼き菓子のお店のよ」

ディティアとファルーアがよだれが出そうな顔で見ている。

シュヴァリエは爽やかな笑顔で是非食べてくれと言った。

「おい、こっち見るなよ……食えばいいだろ」

グランが眉をひそめると、彼女たちは嬉しそうに手を伸ばした。

ボーザックも。

せっかくだから俺も。


「おや、あんたらももう来てたか」

「やあハルト君!元気でしたか?」

そこにカルアさんとカナタさんも入ってきた。

「カナタさん!」

俺が立ち上がると、グランが笑う。

ただ、ボーザックはクッキーを囓ったまま固まってしまった。

「か、カルアさん……その、俺」

「……そんなうさぎみたいな顔するんじゃないよ」

「……」

気まずい雰囲気になるけど、カルアさんはボーザックが起きるまで何度も見に来ていたのを俺達は知っている。


そこに、祝福のアイザック、爆炎のガルフ、迅雷のナーガもやって来た。


「では全員揃ったので、発表だ。入れ」


がちゃり。


シュヴァリエの声で入ってきたのは……。

「…………イルヴァリエ?」

呟いたのは、ボーザック。


そう、入ってきたのはイルヴァリエ。

しかし、その頭は美しい肌色に艶めいていた。


「頭を剃らせたんだ、逆鱗の」

「何で!?つか俺に言うな!!」


爽やかなシュヴァリエに思わず怒鳴り返す。

それでも、イルヴァリエは表情を変えずに、直立不動。


「これは少しやりすぎた弟への罰だ。大切に伸ばしていたからね」

「……ぶはっ」

最初に堪えられなくなったのはボーザックだった。

盛大に吹き出して、げらげらと笑い出す。

「うわあ!あはっ、はははっ、ひでー!頭剃っても、イケメンっ、かーわーいーそー!!あはははっ」

これに、初めてイルヴァリエの眉毛がぴくりと動いた。

俺もじわじわきて笑ってしまう。


隣を見ると、ディティアとファルーアまでプルプルしていた。


「お前……災難だったな」

グランすら同情する有様。

ボーザックは涙をためながら笑って、続けた。

「何か、どうでもよくなった!俺達、いい試合だったと思う!は、はははっ」

「……イルヴァリエ」

「はい兄上。……ボーザック殿、この度は…」

「ぶはっ、ど、殿!あはっ、その、頭でっ、殿って!」

「……こ、この度はっ、剣術闘技で、恥ずかしい戦いを…」

すごい。

ボーザックのともすれば煽りにしか聞こえないコメントに、イルヴァリエは諦めない。

ゆでだこのような真っ赤な頭になって、続けた。

「騎士にあるまじき行い、だったと思う。すまなかった」


ボーザックはぶふーっと笑った。


******


「ふー、笑ったー」

お茶を飲み、すっきりした顔をしているボーザックの向かいに、イルヴァリエ。

無口なのかと思いきや、シュヴァリエの話を振ったらものすごく喋った。


ブラコンだったのだ。


兄がうるさいから凜としていたのではなく、兄がいるところで自分への歓声が聞こえるのが耐えがたいのだと、つるつるの頭で語った。


「はー、とにもかくにも、一件落着だね」

ディティアも真っ赤になるほど笑っていたが、漸く収まったらしい。

「正直、切り刻んでやろうかと思ったね」

カルアさんが鼻を鳴らすと、イルヴァリエが突然テーブルに額を擦りつけた。

「それはっ、本当に申し訳ありません完遂のカルーア様!」

その異様さに、思わず聞く。

「おいシュヴァリエ、カルアさんと知り合いだったのか?」

シュヴァリエは優雅に笑った。

「僕の師匠だよ」

ぶはっ。

お茶を吹き出した。

「えっ、お前の?」

「そうだよ。彼女に幼少の頃鍛えられた結果、閃光のシュヴァリエが生まれたと言っても過言では無いよ逆鱗の」

「ふざけたこと言うんじゃないよ」

「へー、そしたら俺達、兄弟弟子だね」

ボーザックが笑うと、イルヴァリエが凄まじい速度で顔を上げてボーザックを睨んだ。

「兄上の弟は私ひとりだ!」

「ねぇイルヴァリエ、俺、また笑いそうなんだけど」


そして、カルアさんが本題を切り出した。


うん、この際、イルヴァリエはどうでもよかった。


しゃらり、と銀の鎖が鳴る。

「ボーザック」

「?、何、カルアさん」

「ほら」

「あれ?これ俺の名誉勲章じゃん。確か闘技会で汚れたからギルドが磨いてくれてるんだったよ……ね?」

ボーザックの視線が、1点でとまる。

「……」

俺達は知っていた。


そこに『不屈』という2つ名が刻まれていることを。


「か、カルアさん……これ?」

「優勝はしてないから、まだまだ坊やだけどね。これをあんたに与えることで、今回は決着なんだよ」


そう、そうなのだ。


闘技会の結果、あわや冒険者達の暴動となる寸前、グラン達は彼らに告げた。

ボーザックに、2つ名を授与すること。

これで、怒りを収めてほしいと。

カルアさんが倒れたボーザックの元に駆け付ける寸前、彼女は暴動を想定してグランに声をかけていたのである。


「もし暴動になりそうなら、あたしの名を出しな。あたしが、ボーザックに2つ名をくれてやるからそれで手を打てって」


ボーザックは、呆然と名誉勲章を見つめていたけど、突然、腕で目元をこすった。

「ちょ、ちょっとさあ。不意打ち……」

皆が微笑む。

「不屈のボーザック。あんたはいつか、この闘技会で優勝しな。その時こそ、あんたが不屈になるときだ」

カルアさんが笑うと、ボーザックは腕で目元を隠したまま、頷いた。


何度も、何度も、頷いた。


本日分の投稿です。

ボーザックの2つ名編はおしまいです。


毎日更新しています!


よろしくお願いします。

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