名前、くれませんか。⑥
血を流しすぎたのか、ボーザックは3日ほど意識を取り戻さなかった。
その間に、俺達白薔薇のメンバーはシュヴァリエに呼ばれていたが、ボーザックが起きるまで会う気は無いと突っぱねた。
アイザックや爆炎のガルフは、治療やら見舞いだと称してちょこちょこ来ていたけど、シュヴァリエが気にしていることをちらっと洩らしていったから、あいつなりに思うところがあったんだろう。
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「……ねぇ俺、負けちゃったんだよねー?」
4日目の朝、目覚めたボーザックの一言目がこれだ。
ちょうど俺が付いてる時だったんで、一瞬言葉に詰まった。
「……うん、そうだな」
結局、真っ直ぐに認める。
「そっかぁ、仕留めたと思ったんだけどなあ」
意外にも、ボーザックは歯を見せてへへ、と笑った。
「お前」
「大丈夫だよハルト。聞こえてた。皆の声」
「……そっか」
「でも悔しいから、もっと強くなる。いつか優勝するよ」
「お前、すごいな」
「え?あははっ、逆鱗のハルトに誉められるなんて思わなかった!……でも、本当悔しい」
最後は、少しだけ声が震えた。
俺は背中を向け、ベッドに寄りかかる。
「皆呼んでくる前に、時間欲しいか?」
「……、…、ううん、大丈夫。…あと、おなかすいた」
俺はボーザックに笑って、席を立った。
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いきなりそんな入るもんか?
疑うほど大量の料理をボーザックは胃袋に消した。
何だこれ、手品か?
皆も呆然と見ている。
「んぐ、もぐ……この肉もう少し食べたい」
「あんた…後で吐かないでよ?…マスター、お肉追加してもらえるかしら?」
ファルーアが呆れながら追加してくれる。
「ついでに茶もつけてくれーマスター!」
グランが手を上げた。
宿のそばにある食堂で、机を囲んでいる。
周りの冒険者が、俺達が白薔薇だって気付いて話題にしているのがわかった。
ボーザックの名前が聞こえる。
そこに、連絡を出しておいたアイザックがやって来た。
「おう、ボーザック!」
「もぐ、もが?……んぐ、アイザック!」
「大丈夫か?なんか皿の数すげーぞ」
「平気平気!治療してくれてたんだよね?ありがとう!」
「お、おお」
アイザックがこっちを見るので肩を竦めてみせる。
彼ははぁーっと息を吐くと、椅子を引っ張ってきて座った。
「あー、とりあえず先に言っとくぞ。明日、時間は取れないか?」
「ボーザックも起きたしな…閃光を待たせるのも飽きたからいいだろ。それでいいな?」
グランがため息をつく。
皆で頷くと、ボーザックだけが不思議そうな顔をした。
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「よく来たね白薔薇の諸君。それから、逆鱗の。やっと来てくれてうれしいよ」
呼ばれたのはシュヴァリエの家だった。
だだっ広い敷地内にでーんと構える白い館で、俺達の養成学校くらいある。
何だこれ……これが貴族か?
所謂貴族街の一画でも、かなりの存在感だ。
「俺は会いたくなかったよ」
ふん、と吐き捨てると、シュヴァリエは困った顔をした。
「まあ、そう言わないでもらいたい。今日は、さすがに申し訳が立たないので呼んだまでだ」
「……」
まずは座ってくれと言われて、巨大なテーブルの隅に座った。
すかさずメイドがお茶を運んできて、焼き菓子が並べられる。
「う、うわぁ……美味しそう」
「ティア、これ通りにあった焼き菓子のお店のよ」
ディティアとファルーアがよだれが出そうな顔で見ている。
シュヴァリエは爽やかな笑顔で是非食べてくれと言った。
「おい、こっち見るなよ……食えばいいだろ」
グランが眉をひそめると、彼女たちは嬉しそうに手を伸ばした。
ボーザックも。
せっかくだから俺も。
「おや、あんたらももう来てたか」
「やあハルト君!元気でしたか?」
そこにカルアさんとカナタさんも入ってきた。
「カナタさん!」
俺が立ち上がると、グランが笑う。
ただ、ボーザックはクッキーを囓ったまま固まってしまった。
「か、カルアさん……その、俺」
「……そんなうさぎみたいな顔するんじゃないよ」
「……」
気まずい雰囲気になるけど、カルアさんはボーザックが起きるまで何度も見に来ていたのを俺達は知っている。
そこに、祝福のアイザック、爆炎のガルフ、迅雷のナーガもやって来た。
「では全員揃ったので、発表だ。入れ」
がちゃり。
シュヴァリエの声で入ってきたのは……。
「…………イルヴァリエ?」
呟いたのは、ボーザック。
そう、入ってきたのはイルヴァリエ。
しかし、その頭は美しい肌色に艶めいていた。
「頭を剃らせたんだ、逆鱗の」
「何で!?つか俺に言うな!!」
爽やかなシュヴァリエに思わず怒鳴り返す。
それでも、イルヴァリエは表情を変えずに、直立不動。
「これは少しやりすぎた弟への罰だ。大切に伸ばしていたからね」
「……ぶはっ」
最初に堪えられなくなったのはボーザックだった。
盛大に吹き出して、げらげらと笑い出す。
「うわあ!あはっ、はははっ、ひでー!頭剃っても、イケメンっ、かーわーいーそー!!あはははっ」
これに、初めてイルヴァリエの眉毛がぴくりと動いた。
俺もじわじわきて笑ってしまう。
隣を見ると、ディティアとファルーアまでプルプルしていた。
「お前……災難だったな」
グランすら同情する有様。
ボーザックは涙をためながら笑って、続けた。
「何か、どうでもよくなった!俺達、いい試合だったと思う!は、はははっ」
「……イルヴァリエ」
「はい兄上。……ボーザック殿、この度は…」
「ぶはっ、ど、殿!あはっ、その、頭でっ、殿って!」
「……こ、この度はっ、剣術闘技で、恥ずかしい戦いを…」
すごい。
ボーザックのともすれば煽りにしか聞こえないコメントに、イルヴァリエは諦めない。
ゆでだこのような真っ赤な頭になって、続けた。
「騎士にあるまじき行い、だったと思う。すまなかった」
ボーザックはぶふーっと笑った。
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「ふー、笑ったー」
お茶を飲み、すっきりした顔をしているボーザックの向かいに、イルヴァリエ。
無口なのかと思いきや、シュヴァリエの話を振ったらものすごく喋った。
ブラコンだったのだ。
兄がうるさいから凜としていたのではなく、兄がいるところで自分への歓声が聞こえるのが耐えがたいのだと、つるつるの頭で語った。
「はー、とにもかくにも、一件落着だね」
ディティアも真っ赤になるほど笑っていたが、漸く収まったらしい。
「正直、切り刻んでやろうかと思ったね」
カルアさんが鼻を鳴らすと、イルヴァリエが突然テーブルに額を擦りつけた。
「それはっ、本当に申し訳ありません完遂のカルーア様!」
その異様さに、思わず聞く。
「おいシュヴァリエ、カルアさんと知り合いだったのか?」
シュヴァリエは優雅に笑った。
「僕の師匠だよ」
ぶはっ。
お茶を吹き出した。
「えっ、お前の?」
「そうだよ。彼女に幼少の頃鍛えられた結果、閃光のシュヴァリエが生まれたと言っても過言では無いよ逆鱗の」
「ふざけたこと言うんじゃないよ」
「へー、そしたら俺達、兄弟弟子だね」
ボーザックが笑うと、イルヴァリエが凄まじい速度で顔を上げてボーザックを睨んだ。
「兄上の弟は私ひとりだ!」
「ねぇイルヴァリエ、俺、また笑いそうなんだけど」
そして、カルアさんが本題を切り出した。
うん、この際、イルヴァリエはどうでもよかった。
しゃらり、と銀の鎖が鳴る。
「ボーザック」
「?、何、カルアさん」
「ほら」
「あれ?これ俺の名誉勲章じゃん。確か闘技会で汚れたからギルドが磨いてくれてるんだったよ……ね?」
ボーザックの視線が、1点でとまる。
「……」
俺達は知っていた。
そこに『不屈』という2つ名が刻まれていることを。
「か、カルアさん……これ?」
「優勝はしてないから、まだまだ坊やだけどね。これをあんたに与えることで、今回は決着なんだよ」
そう、そうなのだ。
闘技会の結果、あわや冒険者達の暴動となる寸前、グラン達は彼らに告げた。
ボーザックに、2つ名を授与すること。
これで、怒りを収めてほしいと。
カルアさんが倒れたボーザックの元に駆け付ける寸前、彼女は暴動を想定してグランに声をかけていたのである。
「もし暴動になりそうなら、あたしの名を出しな。あたしが、ボーザックに2つ名をくれてやるからそれで手を打てって」
ボーザックは、呆然と名誉勲章を見つめていたけど、突然、腕で目元をこすった。
「ちょ、ちょっとさあ。不意打ち……」
皆が微笑む。
「不屈のボーザック。あんたはいつか、この闘技会で優勝しな。その時こそ、あんたが不屈になるときだ」
カルアさんが笑うと、ボーザックは腕で目元を隠したまま、頷いた。
何度も、何度も、頷いた。
本日分の投稿です。
ボーザックの2つ名編はおしまいです。
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