砂の海は初めてです。③
「臭ぇ!臭ぇな!!」
振り返ると、思った以上に小さい男がすんすんと鼻をすすっていた。
背的に言えばディティア位で、だいぶぽっちゃり……いや、かなり肥満気味だ、間違いなく。
顔はどちらかというと幼く見えて、ぱっちりした眼と丸っこい鼻がガキ大将みたいな雰囲気を醸し出す。
しかし声は野太いんで、何というかアンバランスな奴である。
黒髪に黒眼で色白なのは受付の女の子と一緒。
服装も似たような民族衣装なんだけど、違うのは、女の子が肩から掛けている布が、男は腹巻きになっているところだ。
男女で違うのかもしれないな。
とにかく。
何度も臭いと連呼され、俺達は流石に困り果てた。
わざわざこっちを見て言ってくるし、喧嘩を売られてるんだろうか。
「そんな臭うか?」
グランまで腕をくんくんし出したくらいだ。
男はそれを見てフンと鼻を鳴らし、盛大に胸を反らせてグランを見上げた。
いや、本当は見下そうとしているのかも。
けど、男が発したのは意外な言葉だった。
「ああ!臭ぇな!お前らからは樹海の臭いしかしねぇ!」
「樹海の臭い……?」
思わず聞き返す。
「そうだ!あそこの奴等が好きな草の臭い…!」
男はまたもやフンと鼻を鳴らして、ちゃんと答えてくれた。
……こいつ、いい奴なんだろうなあ。
「ああ、もしかして……こいつのことか?」
それを聞いたグランが出した小さな袋。
あれは、ライバッハの街で出会った双子がくれた、裏ハンターの審査官が認めたという証。
使ったら無くなってしまうけど、また補充してもらえるという樹海のハーブだ。
男はそれを見るとわざとらしく鼻を摘まんだ。
「く、臭ぇ!!しまえ!!」
「…………そんなに臭うか?どうだ?」
「くっ、くはっ、臭えって!やめろよ!」
グランは、何を思ったのか男の鼻の前に袋を差し出し、ぐにぐにと揉む。
「そうでもねぇだろ、ほら」
「だっ、……ぐはっ、……お、おおい……!!」
じりじりと後退する男に、グランは尚も付いていく。
それを見る女性陣は、臭いと言われたことに完全にお怒り。
ひどく冷たい視線で傍観している。
しかも、どういうわけか、受付の女の子も一緒になって冷たい視線を送っているのである。
……恐い。
そして。
「……すんませんっした、やめてくださっ……すんませんっした!!」
男はやがて、床に額を付けて謝罪する。
それを見て、ボーザックが笑い転げたのだった。
******
仕事を斡旋する個室に通されて、俺達は小さな椅子をきっつきつに並べて、さっきの男と向かい合う。
彼はどうやらトレージャーハンター協会に所属し、このザングリ支部で仕事の斡旋を行っているらしい。
受付の女の子は、彼の妹だそうだ。
成る程、だからあの冷たい視線だったんだなあ。
「証を見せてくれ……ください」
「何だ、さっき見せたじゃねぇか。もう一回嗅ぐか?」
「ちょっ、ちがっ、そっちじゃない!……ありません!!」
グランがにやにやしながら懐に手を入れると、男はひどく動揺して仰け反った。
完全にグランのペースである。
しかも、どうやら彼は裏ハンターにも関わっているようだ。
早速、ジャンバックの船長がくれた海龍の鱗の出番がきた。
「ほらよ」
出された丸っこい蒼い板のような鱗。
それを見て、彼は眼を見開いた。
「うげっ、おまっ……貴方達!海の男に認められてるとかマジかよ……ですか!?」
「あら、そんなに凄いことなのかしら?」
「そりゃあ、海の男は滅多に審査官として動かないし……まあそもそも基本的に陸にいないから仕方ないんだけど」
男は驚いたのか敬語らしきものも忘れ、恐る恐る鱗に触れてほうっと感嘆のため息をこぼした。
「……樹海臭かったからまさかとは思ったけど、双子と海の男の承認があるなら問題ないな。……早速だけど、仕事があるんです。話を聞いてくれませんか?」
どうやら、俺達は完全に認められたらしい。
男は、深々と頭を下げてそう言った。




